第37話:豪華な食事と思い出と
L-NAがリモコンを奪い取るようにして操作すると、モニターの荒々しい砂塵が消え、一転して神秘的な森のステージが映し出された。
「よく見てなさい。これが『翡翠の宝石箱』。パワーだけじゃない、知的な戦い方よ」
画面に現れたのは、淡いグリーンのマントを揃いで纏った五人のプレイヤーだった。彼らが対峙するのは、無数の触手を蠢かせる巨大な樹木型のモンスターだ。
先陣を切ったのは、前衛の盾職ではなく、二人の魔法使いだった。彼らが同時に杖を掲げると、複雑に絡み合う幾何学的な魔法陣が足元に展開される。
「……同時詠唱?」
SRE-SREが呟く。
通常、魔法は個々のタイミングで放たれるものだが、彼らの動きは完璧に同期していた。一人が放った氷の弾丸が、もう一人の放った水流と空中で混ざり合い、巨大な氷の螺旋となって魔物の触手を一気に凍りつかせる。
そこへ、L-NAが愛用する『氷晶の魔導杖』に似た、細身で美しい魔導杖を持った中心人物が前へ出た。
「この人がギルドマスターの『白透』。魔法のタイミングをすべて指揮してるの」
白透が杖を振るうたび、氷と水の属性魔法が、まるでパズルのピースが嵌まるように連鎖していく。放たれた水流で敵を濡らし、間髪入れずに極低温の氷結魔法を叩き込んで瞬時に凍りつかせる。その無駄のない連携は、まさに「宝石箱」の名にふさわしい輝きを放っていた。
「……すごいな。一瞬の無駄もない」
SRE-SREの率直な感想に、L-NAは「でしょ!」と満足げに胸を張った。
「これぞ魔法使いの真骨頂。ドォォン!って殴るだけが能じゃないのよ」
「へん、華やかだが決定力に欠けるぜ。最後はやっぱり物理的な質量がモノを言うんだよ」
浪manが茶化すように笑うと、再び二人の間で「剛腕か連携か」の言い合いが始まった。SRE-SREはそんな二人を眺めながら、
(日本一を決める大会、か……)
これまではただ楽しむために潜ってきたアビス。だが、こうしてトッププレイヤーたちの洗練された動きを目の当たりにすると、自分の中にある「ゲーマー」としての血が、静かに熱を帯びていくのを感じていた。
浪manとL-NAの議論が「剛腕か、連携か」という平行線のまま熱を帯びていく中、ゲストルームの重厚な扉が控えめにノックされた。
「三人とも、お話中にごめんなさいね。お食事の準備が整ったわよ」
扉の隙間から顔を覗かせたのは、先ほど出迎えてくれたL-NAの母親だった。 その穏やかな声に、弾んでいた議論がふっと霧散する。
「あ、もうそんな時間……。行きましょう、二人とも。今日は特別にシェフに腕を振るってもらったんだから」
L-NAが少し誇らしげに、けれどどこか照れくさそうに立ち上がる。
「シェフ……? マジかよ、やっぱり住む世界が違うぜ……」
浪manが圧倒されたように呟きながら、自身の腹の虫を鳴らした。 SRE-SREもまた、現実離れした屋敷の光景に圧倒され続けていたが、空腹だけは共通の現実であることに苦笑し、ソファを後にした。
三人はL-NAの母親に導かれ、再び長い廊下を歩き出す。
案内されたダイニングルームには、長い大理石のテーブルが鎮座し、その上にはキャンドルの柔らかな光に照らされた豪華な料理が並んでいた。
「うおっ、なんだこれ! こっちはローストビーフじゃねぇか!」
浪manが、目の前の厚切り肉を見て子供のように目を輝かせる。
「ちょっと、はしたないわよ。落ち着きなさいな」
L-NAが呆れたように嗜めるが、その頬はどこか誇らしげに緩んでいた。
給仕されたコンソメスープは、雑味が一切なく、口に含むと芳醇な香りが広がる。SRE-SREは大学近くの安い定食とは比較にならないその味に、思わず舌鼓を打った。
「美味しいな。こんなの、テレビの中でしか見たことないよ」
