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第35話:オフ会

 第十層の守護者、遺跡の守護騎士を打ち倒した熱狂が、ようやく静寂へと変わる。

 三人は、光り輝く転移魔法陣へと足を踏み入れた。視界が白く塗り潰され、次に目を開けた場所は、これまでの殺風景な拠点キャンプではなかった。


「……街、か?」


 SRE-SREが呟く。眼前に広がっていたのは、石造りの建物が整然と並び、柔らかな魔導灯の光に包まれた第十一階層の拠点都市だった。これまでの階層とは違った文明の香りに、三人は一瞬だけ戦いを忘れて見入ってしまう。


「よっしゃあ! 十層突破だ! 祝いだ祝い!」


 浪manが、まだ震えの残る拳を空に突き上げて笑う。


「とりあえず、そこにある簡単な食事処で乾杯しようぜ!」


 浪manが指差したのは、広場の隅にある質素なテラス席の店だった。だが、それに待ったをかけたのはL-NAだった。


「ちょっと、あんな狭そうなところ? 十層をクリアしたのよ、もっとこう……格式あるというか、いいところに行きたいわ」


 不満げに唇を尖らせるL-NAに、浪manはニカッと不敵な笑みを浮かべた。


「安心しろって、お嬢さん。俺にいい考えがあるんだ。とりあえず、ついてこい」


 SRE-SREとL-NAは顔を見合わせ、そのまま意気揚々と歩き出した浪manの後を追った。


 連れられて入ったのは、路地裏にある落ち着いた雰囲気の酒場だった。運ばれてきた湯気の立つ料理を口に運び、ようやく人心地ついた頃、SRE-SREが浪manに向き直った。


「……で、いい考えってなんだよ。ただの飯屋じゃないか」


 浪manはジョッキを置くと、真剣な、それでいてどこか楽しげな表情で二人を見つめた。


「十層突破記念だ。……オフ会をしようぜ」


「「……は?」」


 SRE-SREとL-NAの声が重なる。あまりに突飛な提案に、二人は箸を止めて驚きに目を見開いた。


「この三人の連携なら、もっと上を目指せる。だからここらで一度、もっと親睦を深めようと思ってんだ。スレスレ、お前は強制参加な」


 浪manの言葉に、SRE-SREは呆れたように肩をすくめた。


「……勝手に決めるなよ」


「まぁいいだろ。……で、エルナ」


 浪manは視線をL-NAへと移した。


「お前は、別に参加しなくてもいいぞ。無理強いはしねぇ」


 その言葉に、L-NAの眉がぴくりと跳ねた。


「……は? なんで私を仲間外れにするのよ」


 少し怒気を含んだ彼女の問いに、浪manは珍しく決まり悪そうに頭を掻いた。


「いや、だってお前、一応女だろ。どこの馬の骨かもわからねぇ男二人に会うのは、流石に抵抗あるかと思ってよ。配慮ってやつだ」


「ふん、そんなの余計なお世話よ。……いいわ、私も参加する。あんたたちがどんな変な顔してるか、確かめてやるんだから」


 L-NAの宣言に、浪manは「おう、そうか!」と嬉しそうに笑った。


「それで、場所はどこでするんだ? 浪man、お前の家か?」


 SRE-SREが現実的な問いを投げかけると、浪manはピタリと動きを止めた。


「……いや、何も決めてねぇ」


「「…………」」


 二人の冷ややかな視線が浪manを刺す。勢いだけで話を進める相棒に呆れ返る二人。その沈黙を破ったのは、L-NAの意外な一言だった。


「……しょうがないわね。なら、私の家に来たら?」


 その提案に、今度は男二人が息を呑む番だった。


 *


 当日。

 結弦は、吊り革を握る右手にじっとりと汗が滲むのを感じながら、窓の外を流れる景色を眺めていた。スマートフォンの画面には、L-NAから送られてきた見慣れない住所が、冷たい光を放ちながら表示されている。


