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第34話:守護騎士 其の6

 騎士の剣が、獲物を確実に捉えるべく再び正眼に構えられた。

 騎士の踏み込みは、これまで以上に鋭い。魔力による強化ではない、洗練された重い一歩が石畳を鳴らす。


 放たれたのは、最短距離を突く上段からの唐竹割り。


 SRE-SREは逃げなかった。右に、わずか数センチ。剣の側面が触れそうな距離で直撃をかわし、あえて騎士の懐へと潜り込む。


 騎士は即座に手首を返し、横なぎの連撃へ繋げた。


 一撃目の回避で『跳躍』を使ってしまえば、着地を狙われる。SRE-SREはスキルに頼らず、身体を深く沈めて刃をやり過ごす。頭上を通り過ぎる大剣の風圧。


「――『空蝉』」


 騎士が放った、返しの斬り上げ。それがSRE-SREの胴を捉えたかに見えた瞬間、その姿が揺らぎ、背後へと剥離した。


 残像を斬ったと悟った騎士は、強引にその巨躯を反転させる。

 剣の全質量を乗せた、重厚な旋回斬り。


 逃げ場のない全方位への刃。ここでSRE-SREは、温存していた『跳躍』を起動した。


 一度の跳躍で騎士の頭上へ逃れるが、騎士は着地地点を見越しており、剣を振り抜いた勢いのまま、最短距離の突きを繰り出した。


(……ここだ)


 空中で回避が困難なタイミング。眼前に迫る、巨大な剣先。


 激突の直前、SRE-SREは左手の『鉄屑』を、吸い込まれるような角度でその一点へと差し込んだ。


 ――ガキィィィィィィン!!


 火花が散り、強烈な衝撃が腕を伝う。だが、歪な刀身が騎士の全質量を完璧に受け流した。


【特殊効果:『刹那の残滓』発動】


 その瞬間、世界から音が消えた。

 視界以外の全てが灰白色に染まり、騎士の動きが引き延ばされたスローモーションへと変わる。一秒が長く感じる、極限の思考加速。


 加速した世界の中で、SRE-SREは一歩、騎士の懐の奥深くへと踏み込む。

 騎士の防御はまだ「突き」の硬直の中にあり、無防備な首筋が晒されていた。


 SRE-SREは右手の『蝕鎌』を大きく引き絞り、騎士の剣へとその刃を最短距離で固定する。

 加速が解ける、その極限のタイミング。


「――『禍断ちの閃景』」


 色が戻ると同時に、衝撃が走った。

 受け流しの勢いをそのまま回転エネルギーへと変換し、至近距離から放たれた超高速の斬撃。それは「刺突」という現象そのものが空間に焼き付いたかのような、鋭利な光の線だった。


 ガシュゥゥゥゥッ!!


 騎士の銀装甲に、これまでとは比較にならないほど深く、禍々しい斬痕が刻まれる。


 遅れて、大気が悲鳴を上げるような衝撃波が吹き荒れた。

 SRE-SREは振り抜いた勢いのまま、騎士の背後へと滑り抜ける。


 加速の反動が全身を襲う。


「……はぁ、……ぁ……!」


 一撃を与えた。だが、騎士はまだ倒れない。

 騎士はゆっくりと、その巨躯をこちらへと向け直す。


 SRE-SREは『蝕鎌』を杖代わりに突き、激しく上下する肩をどうにか抑えつけた。

 目前の守護騎士もまた、無事ではなかった。


 首筋に刻まれた深く禍々しい斬痕。

 騎士は軋む音を立てながら、大剣を握る右手に力を込めた。


 ――ガツッ、ガツッ。


 一歩。一歩が、重い。


「……残り、何分だ」


 SRE-SREは、震える足に力を込める。

 騎士が地を蹴った。


 速い。だが、先ほどのような計算され尽くした速さではない。捨て身の突進だ。

 放たれたのは、力任せの薙ぎ払い。


 SRE-SREは『跳躍』のクールタイムが終わっていないことを脳の片隅で確認しながら、最小限のバックステップで刃の先端をかわす。鼻先を分厚い鉄の塊が通り抜け、風圧だけで頬が切れた。


 騎士は振り抜いた勢いを殺さず、大剣を石畳に叩きつけた反動で跳ね上がり、そのまま左の鉄拳を突き出す。


 SRE-SREは咄嗟に左手の『鉄屑』を滑り込ませるが、騎士はその軌道を読み、空中で拳を「掌」に変え、逆に『鉄屑』の刀身を掴み取った。


「――っな!?」


 武器を掴まれ、強引に引き寄せられる。

 ゼロ距離。騎士が右手の空いた拳を振り上げる。


 SRE-SREは『鉄屑』を離さず、逆にそれを支点にして騎士の胸甲を両足で蹴り上げた。


 ――ゴンッ!