「でしょ? 我が家のシェフ自慢の一品なんだから」
L-NAは嬉しそうに微笑み、自身も上品にナイフを動かす。
浪manは豪快にローストビーフを口に運びながら、熱っぽく語り出した。
「これだよ、これ! こういう美味いもんを食うために生きてるみたいなもんだよな!」
「あんたの理屈だと、全部食欲に繋がるのね。……でも、口にあった様でよかったわ」
和やかな食事の時間が続く中、給仕の手を休めたL-NAの母親が、ふとした様子で二人に問いかけた。
「そういえば、お二人はお酒はお飲みにならないのかしら?」
その言葉に、SRE-SREと浪manは顔を見合わせた。
「いや、流石にそこまでご馳走になるわけには……」
SRE-SREが恐縮して断ろうとすると、母親は柔らかな微笑みを浮かべて首を振った。
「いいのよ、気にしないで。この子がうちに友人を呼ぶなんて滅多にないことなんですもの。今日は特別よ」
「ちょっと、お母様! 余計なこと言わないでってば!」
L-NAが顔を赤くして食い気味に反論するが、母親はどこ吹く風といった様子でワインセラーへと向かっていく。
「……じゃあ、お言葉に甘えて。少しだけいただこうかな」
「俺も、せっかくの機会だしな!」
二人がそう答えると、ほどなくして、見るからに高級そうな意匠のボトルに入ったワインが運ばれてきた。
最初は、その「高価そうな色」と「重厚な雰囲気」に圧倒され、緊張した面持ちで、訳も分からずグラスを回していた二人だったが、上質な香りとアルコールの力が少しずつ緊張の糸を解いていく。
「エルナと初めて会った時も、変に突っかかってきたよな」
SRE-SREが楽しそうに思い出す。
「ちょっと、変なこと思い出さないでよ!」
L-NAがナイフを置いて抗議するが、浪manが「違いない!」と膝を叩いて笑う。
「あの時はマジで高圧的なお嬢様が来たと思ったぜ。口は悪いし、俺たちの装備を見て『無謀なだけの素人』なんて切り捨てるんだもんな」
「それはあんたたちの装備が紙同然だったからでしょ! 実際、その後のサンド・スイマー戦だって、私が魔法を撃つまであんたたちボロボロだったじゃない」
三人は、第七層の砂漠で、前のパーティーに見捨てられていたL-NAをスカウトした時のことを懐かしく振り返った。
「あの時、スレスレが『三十秒あれば撃てるか』なんて聞いてこなきゃ、私はあそこで辞めてたわよ」
「ハッ! 懐かしいな。その後のアイボリ・スカル戦じゃ、砂地獄に飲み込まれそうになったエルナの腰を俺が必死に掴んで固定してやったんだぜ。あの時の俺のHP、マジギリギリだったんだからな!」
話題はさらに遡り、第6層へと到達した直後、イベントロビーでの浪manとSRE-SREの「最悪の出会い」の話へと移る。
「イベント会場で、逃げるために俺の足を引っ掛けて囮にしやがった時のことは一生忘れねぇからな!」
浪manが恨みがましく言うと、SRE-SREはワインの余韻を楽しみながらとぼけてみせた。
「先に仕掛けたのはそっちだろ? あの時、浪manの首根っこを掴んで群衆に放り投げ返した感触、今でも右手に残ってるよ」
「あはは! 本当に、最低な出会いね」
L-NAの笑い声が豪華な部屋に響く。
高級なワインの魔法か、あるいは共有した共闘の記憶か。
三人の笑い声は、ダイニングを温かく包んでいった。
ワインの心地よい酔いと、豪華なディナーの余韻に包まれながら、宴は穏やかに幕を閉じた。
「じゃあ、俺たちはこの辺で」
屋敷の重厚な玄関ホールで、SRE-SREが代表してL-NAの母親に一礼する。浪manも「最高に美味かったです!」と、彼らしい真っ直ぐな言葉で感謝を伝えた。
「ふん、帰り道で酔っ払って転ばないようにね」
L-NAがいつものように少し尖った口調で見送るが、その瞳には今日という時間を共有できた満足感が確かに宿っていた。




