第27話:新装備
翌日、三人は吸い寄せられるように路地裏の鍛冶屋へと足を向けていた。扉を開けると、数日前と同じ重厚な熱気、そしてそれ以上に鋭い完成の予感が肌を刺す。
「……来たか。約束通り、用意はできているぞ」
奥から現れた老鍛冶師の声には、いつになく職人としての矜持が混じっていた。彼がカウンターに並べたのは、九層の「鋼鉄節」と「銀鉱石」をはじめとする素材が、全く別の物へと昇華された三組の武具だった。
SRE-SREがまず手に取ったのは、鈍い銀の光沢を放つ『晶鉄のポイントアーマー』だ。肘や膝、そして急所を覆うプレートは、驚くほど薄く、そして鏡のように滑らかに磨き上げられていた。
「……軽いな。これなら、今の回避速度を一切殺さずに済む」
実際に装着してみると、関節の動きを阻害する感触は皆無だった。それでいて、拳で軽く叩けば「カツン」と硬質な音が響き、九層の怪物たちの牙をも弾き返すであろう信頼感を伝えてくる。
隣では浪manが、自身の拳を包む『センチピード・バインド』をまじまじと見つめていた。アイアン・センチピードの節を模した外殻が、強靭な皮素材と複雑に噛み合っている。
「こいつは……。握り込んだだけで、腕に溜まってた余計な熱が引いていくようだぜ」
空突きを一度。鋭い衝撃音が響くが、浪manの肩は一切揺るがない。鋼鉄節の「しなり」が、放たれた反動を完璧に吸収し、即座に次の一撃へと意識を繋げていた。
そしてL-NAは、クリスタル装飾が細工された『クリスタルケープ』を静かに羽織った。銀鉱石を織り込んだ繊維が、彼女の魔力と共鳴するように微かに脈動している。
「……悪くないわね。素材の伝導率を、よくここまで引き出したものだわ」
機能性のみを追求したはずのその姿は、図らずも戦場に立つ貴婦人のような、冷徹な威圧感を放っていた。
準備は整った
「ふん。素材が良かったおかげだ、感謝するんだな」
老鍛冶師はぶっきらぼうに言い放ち、再び奥へと消えていった。残された三人は、互いの新しい姿を認め合うように視線を交わす。
「……さて。さっそく実戦で試してみるか?」
SRE-SREが『蝕鎌』の柄に手をかけ、不敵に笑う。
「当たり前だ! あのムカデの親戚が出てきたら、今度は俺が正面からブチ抜いてやるよ!」
「……あんたたちがヘマをしなければ、私の魔法で塵一つ残さないけれどね」
迷宮都市アークを後にした三人は、再び第九層『晶洞の回廊』へと足を踏み入れた。目的地は、この階層の最深部に君臨するボスの居城だ。広大な晶洞の構造上、拠点キャンプからボスエリアまでは、不眠不休で駆け抜けても丸一日では到底辿り着けない距離がある。
三人は道中、新装備の性能を確認するための「テスト」を兼ねて、モンスターとの交戦を開始した。
「……来るぞ。九層の洗礼、『クリスタル・タートル』の群れだ」
かつてSRE-SREがソロで多くの時間を費やし、端材一つしか得られなかった因縁の相手が、通路を塞ぐように現れる。
「ハッ! 前の俺だと思うなよ!」
浪manが先行する。タートルの突進を正面から受け止めるが、新装備の反動抑制が機能し、彼の体勢は微塵も揺るがない。衝撃を殺した直後、最短の硬直で放たれた掌底が、亀の水晶装甲を強引に跳ね上げた。
「――そこね」
浮き上がった腹部へ、L-NAの詠唱が突き刺さる。クリスタルケープの魔力伝導により、以前よりも一回り大きくなった氷の槍が、装甲の隙間を完璧に貫いた。
「仕上げだ」
SRE-SREが一閃を放つ。晶鉄のポイントアーマーの恩恵で、防具の重さを一切感じさせない極限の回避から、吸い込まれるように『蝕鎌』が急所を刈り取った。
「いや〜楽だねぇ」
光の粒子となって霧散していくモンスターを見送り、SRE-SREは自分の拳を握りしめた。装備の更新は、単なる数値の上昇ではない。三人の連携という歯車を、より高速に、より冷徹に回転させるための潤滑油となっていた。
彼らは道中のセーフティエリアでログアウトすることにした。
