第28話:ピリつく空気
第九層の守護者『晶岩の巨像』を討ち果たした三人は、再びアークの食事処『琥珀の灯亭』のテーブルを囲んでいた。九層を完全に踏破し、かつての停滞を過去のものとした彼らの表情には、確かな余裕と静かな自信が漂っている。
「……はぁ。まさか、あんなにあっさりとあの巨像を沈めるとはね」
L-NAが呆れたように溜息をつき、冷たい手つきで、宝石のように輝く『ルビー・グレープのジュレ』を口に運んだ。
「いいじゃねぇか。新装備の試運転にしちゃあ、出来すぎな戦果だろ。あんなにボロボロ崩れるとは思わなかったぜ」
浪manが豪快に笑い、追加で注文した「ゴールデン・ボアの厚切りステーキ」を頬張る。
「……ああ。九層の素材で固めたおかげか、危ない場面すらほとんどなかったな」
SRE-SREは微炭酸のフルーツエイドを喉に流し込み、余裕を持って終えたボス戦のログを見返しながら呟いた。
話題は自然と、圧倒的なパフォーマンスを見せた新装備へと移る。
「なぁスレスレ、お前のあの回避、もはや余裕すら感じたぜ。ポイントアーマーの軽さのおかげか、一歩も引かずに急所を刈り取ってたな」
「ああ、関節の動きを一切邪魔しないからな。攻撃を見切るのが、前よりずっと簡単に感じられたよ」
「……ふん。私が『スノー・パイク』で装甲を脆くしてあげたんだから、当然の結果よ」
L-NAがフォークを置き、満足げに二人を見渡した。
「特に浪man、あんたの『センチピード・バインド』ね。あの巨腕を正面から受け止めてもビクともしないなんて、見てて笑いが出たわ」
かつては死に物狂いで泥沼の戦いを演じていた彼らだが、今は互いの新装備を「潤滑油」として、完璧に噛み合った連携を楽しんでいる。その光景には、奇妙な一体感と強者の風格が備わっていた。
だが、食事の場での「貢献度」を巡るやり取りは、以前と変わらず騒がしい。
テーブルに運ばれてきた、この店の大皿料理「霜降り肉のクリスタル岩塩焼き」。
「……おい浪man。最後、俺がコアを削りきった時のスマートな動き、見たろ? あの分、肉は俺が多めにいただく」
「あぁ!? 何言ってんだ、コアを露出させたのは俺の連撃だぞ! これは俺の報酬だ!」
「……馬鹿ね。一番安全な場所からトドメを刺した私の貢献度が一番高いに決まってるじゃない」
L-NAが静かに、だが最速の挙動で肉の塊を自分の皿へと確保した。残された一切れを巡り、SRE-SREと浪manが再び箸とフォークで火花を散らし始める。
「計算しろよ、俺の腐食ダメージが内部から……!」
「俺の崩しがなければ、そもそもダメージ通らなかっただろ!」
「……やっぱり、馬鹿ね」
L-NAは深い溜息をつきつつも、その口角は微かに上がっていた。
装備を整え、九層という壁を圧倒的な力で越えた今。不器用なやり取りの奥底には、次なる深淵、第十層さえも飲み込まんとする確かな絆が根を張っていた。
とりあえず、次は十層か。転送陣の先に何があるか、今から楽しみだな」
SRE-SREがエイドのグラスを置き、どこか高揚した面持ちで二人に提案した。九層のボスをあれだけの余裕を持って討伐できた今、彼らの中にあった停滞感は完全に消え去っている。
「この調子なら、十層も一気に抜いていけるんじゃないか? 装備も新調したばかりだし、連携も噛み合ってる。勢いがあるうちに踏み込みたい」
「おう、異議なしだ! あのデカブツを粉砕した今の俺たちなら、十層の魔物だろうが正面からブチ抜いてやるよ」
浪manが拳を鳴らし、即座に身を乗り出す。新装備の確かな手応えが、彼の闘争心に火をつけていた。
しかし、二人の熱量とは対照的に、L-NAはジュレのスプーンを置くと、眉をひそめて二人を制した。
「……ちょっと、浮かれすぎじゃないかしら。慎重になりなさいよ」
「なんだよエルナ、弱気か?」
「攻略サイトを少し覗いただけだけど、十層はこれまでのような道中が存在しないらしいわ。いきなり強力なボスモンスターと対峙することになるっていう噂よ」
彼女の言葉に、SRE-SREも動きを止める。
「道中がない? いきなりボス戦ってことか」
「詳細は書かれていなかったけれど、これまでの階層とは根本的に勝手が違うはずだわ。今の装備と連携がどこまで通用するか、一度立ち止まって考えるべきよ」
L-NAは石橋を叩いて渡るべきだと主張したが、結局は「行ってみなきゃ分からない」という二人の勢いに押される形となった。多数決の結果、第十層への挑戦が決定する。
「……はぁ。やっぱり馬鹿ね。死んでも知らないわよ」
呆れたように溜息をつくL-NAだったが、その瞳には最低限の準備だけはさせようという意志が宿っていた。
「決まりだな。ただ、流石にすぐ出発ってわけにはいかない。十層に向けて、各々必要な消耗品やアイテムを買い揃えておこう。合流は……明日の朝、広場でいいか」
SRE-SREの言葉に二人が頷き、三人は祝勝会の余韻を残したまま、それぞれの準備と休息のためにアークの喧騒へと散っていった。
翌朝、アークの中央広場で合流した三人は、装備の最終確認を終えると、広場の転移門へと向かった。渦巻く光に身を投じると、一瞬の浮遊感の後に足裏へ重厚な石の感触が伝わってきた。
転送された先に広がっていたのは、これまでの晶洞とは打って変わった、静謐で重苦しい光景だった。第十層。そこは、苔むした巨大な石柱と崩れかけた石壁が連なる、広大な古代遺跡のような雰囲気を纏った階層だった。
転送地点のすぐ近くには拠点キャンプが設営されているが、そこを流れる空気は異様に突き刺さる。
「……なんだ、この空気。九層までとは、流れてるもんが違うぜ」
浪manが周囲を見渡し、不快そうに鼻を鳴らした。キャンプに滞在している他のプレイヤーたちの顔には、楽しんでいる様子など微塵もない。誰もが神経を極限まで削り取られたような、ピリピリとした緊張感を漂わせている。
すれ違うプレイヤーたちが、新調したばかりの装備に身を包む三人を、値踏みするような、あるいは「次に来た犠牲者」を見るような冷ややかな視線で一瞥していく。
「……やっぱりね。攻略サイトの噂通り、ここは遊び場じゃないみたいだわ」
L-NAがクリスタルケープの裾を整えながら、周囲の重苦しい空気に同調するように声を低めた。
三人は拠点キャンプを後にし、遺跡の奥へと続く石畳の道を進んだ。
道中、これまでなら嫌というほど襲いかかってくるはずの雑魚モンスターの気配が一切ない。その不自然なまでの静寂が、かえって三人の警戒心を煽る。
キャンプから歩くこと数分。行く手を阻むように現れたのは、見上げるほどに巨大な、複雑な紋様が刻まれた石造りの扉だった。
「……道中なし、か。この扉の先には、いきなり『そいつ』がいるってことだな」
SRE-SREが蝕鎌を握り直し、扉の奥から漏れ出す圧倒的なプレッシャーを正面から見据えた。