 鈍い衝撃と共に、二人の身体が離れる。

 着地と同時に、騎士は再び剣を構え、横なぎの振撃から垂直の断ち割りへと繋げる。


 SRE-SREは石畳を転がるようにして回避するが、騎士の追撃は止まらない。大剣の重さを感じさせない、執拗なまでの連撃。


 ガギィィィン! ガギン!


 『鉄屑』で受け、受け、弾く。


 一撃受けるたびに、左腕の感覚が麻痺していく。

 騎士の剣が石畳を穿ち、砕けた石礫が礫弾となってSRE-SREの全身を叩く。


(……一瞬。一瞬の隙さえあれば……!)


 騎士が剣を大きく振りかぶる。


 その脇腹、今まで刻んだ傷口が、動きに合わせて大きく開いた。

 そこが、唯一の綻びだ。


 SRE-SREは右手の『蝕鎌』を低く構え、騎士が剣を振り下ろす「予備動作」の僅かな停滞を狙った。


「『空蝉』――ッ!」


 座標がズレる。

 騎士の断ち割りが残像を粉砕する間に、実体化したSRE-SREは騎士の懐に潜り込み、剥き出しになった傷口へと『蝕鎌』の刃を垂直に突き立てた。


「……食らえッ!!」


 ガシュゥゥゥッ!


 確かな手応え。しかし、騎士は倒れないどころか、刺されたままの状態から左手でSRE-SREの右腕を掴み、その骨を砕かんばかりに握りしめた。


「が、ぁ……っ!」


 離さない。

 騎士のバイザーの奥、執念が真っ赤に燃え上がる。

 至近距離。騎士は右手に持つ大剣を、SRE-SREを貫くように振り上げた。


 ――死ぬ。


 本能が鳴らす警鐘を、SRE-SREは反射でねじ伏せた。掴まれた右腕を強引に引き、肘関節を外すような角度で身を捩る。


 ガギィィィン!!


 大剣の切っ先がSRE-SREの脇腹の布を裂き、石畳に深く突き刺さった。文字通りの「スレスレ」。数ミリでも遅れていれば、内臓ごと串刺しになっていたはずの一撃だ。


 SRE-SREは息をつく間もなく、自由になった左手の『鉄屑』を騎士のバイザーの隙間に叩きつけ、その反動で距離を取る。


「……っ、はぁ、……ッ!」


 休む暇などない。騎士は武器を引き抜き、再び地を蹴って迫る。

 そこからは、もはや技術の応酬というより、泥臭い命の削り合いだった。


 騎士が振るう大剣。一撃一撃がこれまでより重く、そして速い。

 SRE-SREは無我夢中で身体を動かした。


 横なぎ。屈んでかわす。

 斬り上げ。半身を翻してやり過ごす。


 回避、回避、そして隙間にねじ込むカウンターの『蝕鎌』。


 一撃入れるたびに騎士の装甲が砕ける。

 精神の摩耗はピークに達し、身体は鉛のように重いはずだった。だが、不思議と感覚は研ぎ澄まされ、視界に入る全ての情報が軽やかに処理されていく。


(……軽い。……まだ、動ける)


 極限状態がもたらす、奇妙な高揚感。


 騎士が三度、剣を突き出した。これまでのパターンからすれば、ここが最大の好機。

 SRE-SREは左手の『鉄屑』を差し出し何度目かの『刹那の残滓』を起動させようとした。


(……加速しろ!!)


 だが、視界は灰白色に染まらなかった。

 思考は加速せず、音も消えない。脳が限界を迎え、スキルの発動を拒絶したのだ。

 しかし、SRE-SREの身体は止まらなかった。


「……あああああッ!!」


 加速がないのなら、そのまま動けばいい。

 突き出された剣の側面を『鉄屑』で叩き、わずかに軌道を逸らす。そのまま剣身を滑り上がるように踏み込み、右手の『蝕鎌』を騎士の胸甲の「傷跡」へと叩き込んだ。


 ガシュゥゥゥン!!

