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第29話:守護騎士

 巨大な石扉を押し開くと、そこには四角形の広大な闘技場のような空間が広がっていた。


 冷え切った空気の漂うその中心で、三人を待ち構えていたのは、紫の魔力回路が脈動する美しい銀の鎧を纏った巨像、『遺跡の守護騎士レリックス・ガーディアン』だ。三人が一歩踏み出した瞬間、騎士の眼窩に不気味な光が宿り、重厚な剣が床を削りながら持ち上げられた。


「……しゃあねぇ、まずは小手調べだ! 行くぜッ!」


 浪manが吠え、重厚な石畳を蹴り飛ばして正面から肉薄する。一瞬で間合いを詰めると、右拳を、騎士の腹部へ向けて真っ直ぐに突き出した。


 ――ドォォォォンッ!!


 衝撃波が騎士の銀装甲を震わせる。鋼鉄節の「しなり」が放たれた反動を完璧に吸収し、浪manの体勢は微塵も揺るがない。彼はそのまま息つく暇もなく、左の掌底、右の回し蹴りと怒涛の連撃を叩き込んだ。


 その直後、騎士の背後に影が躍る。


「そこだ」


 SRE-SREが死角から鋭い一閃を放った。『晶鉄のポイントアーマー』により、防具の重さを一切感じさせない挙動が実現されている。手に保持した『蝕鎌』が、騎士の首筋の継ぎ目を正確に刈り取った。


「――逃がさないわ!」


 L-NAがローブの裾を翻し、詠唱を完了させる。彼女の魔力と共鳴するようにケープが微かに脈動し、以前よりも一回り大きくなった氷の槍『スノー・パイク』が空を切り裂いた。それは騎士の膝関節に突き刺さり、その動きを物理的に凍てつかせる。


 騎士の巨躯が大きく揺らぎ、膝をつく。三人は確かな手応えを感じ、さらに畳みかけた。SRE-SREは『蝕鎌』による腐食を狙い、浪manは鎧の隙間に指先をねじ込むような凄まじい連打を浴びせる。L-NAの氷魔法が爆ぜるたび、銀の装甲には無数の亀裂が走った。


「……これ、九層のボスより柔らかいか!?」


「ハッ! このまま一気に削りきってやるぜ!」


 浪manの拳が騎士の胸部を陥没させ、SRE-SREの刃がその深奥へと届く。騎士のHPバーは目に見えて減り続け、残り8割を切る。九層の時よりも遥かに早いペースだ。


 だが、異変はその時に起きた。


 キィィィィィィン……!


 耳を突き刺すような高周波の音が響き、騎士の全身を走る紫の回路が、眼を焼くほどの光を放った。


「……っ、何だ!?」


 SRE-SREが反射的に距離を取る。その視界の中で、信じられない光景が繰り広げられた。粉砕されたはずの銀の装甲が、まるで液体のようにうごめき、瞬く間に元通りに繋ぎ合わされていく。陥没した胸部も、氷漬けにされた膝も、まるで最初から傷一つなかったかのように滑らかな鏡面を取り戻した。


「おい、冗談だろ……? HPが、全快してやがる……」


 浪manが愕然として声を漏らす。騎士のHPバーは、僅か数秒の間に十割まで押し戻されていた。


「もう一度だ! 削れるなら、削りきるまで叩くのみだろ!」


 再び三人は攻撃を再開した。今度はさらに火力を上げ、SRE-SREも攻撃を惜しみなく注ぎ込む。しかし、どれだけ深く刃を突き立てても、どれだけ衝撃で内部を揺らしても、そのたびに紫の回路が明滅し、ダメージを完全に無効化してしまう。


「……だめよ、無意味だわ」


 L-NAが冷静に、だが険しい表情で戦場全体を見渡した。彼女の視線は、騎士が発光するたびに、エリアの四隅から伸びる「細い魔力の糸」を捉えていた。


「……見なさい! あの柱よ!」


 L-NAが杖の先で指し示したのは、エリアの四隅にそびえ立つ、古びた『魔力供給柱』だった。柱の頂部にある紫色の核が、騎士の呼吸に合わせるようにドクン、ドクンと不気味に脈動し、そのたびに騎士へと膨大な魔力を送り続けている。


