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第31話:守護騎士 其の3

 三本目の柱が沈黙した瞬間、守護騎士の『暴走』は極致に達した。最後の一本の柱から、許容量を超えた魔力が濁流のように騎士へと流れ込む。銀の装甲は赤熱し、立ち昇る熱気が闘技場の空気を歪めていた。


「が、はっ……! クソ、笑えねぇぞ……ッ!」


 浪manのHPが大きく削れる。騎士の振るう大剣は、もはや「面」で叩き潰す質量兵器だ。彼の装備が限界を超えた負荷に悲鳴を上げる。防戦一方、足元の石畳は粉々に砕け、浪manの身体は一歩、また一歩と後退を余儀なくされていた。


 スタミナはすでに風前の灯火。腕を上げることさえ億劫になるほどの疲労が押し寄せる。だが、浪manは背後を感じていた。ここで自分が一歩でも退けば、全力で柱を壊しに行っている二人が死ぬ。


(……動け。重てぇなんて言ってんじゃねぇ。俺は、こいつを止めるためにこの役割を選んだんだろ……!)


 その時、浪manの視界の端に、無機質なログが流れる。


【――特殊動作の一定精度を検知】

【管理AI『アビス』が、当該動作をスキルとして認定します】

概念定着イデア・レコードを開始……】

【定着完了。アクティブスキル:『不動の挺身』を取得しました】


 ――これだ。

 浪manは反射的にその感覚を掴み、叫んだ。


「……おう、来いよッ! まだまだ足りねぇぞ!!」


 スキルを発動させた瞬間、彼の全身を鈍色のオーラが包み込んだ。足裏が重力に縫い付けられたかのように床に固定され、どんな衝撃を受けても微動だにしない「絶対的な重心」が完成する。


 ズゥゥゥゥゥンッ!!


 騎士が渾身の力で振り下ろした大剣を、浪manは今度は一歩も退かずに、ただ両腕を交差させるだけで受け止めた。衝撃波が周囲をなぎ払うが、浪manの背中だけは、嵐の中の岩山のように静止している。


「スレスレ! エルナ! 安心してブチ壊してこいッ! このデカブツは、俺が死んでも一歩も動かさねぇ!!」


 その咆哮に呼応するように、SRE-SREとL-NAが最後の一本へと肉薄した。浪manが作り出した完璧な時間の中で、L-NAの放った氷の槍が外殻を粉砕する。


「――これで、終わりよ!」


「沈めッ!」


 空中で『蝕鎌』を振り抜いたSRE-SREの刃が、四本目の柱を真っ向から両断した。


 パリィィィィィィィィンッ!!


 最後の供給源が砕け散ると同時に、闘技場を支配していた不気味な魔力の脈動が止まる。これにより、守護騎士の驚異的な再生能力は完全に断たれた。


 だが、安堵の時間は一秒たりとも与えられない。

 供給源を失った騎士の銀装甲が、内部から溢れ出す漆黒の魔力によってミシミシと軋み、歪んでいく。それは弱体化などではなく、危険を察知し、更なる暴走状態への移行だった。


「――ガ、ギ、ギギギガァァァァッ!!」


 騎士が咆哮を上げ、床を削りながら凄まじい速度で突進を開始する。その動きは先ほどまでとは比較にならないほど鋭く、荒れ狂う獣そのものだ。


「……っ、おい! 再生は止まったが、スピードがもっと跳ね上がってんぞ!」


 浪manが叫ぶが、その足取りは危うい。4本の柱が壊れるまでの間、一人でヘイトを稼ぎ、全ての重撃をその身で受け続けた彼のHPバーは、既に残り少なくなっていた。


「浪man、一旦下がって回復しろ! エルナ、俺たちが時間を稼ぐぞ!」


 SRE-SREが素早く騎士の突進の軌道上へと割り込む。浪manは悔しげに歯噛みしながらも、今の自分が足手まといであることを理解し、大きくバックステップを切ってポーションを煽る体制に入った。


「わかってるわ……! でも、あの速度をまともに相手にするのは無理よ。私が牽制を入れるから、あんたは絶対に足を止めないで!」


 L-NAが即座に氷結魔法の詠唱を始める。


 再生を封じた。だが、ここから浪manが戦線に復帰するまでの間、時間を稼がなければならない。

 供給源をすべて断たれた『遺跡の守護騎士』は、もはや精密な機械のような挙動を捨てていた。装甲の隙間から溢れ出す魔力が、剣を振るうたびに闘技場の空気を爆ぜさせる。


 その一撃は、九層を越えてきたSRE-SREの動体視力をもってしても、一瞬の油断も許されない鋭さを持っていた。


「……っ、再生しねぇ分、さっきより攻撃が重くなってんぞ……ッ!」


 SRE-SREは『鉄屑』を抜き放ち、騎士の刺突を紙一重で受け流す。火花が散り、強烈な風圧が頬を叩いた。本来なら『空蝉』で背後を取るはずのタイミングだが、騎士の追撃はそれを許さず、横なぎの連撃となって襲いかかる。


 一撃をいなすだけで腕の骨が軋むような感覚。SRE-SREは、この嵐のような暴走を一人で食い止めていた浪manの異常さを、今更ながらに痛感していた。


(……あいつ、こんな『暴力の塊』を相手に、一歩も退かずに拳を叩き込んでたのかよ……っ!)