 一撃。二撃。三撃。

 スキルの補正もない、ただの斬撃。だが、その全てが的確に騎士の急所を捉えていく。

 騎士がもがき、腕を振り回すが、その全てがSRE-SREの薄紙一枚の回避によって空を切る。


 狂ったように刃を交わし続け、全身が熱を帯び、思考が白く塗り潰されそうになった時。


「……おい! 浪man! L-NA! ……まだかよ、……もう限界だぞ!!」


 SRE-SREは、視線を逸らさずに叫んだ。

 7分。宣言した時間はとうに過ぎているはずだ。いつ意識が途切れてもおかしくない。


 だが、返ってきたのは、拍子抜けするほど乾いた声だった。


「……いや、もう終わりだよ。スレスレ」


 浪manの言葉に、SRE-SREは突き出そうとした『蝕鎌』を止めた。

 眼前の守護騎士が、大剣を握ったまま、彫像のように静止している。


 カラン、と乾いた音が響く。


 騎士の手から大剣が零れ落ち、石畳を叩いた。

 全身の装甲が、まるで錆びた鉄片が剥がれるようにパラパラと崩れ落ちていく。バイザーの中に宿っていた冷徹な光は、既に消えていた。


 ドサリ、と。


 銀の鎧の塊が、その場に崩れ落ちる。

 視界の端で、守護騎士のHPバーが完全に消失し、ポリゴン片となって霧散していくのが見えた。

 SRE-SREは、自分がトドメを刺した実感が湧かないまま、震える手で『蝕鎌』を下ろした。


「…………」


 声が出ない。

 ただ、荒い呼吸の音だけが闘技場に響く。


 騎士が消えた跡地には、十層突破を証明する転送陣が静かに浮かび上がっていた。


「……アンタが一人で、削りきっちゃったのよ。……信じられない」


 L-NAが、ルナリスを杖にして立ち上がりながら、こちらを呆然と見つめていた。

 SRE-SREはその場に座り込み、自分の左手を見つめた。感覚が消失した指先が、まだわずかに震えていた。


「……おい」


 浪manが、掠れた声で呟いた。

 SRE-SREがゆっくりと顔を上げる。視線が重なった。

 L-NAも、震える足で一歩、二人と距離を詰める。


 一秒。二秒。

 互いの無事と、目の前の「結果」を脳が理解した瞬間――。


「うおおおおおおおおおっしゃあああああああ!!」


 浪manが、鼓膜を震わせるほどの咆哮を上げた。彼はそのまま地べたのSRE-SREに飛びかかり、その細い肩を壊れんばかりの勢いで揺さぶる。


「やった! やったぞスレスレ!! お前、マジでやりやがったな!! 7分どころか一人で全部削りきりやがった!!」


「ちょっ……、痛い、浪man、揺らすな……っ!」


「うるさい! 黙って喜べバカ野郎!!」


 浪manの馬鹿げた大声に、L-NAもついに堪えきれなくなったように吹き出した。彼女はルナリスを放り投げるようにして駆け寄り、二人の頭をまとめて抱え込むようにして叫ぶ。


「アンタ最高よスレスレ! 最高のイカれ野郎よ! 私の計算なんて全部ぶっ壊して……っ、でも、あんなの見せられたら認めざるを得ないじゃない!!」


 L-NAの瞳には、興奮で滲んだ涙のような光が宿っていた。彼女はSRE-SREの頬を両手で挟み、めちゃくちゃに振り回す。


「合格! 文句なしの合格よ! スレスレ、アンタが一番のスーパースターよ!!」


「……はは、……あははは!」


 二人の熱量に引きずられるように、SRE-SREの口からも乾いた笑いが溢れ出した。

 全身を突き抜けるような、暴力的なまでの達成感。ソロでは決して届かなかった、誰かと「勝った」と叫び合えるこの瞬間。


「……勝ったな! 俺たち!」


「当たり前だろ! 十層突破だ!!」


 三人は誰からともなく肩を組み、守護者の消えたガランとした闘技場で、子供のように声を張り上げて笑い転げた。


 その騒がしい歓喜の声は、少し明るくなった部屋の壁に反響し、いつまでも止むことはなかった。

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