「……あの柱から絶え間なく魔力が供給されてる。あれを止めない限り、この騎士は文字通り『不死身』よ」


 SRE-SREが『蝕鎌』を握り直し、忌々しげに四方の柱を睨みつけた。


「……チッ、あの柱か。エルナ、狙えるか!」


 SRE-SREが叫び、柱の一本へと視線を飛ばした。L-NAは即座に杖を掲げ、鋭い氷の槍を放つ。だが、その着弾よりも早く、銀の騎士が地を割るような速さで割り込んだ。


 ――ガギィィィィィィン!!


 騎士の巨大な円盾が氷を粉砕し、そのまま重厚な大剣がSRE-SREの進路を断つように振り下ろされる。


「……っ、こいつ! 柱を守ることが最優先になってやがる!」


 SRE-SREは機動力を活かして紙一重でかわすが、柱に近づこうとするたびに、騎士の巨躯が正確に射線を、あるいは進路を塞いでくる。


 四方の柱は、騎士がその中心にいる限り、鉄壁の防御圏内だった。一人が柱へ向かえば騎士がそれを叩き潰し、もう一人が逆の柱へ向かえば、騎士は驚異的な踏み込みでそれを阻止する。


「このままじゃ、ジリ貧ね……。柱一本壊す前に、こちらのスタミナが切れるわ」


 L-NAが苦々しく告げる。騎士の剣圧は増し、広場には爆風と石礫が吹き荒れていた。


「……おい、お二人さん。いい加減、湿っぽいツラしてんじゃねぇぞ」


 重苦しい空気を切り裂いたのは、浪manの不敵な笑い声だった。彼は一歩前へ出ると、自身の腕に馴染んだ装備を、軋むような音を立てて強く握り込んだ。


「スレスレ、エルナ。……柱は任せた。こいつの相手は、俺一人で十分だ」


「一人で……?」


「ハッ、おうよ。」


 浪manは逃げるどころか、真っ正面から騎士の懐へと足を踏み入れた。騎士が反応し、山をも断つような大剣の唐竹割りが振り下ろされる。


 ――ドォォォォォォォンッ!!


 凄まじい衝撃波が巻き起こり、床の石畳がクレーター状に爆ぜた。だが、土煙の中から現れたのは、片膝すらつかずに騎士の剣を「腕」で受け止めている浪manの姿だった。


「……ぐ、ぅぅ……ッ! 確かに、重てぇな……!」


 『センチピード・バインド』の鋼鉄節が、悲鳴を上げるような音を立てて「しなり」、騎士の質量エネルギーを強引に分散させていく。浪manの足元の石畳は粉々に砕けているが、彼の腕は騎士を押し返していた。


「何してやがる! さっさと行け! 俺がこいつを一歩も動かさねぇ、その間に柱を全部ブチ抜いてこいッ!」


 浪manが吠え、騎士の剣を弾き飛ばすと同時に、ゼロ距離からの掌底を叩き込んだ。


「らぁあああああ!!」


 連撃が銀の装甲を叩き、衝撃波が騎士の姿勢を僅かに崩す。騎士がターゲットを浪manに固定し、剣を振り回し始めた。


「……信じるわよ、脳筋」


「助けて欲しかったら言うんだぞ」


「必要ねぇよっ!」


 SRE-SREとL-NAが、弾かれたように左右の柱へと走る。


 背後では、金属が激しくぶつかり合う轟音が鳴り響いていた。浪manは、もはや回避を捨てていた。騎士の剣を腕で流し、盾を拳で殴り飛ばし、己の肉体を盾にして守護騎士をその場に縛り付ける。


 それは、防御と衝撃吸収にを活かした狂気とも言える「一対一」の封じ込めだった。


「ハハッ……! 楽しいじゃねぇか……! これだよ、この手応えを待ってたんだ!」


 血の気が引くような猛攻に晒されながらも、浪manは最高に愉快そうに、真っ白な歯を見せて笑っていた。

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