第4話:敗北とガラクタの真実
沼地の精鋭、マッド・ルーラーが光の塵となって爆ぜ、周囲に静寂が戻る。
SRE-SREは深く息を吐き、愛用の『銀の細剣』を鞘に納めた。極限まで張り詰めていた集中力を解いた、その瞬間だった。
「……っ、うわ。重いな……」
突如、体中に鉛を詰め込まれたような重い倦怠感が襲った。
HPバーはほぼ満タンだ。スキルのCTも明けている。にもかかわらず、指先一つ動かすのが億劫になるほどの疲労。左手の『錆びた鉄屑』が、激しい鼓動を終えた直後の心臓のように、僅かに熱を持っているのが分かった。
(さっきの加速のせいか……? ステータスには異常ないけど……)
原因は不明だが、とにかく今は休みたかった。
彼は荒い息を整えながら、目の前に出現したドロップ品を回収する。目的の素材は手に入った。本来ならここで拠点へ戻るべきだったが、目の前の道はさらに奥へと、一段と濃い霧に包まれた広場へと続いていた。
「……あっちが、二層の守護者の場所か」
疲労を上回る好奇心が勝った。
どんな攻撃をしてくるのか、ちょっと見るだけなら……。そんな軽い気持ちで、彼は霧の奥へと足を踏み入れた。
*
沼地の最奥、開けた円形の広場。
そこには、マッド・ルーラーが可愛く見えるほどの質量を持った、半透明の巨体が鎮座していた。
第二階層の守護者、巨大スライム――『沼溜まりの主』。
そのエリアに足を踏み入れた瞬間、巨大なスライムの体躯が波打ち、全方位へ向けて泥のような粘液を噴射した。
「おっと……!」
身体が重い。先ほどの戦いでの「謎の疲労」が、精度を確実に奪っていた。
それでもSRE-SREは反射的に跳躍し、粘液の直撃を避ける。だが、その着地した場所が悪かった。
【――警告:『鈍足・猛毒』エリアに進入】
「え、あ――足が……」
着地した瞬間に、足元が接着剤のように固まった。
このボス戦の基本は、床に撒かれる状態異常エリアをアイテムで対策すること。そんな基礎知識を、プレイヤースキルのみで突き進んできたSRE-SREは持っていなかった。
身動きが取れないSRE-SREの頭上から、巨大スライムの本体が影を作るように覆い被さる。
押し潰し攻撃。逃げ場を失った彼にとっては、あまりに巨大な質量の暴力。
「……あはは、なるほどね。これ、対策しなきゃダメなやつか」
視界が真っ暗になる直前、彼は自分のうっかり具合を自嘲した。
抗う間もなく、数トンの質量に押し潰され、SRE-SREのHPは一瞬でゼロになった。
*
再び目を開けた場所は、第一階層・迷宮都市アークのリスポーン地点だった。
「……あー、やられた。あんなのあるのかぁ」
噴水のほとりで、SRE-SREは頭を掻きながら天を仰いだ。
悔しさよりも「次はどうしようか」という考えが先に浮かぶ。
「毒対策と、あの粘着床か……。ま、いい勉強になったな」
彼は立ち上がり、腰の『錆びた鉄屑』を抜き放った。
あの戦闘で感じた、あの異常な「加速」。あれがこの剣の性能だとしたら、一体何が起きているのか。
彼は裏路地にある古びた鑑定屋の門を叩いた。
主は、不機嫌そうな顔をした隻眼の老人だった。
「……なんだ、そのゴミは。捨ててこい」
「おじさん、これ、詳しく鑑定できますか? 二層で拾ったんですけど、変な動きをするんです」
老人は鼻で笑いながら剣を受け取ったが、ルーペを当てた瞬間、その表情が凍り付いた。
やがて老人は、絞り出すような声で言った。
「……こいつは『呪い』に近いな。小僧、こいつはプレイヤーの『集中力』を燃料にしてやがる」
【名称:錆びた鉄屑】
【特殊効果:刹那の残滓】
――敵の攻撃を「完全に受け流した」瞬間、装備者の脳内処理速度を強制的に数倍へ跳ね上げる(思考加速)。
【デバフ:オーバーヒート】
――発動時間に比例し、スタミナと『集中力』を激しく消費。限界を超えた使用は強制硬直を招く。
「今のあんたじゃ、一回の戦闘で二回。それが限界だ。三回目を使えば、あんたの意識は数分間、シャットダウンされるぞ」
老人は忌々しげに剣を突き返した。
「集中力」というリソースを削る、諸刃の剣。だが、SRE-SREはどこか納得したように笑った。
「二回も使えるなら、十分ですよ。ありがとう、おじさん!」
*
再び転送門を抜け、第2階層の拠点キャンプ『澱みの休息所』。
リベンジのために戻ったSRE-SREを、待ち構えていたのはモンスターではなく「人」だった。
砦の入り口を塞ぐように並ぶ、甲冑たち。
それは最大手ギルド『鉄血の騎士団』の精鋭たちだ。効率的な攻略を絶対の正義とするプロフェッショナル集団の中心で、副団長グレイが、鋭い視線で彼を射抜く。
「……ようやく戻ったか」
グレイの背後には、斥候のカイトもいる。周囲の一般プレイヤーたちは、この重苦しい空気に遠巻きに立ち止まっていた。
「……あの、何か用ですか?」
SRE-SREは、相手が誰であるかなど気にする様子もなく、間の抜けた返事をした。
「我々は君の戦闘を確認した。あれが独自の技術だと言うのなら、我々には君を勧誘する義務がある。騎士団の傘下に入れ、SRE-SRE。君にふさわしい装備と報酬を約束しよう」
周囲がどよめく、直接勧誘。
だが、SRE-SREはどこか他人事のように首を横に振った。
「あー、すみません。今は特にそういうの考えていないんです。」
「……何?」
「それより、あのでっかいスライム、毒の煙は吐きますかね? 次は絶対に死にたくないんで……。あ、じゃあ、それじゃ」
グレイが何かを言いかける前に、SRE-SREは軽く手を挙げて、漆黒の列の隙間をすり抜けた。
そのまま、キャンプの隅へと向かう。
「さてと」
彼はメニュー画面を呼び出し、ログアウトボタンを押した。
一度現実に戻って、頭を冷やす必要がある。
あのスライムの挙動、粘着床の広がるスピード、そして『鉄屑』を使える「二回」の使い所。
暗転していく視界の中で、結弦はすでに、次の攻略のシミュレーションを始めていた。