「……あの親父、『全部完璧になるからわからんがやってみよう』なんて言ってたけど、期待以上だぜ」
「ふん、当然よ。これだけの素材を揃えたのは私たちなんだから」
翌日。さらに深く突き進む。
進むにつれ、現れる魔物はより獰猛に、装甲はより厚くなっていくが、今の三人に迷いはない。新装備の感触は、すでに自らの皮膚の一部となっていた。
回廊の突き当たり、視界を埋め尽くすほど巨大な水晶の群生が、まるで意思を持つかのように左右へと蠢き、道を開けた。その先に広がるのは、異様な静寂に包まれた広大な円形フィールドだ。
天井からは牙のような水晶が突き出し、床一面は鏡のように磨き上げられた蒼い結晶で覆われている。その中心に、それは鎮座していた。
第九層の守護者――『晶岩の巨像』。
アイアン・センチピードすら赤子に見えるほどの巨躯は、全身が半透明の硬質結晶で構成され、内部では凝縮された魔力が心臓のように脈動している。
「……デカいな。九層の『硬度』の集大成ってわけか」
SRE-SREが『蝕鎌』を低く構える。ゴーレムが岩同士を削るような咆哮を上げ、重厚な右腕を振り上げた。
「――来るぞッ!」
ドォォォォンッ!!
振り下ろされた拳が、鏡のような床を一撃で粉砕する。
SRE-SREは『跳躍』でその衝撃波を飛び越え、空中で身体を捻りながらゴーレムの側頭部へと肉薄した。
「まずは挨拶代わりだ!」
晶鉄のポイントアーマーにより、空中の挙動は驚くほど鋭い。
『蝕鎌』が結晶の表面を叩くが、ガギィィィンという甲高い音と共に、刃は微かな傷も付けられずに弾き返された。
「……っ、流石に正面からは通らないのか!?」
そこへ、ゴーレムの左腕が横なぎに迫る。回避不能の広範囲攻撃。
だが、その巨腕が届く直前、茶褐色の影が正面から割り込んだ。
「ハッ! 避けるだけが戦闘じゃねぇんだよ!」
浪manがセンチピード・バインドを装着した両腕を交差させ、ゴーレムの巨腕を真っ向から受け止めた。
本来なら押し潰されるはずの質量差だが、鋼鉄節の「しなり」を活かした反動抑制機能が、凄まじい衝撃を分散し、浪manの足を一歩も退かせない。
「今だ、L-NA! こいつの腕、一瞬止めてやったぜ!」
「……言われなくても。私の魔法その身で味わいなさい」
L-NAがクリスタルケープの裾を翻し、杖を天に掲げる。
少し短い詠唱から、『スノー・パイク』が放たれ、ゴーレムの巨躯に刺さり凍てつかせていく。
ギィィィッ……。
急激な冷却により、ゴーレムの結晶装甲に微細な傷が生じる。
「……よし、隙が見えた!」
SRE-SREが氷で脆くなった装甲の裂け目へと突き進む。
三人は九層の主という絶望的な「硬度」を、確実に攻略し始めていた。
ゴーレムの一部を覆った氷が、内側からの魔力の膨張に耐えきれず、凄まじい音を立てて弾け飛んだ。
自由を取り戻した巨像は、その怒りを体現するように、巨大な足で鏡のような床を激しく踏みつける。
――ズゥゥゥゥン!!
その衝撃波に呼応し、天井に無数に突き出していた水晶の尖塔が、雨のように降り注いできた。
一本一本が人間を容易に貫く質量の結晶。逃げ場のない広範囲攻撃に対し、SRE-SREは落ちてくる結晶の影を縫うようにして走り抜ける。
「……っ、こいつ、魔法だけじゃなくて物理ギミックまで持ってるのかよ!」
「文句言ってる暇があったら動け! ほらよッ!」
浪manが、自身に降り注ぐ結晶を正拳突きで粉砕しながら、強引にゴーレムの懐へと再接近した。
彼は、先ほどの冷却で生じた装甲の微細なヒビを狙い、一点に集中した連撃を叩き込む。放たれる拳の衝撃は以前よりも鋭く、かつ重く、結晶の破片を周囲に撒き散らした。
「……次、来るわよ! どきなさい!」
L-NAの警告と同時に、ゴーレムの全身が蒼い光を放ち、周囲の魔力を急速に吸い込み始めた。
全方位への魔力放射。
浪manは即座に腕を交差させて防御姿勢を取り、SRE-SREは『空蝉』の残像を囮にして射程外へと跳んだ。
ドォォォォォンッ!!