 背後では、L-NAがクリスタルケープの魔力伝導を限界まで引き出し、必死に『スノー・パイク』の詠唱を続けている。彼女もまた、一切の妥協を許さない騎士の殺圧に、冷や汗を流しながらも視線を逸らさない。


「スノー・パイク……放つわよッ!」


 放たれた氷の槍が騎士の胸甲に直撃するが、暴走した魔力によって強引に弾き飛ばされる。牽制にすらならない。


 騎士がターゲットを魔法の起点であるL-NAへと切り替え、地を裂くような踏み込みを見せた。


「おい、こっちを見ろッ!!」


 SRE-SREが『跳躍』で騎士の正面へと割り込み、無理やりヘイトを買い戻す。

 一秒が、永遠に感じるほどの濃密な死線。


 二人がかりでどうにか「時間」を稼ぎ続けていた、その時だった。


「……わりぃ、待たせたな。そこ、代われ」


 聞き慣れた、ぶっきらぼうだが落ち着いた声。


 端でポーションを煽り終え、一息ついた浪manが、当然のように前線へと戻ってきた。

 腕を軽く鳴らしながら再び騎士の前に立つその背中に、SRE-SREは少し安心感を覚えた。


 三人が揃い、ここから本当の反撃が始まるはずだった。だが――騎士が大剣を石畳に深く突き立てた瞬間、闘技場全体の空気が、物理的な重圧を伴って再び変質した。


 ――ゴォォォォォォッ!!


 騎士を中心に、魔力が波紋のようにフィールド全域へと広がっていく。それは単なる衝撃波ではなかった。逃げ場のない魔力の奔流が闘技場を埋め尽くし、三人の肉体を内側から焼き始める。


「……っ、何よこれ。HPが……削られてる……!?」



 L-NAの悲鳴に近い声が響く。視界の端、パーティーウィンドウのHPバーがじわじわと、だが確実に減り続けていた。


 回避不能の広域継続ダメージ。魔力の熱波が防具の隙間から入り込み、呼吸をするたびにスタミナまでもが蝕まれていく。


「チッ、ポーション飲み続けるしかねぇな!」


 浪manが焦燥を露わにしながら、一本のポーションを喉に流し込む。HPは一瞬戻るが、立ち込める波動が触れるたび、再びバーが減っていく。


 三人はダメージを負いながらも、必死に騎士を攻め立てた。浪manの重い拳が装甲を叩き、SRE-SREの鎌が継ぎ目を裂くが、騎士の周囲を渦巻く魔力の奔流が物理的な障壁となり、決定打を阻む。


 三人は絶え間なく削られるHPをポーションで強引に繋ぎ止めながら、波動の渦へと果敢に飛び込んだ。


 だが、闘技場を埋め尽くす魔力の奔流は、彼らの五感を執拗に焼き、動作の精度を確実に奪っていく。大気を震わせる重低音が鼓膜を圧し、肺に吸い込む空気さえもが熱を帯びて喉を焼く。


「……っ、あぁクソッ! 踏ん張りがきかねぇ!」


 浪manが叫び、赤熱した騎士の装甲へ向けて掌底を放つ。しかし、ボスの周囲に渦巻く魔力の壁が物理衝撃を無慈悲に減衰させ、突き出した腕を伝う反動だけが重く響く。本来なら姿勢を崩すはずの一撃を受けても、騎士は微動だにせず、逆に大剣を無造作に振り抜いた。


「浪man、伏せろッ!」


 SRE-SREの声と同時に、浪manは石畳に身を投げ出した。頭上を掠める大剣の風圧。それだけで残りのHPが数ミリ削れる。


 SRE-SREは『跳躍』で騎士の肩口へ肉薄し、『蝕鎌』を装甲の隙間にねじ込もうと試みた。だが、至近距離で吹き荒れる魔力の熱波が、鎌の刃を力任せに押し戻す。


(……硬すぎる。それ以上に、継続ダメージで集中力が……っ!)


 一撃を叩き込む隙を伺うが、身体を蝕むダメージのノイズが思考を乱し、完璧な見切りを許さない。紙一重でかわしていたはずの騎士の挙動が、今は不気味な質量を持った「死」として迫ってくる。

 背後では、荒い呼吸を繰り返しながらも杖を構え続けていた。


「スノー・パイク……ッ!」


 放たれた氷の槍が騎士の胸元で爆ぜる。だが、その冷気は奔流に瞬時に飲み込まれ、蒸発する霧へと変えられた。


 三人はポーションを煽り、HPを回復させては、直後の継続ダメージで再び削られるという絶望的な消耗戦を強いられていた。


「おい、ポーションの残弾がやべぇぞ! これ、いつまで続くんだよ!」


 浪manの焦燥に満ちた怒号が、魔力の咆哮にかき消される。

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