(……今更だけど、もしめちゃくちゃ年上の怖い人たちだったらどうしよう)


 ふとした不安が胸をよぎる。アビスでは、死線を共に潜り抜けてきた唯一無二の仲間だ。だが、一歩外に出れば、互いの素顔も、年齢も、職業すら知らない


 まぁ何とかなるだろ。と気持ちを切り替える。


 幸いなことに、指定された場所は都心から一時間ほど電車に揺られた郊外にあり、それほど遠くはなかった。最寄り駅のホームに降り立つと、改札を抜け、目につきやすそうな駅前の広場で足を止める。ここは浪manと待ち合わせている合流地点だ。


 人混みの中で手持ち無沙汰に立ち尽くしていると、不意に、聞き覚えのある快活な声が背後から響いた。


「よっ! もしかして、スレスレか?」


 振り返ると、そこには姿こそ違うものの、見慣れた不敵な笑みを浮かべた男が立っていた。


「……ああ、そうだ。浪manか?」


「おうよ! やっぱりお前、そんな感じだよな」


 現実で見る浪manは、体格こそ普通だが、その纏う空気や声のトーンはゲームの中の人そのものだった。


 イメージと変わらない彼の存在に、結弦の張り詰めていた肩の力が少しだけ抜けるのを感じた。


 二人は軽く言葉を交わしながら、駅からタクシーに乗ることにした。

 結弦が運転手にスマートフォンを見せながら住所を告げた瞬間、バックミラー越しに運転手の眉がわずかに跳ね、驚いたような様子を見せたのが分かった。


 タクシーが閑静な住宅街の坂道を登り、目的地で停車したとき、二人は車から降りた瞬間にその場から動けなくなった。


 そこにあったのは、周囲の家々を威圧するかのような高い門と、手入れの行き届いた広大な庭を備えた「屋敷」だった。


「……おい。ここ、だよな?」


「ああ……間違いないはずだが……」


 二人は無言で顔を見合わせ、ここだよな、と何度も互いに確認し合う。門のインターホンを押すべきか迷いながらオロオロと戸惑っていると、重厚な扉が内側から静かに開き、中から一人の女の子が姿を現した。


「ちょっと、なにおどおどしてんのよ」


 不意に投げかけられた、聞き覚えのある勝ち気な声。

 その独特な話し方に、結弦と浪manは一瞬で目の前の少女が誰であるかを理解した。


「いや……ちょっとイメージと違っただけだし」


 浪manが、気圧されたように後頭部を掻きながら、あからさまな言い訳を口にする。


「いいから、とりあえずついてきて」


 少女――L-NAは、相変わらずの調子で二人を促すと、そのまま屋敷の奥へと歩き出した。

 玄関を抜け、家の中に入ると、落ち着いた雰囲気の美人が二人を出迎えた。


「いらっしゃい、娘の友達ね」


「あ……こんにちは。お邪魔します」


 不意の対面に、二人は緊張しながらも丁寧な挨拶を返す。対照的に、エルナは少し顔を赤くし、居心地が悪そうに母親を急かした。


「もう、いいからどっか行ってよ、お母さん」


 母親を見送った三人は、長く続く静かな廊下を歩きながら、ぽつりぽつりと会話を交わす。


「……流石に、メイドさんとかはいねぇのか」


 浪manが、あまりの屋敷の広さに圧倒されたのか、場違いな期待を込めてぼそっと呟いた。


「今日はお客さんが少ないからね。いつもいるわけじゃないわよ」


 エルナは呆れたように答えながらも、慣れた足取りで先を進む。

 やがて突き当たりの一室に辿り着くと、彼女は大きな扉を開き、二人を招き入れた。


「ご飯の時間まで、ここで過ごして。ゆっくりしていいわよ」


 案内されたのは、広々とした、あまりに豪華なゲストルームだった。高級そうな調度品やふかふかのソファを前に、結弦と浪manは圧倒されつつも、贅沢な空間にどこか子供のような高揚感を覚えていた。

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