凄まじい魔力の奔流がフィールドを薙ぎ払い、爆風が三人を襲う。
だが、その閃光が収まるより早く、SRE-SREは爆煙を切り裂いて突進した。
狙いは、放射直後の反動で動きが止まっているゴーレムの、剥き出しになった胸部のコアだ。
「……そこだッ!」
加速した思考の中で、SRE-SREは『蝕鎌』を逆手に保持し、氷と連撃によって弱体化した装甲の隙間へと、一点に全ての力を乗せて突き立てた。
――ガギィィィィィン!!
金属音が響き、腐食の毒が結晶の内部へと浸透していく。
ゴーレムが苦悶の咆哮を上げ、その巨大な腕を振り回して暴れ始めた。
胸部のコアに深く突き立てられた『蝕鎌』から、黒い腐食の紋様が結晶の内部へと急速に広がっていく。ゴーレムは断末魔のような軋み声を上げ、その巨躯を狂ったように震わせた。
「……ッ、まだ落ちないか!」
ゴーレムの全身から、制御を失った魔力が火花となって噴き出す。それはもはや精緻な魔法ではなく、触れるもの全てを粉砕する純粋なエネルギーの暴力だった。振り回される巨腕が床を叩き割り、破片が弾丸となって三人を襲う。SRE-SREは最小限の動きで破片を弾きながら、さらに深く鎌を押し込んだ。
「どけ、スレスレ! 逃がさねぇぞッ!」
浪manが横から割り込み、剥き出しになったコアの横腹に、渾身の右ストレートを叩き込んだ。衝撃波が、腐食で脆くなった結晶を内側から粉砕する。パキパキと不吉な亀裂がコアの表面を走り、ゴーレムの動きが目に見えて鈍った。
「――これで、終わりにしなさいッ!」
二人が距離を取ると同時に、L-NAが詠唱を完了させた。杖の先で極太の光の柱と化す。放たれたのは、杖の先から放たれたのは、彼女の得意とする氷魔法『グレイシャル・インパクト』。
ドォォォォォォォォンッ!!
氷の槍が、亀裂の入ったコアを直撃した。急激な凍結と、直前の浪manの打撃による振動。相反するエネルギーが限界まで高まり、ついに九層の主の心臓が、内側から爆散した。
……ギ、ギギ…………。
動きを止めた『晶岩の巨像』。その巨躯が、まるでスローモーションのように膝から崩れ落ちていく。そして、地面に触れる直前、何万もの蒼い光の粒子となって霧散し、フィールド全体を幻想的な輝きで満たした。
静寂が戻った広間の中心。そこには、戦いの結末を告げるリザルトウィンドウが浮かび上がっていた。
【第9層・守護者:『晶岩の巨像』】
Time: 12:42
Party: 3(SRE-SRE, 浪man, L-NA)
Player Name: SRE-SRE
「……あぁ。悪くない数字だ」
SRE-SREはわずかに肩の力を抜き、小さく、だが確かな達成感を込めて口角を上げた。 かつては一人で立ち往生した九層を、今、この三人で完全に踏破したのだ。
「よっしゃああ! 見たか、今の俺の最後の一撃!」
「……ふん。私がトドメを刺さなければ、あと十分はかかっていたわよ」
相変わらずの言い合いをしながらも、二人の表情にはどこか晴れやかな色が混じっている。
「とりあえず、戻って祝勝会でもするか!」
SRE-SREがそう提案する。
「そうだな!これからどうするかも決めようぜ」
「……まぁ付き合ってあげてもいいわよ」
三人一度、アークへと戻ることにした。




