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第26話:つかの間の休息

 路地裏の鍛冶屋に素材を預けてから、アークの街には穏やかな時間が流れていた。

 新装備の完成には数日を要する。メイン武装こそ手元にあるものの、九層基準のモンスターと「紙装備」で渡り合うリスクを熟知している三人は、図らずも揃って休息を取ることに決めた。


 アークの中央広場から少し外れた場所にある、食事処『琥珀の灯亭』。


 現実世界と遜色ない「味覚」を楽しめる料理が評判だ。何より、どれだけ食べても現実の肉体に影響がなく、太る心配もないという点は、L-NAのような女性プレイヤーにとっても格好の息抜きとなっていた。


「……はぁ。まさかあんたたちと、武器も持たずにテーブルを囲むことになるなんてね」


 L-NAが呆れたように溜息をつき、冷たい手つきで、ベリーが乗ったタルトを口に運んだ。


「いいじゃねぇか。たまにはこういう『作戦会議』も必要だろ?」


 浪manが豪快に笑い、山盛りに積まれた「バング・ラビットの串焼き」を頬張る。


「……作戦会議っていうか、ただの食事会だろ、これ」


 SRE-SREは甘い炭酸の飲み物を喉に流し込み、昨日のアイアン・センチピード戦のログを指先で操作しながら呟いた。


 話題は自然と、これまでの戦いへと移る。


「なぁスレスレ、九層のムカデの時よ、お前が『鉄屑』で止めた瞬間に俺が潜り込んだだろ? あの時、もう少し左に誘導してくれりゃ、俺の崩しがもっと深く入ったんだよ」


「無茶言うな。あの速度で飛来する酸を捌きながら、お前の立ち位置まで計算できるかよ」


「……見てられないわね」


 L-NAがフォークを置き、二人を冷徹な視線で射抜いた。


「あんたたちがもたついている間に、私がどれだけ無防備な時間を過ごしてるか分かってるの? 次は、浪manが強引に装甲を剥がした瞬間に、SRE-SREが私の射線を作ること。これが最短効率よ」


 以前はボコボコにされては「交代だ!」と責任を押し付け合っていた二人が、今は「次の一撃をどう当てるか」を酒の肴ならぬ食事の肴に議論している。その光景は、奇妙な一体感を生んでいた。


 だが、平和な時間は長くは続かない。

 テーブルに運ばれてきた、この店名物の「特大エビのクリスタル蒸し」。皿には大きなエビが二尾だけ乗っていた。


「……おい浪man。それ、俺が一番ダメージ稼いだ分の貢献度として、俺の取り分だよな?」


「あぁ!? 何言ってんだ、アイアン・センチピードを浮かせたのは俺の掌底だぞ。これは俺のご褒美だ!」


「……ふん。私が魔法で装甲を冷やさなければ、あんたたちの攻撃なんて全部弾かれてたわよ」


 L-NAが静かに、だが最速の挙動でエビの一尾を自分の皿へと確保した。残された一尾を巡り、SRE-SREと浪manが箸とフォークで火花を散らし始める。


「貢献度計算なら、俺の『腐食』が……!」


「俺の『崩し』の方が……!」


「……やっぱり、馬鹿ね」


 L-NAは再び深い溜息をつき、騒がしい男二人を無視して、優雅にエビの身を味わった。

 装備が完成するまでの、つかの間の喧騒。


 しかし、その不器用なやり取りの中に、次なる深淵を穿つための絆が、確かに根を張り始めていた。



「おい、スレスレ。装備がねぇなら、生身でやれることがあるだろ」


 適当に街を歩いていると、浪manがニカッと歯を見せて笑った。


 アークの西区画にある訓練場。ここは対人戦(PvP)の練習用として開放されており、武器の攻撃力をシステムで最小値に固定できる設定がある。


「……トレーニングか。いいぜ、今のなまりきった体に少し刺激が欲しかったところだ」


「ハッ! 言ってくれるじゃねぇか。今の俺は、お前を叩き潰すことしか考えてねぇぞ」


 二人は訓練場の中央で向かい合った。観客席の端では、L-NAが「暑苦しいわね」と毒づきながらも、二人の動きを観察している。


 ――カウントダウンがゼロになった瞬間、浪manの巨躯が弾丸のように肉薄した。


「らぁッ!!」


 踏み込みと同時に放たれた、重戦車のような正拳突き。SRE-SREは鉄屑をあえて抜かず、最小限の上体逸らしでその拳を耳元でやり過ごす。


 だが、浪manの真骨頂はそこからだった。空振った拳を即座に引き、その反動を腰の回転に乗せて、目にも止まらぬ速さの回し蹴りを叩き込む。


「……っ、重い!」


 SRE-SREは『跳躍』を使い、一回転して蹴りの上を飛び越えた。着地と同時に蝕鎌を抜き放ち、一瞬で浪manの懐へ滑り込む。


 最短距離で放たれた鎌の一閃。だが、浪manはそれを予見していたかのように、最小限のバックステップで切っ先をかわすと、そのまま地面を蹴って跳び上がり、膝蹴りをSRE-SREの顎へと突き上げた。


 ――ガギィィィィィン!


 SRE-SREは咄嗟に鉄屑を盾にしてその衝撃を受け流すが、浪manの圧倒的な質量に身体が数メートル押し戻される。


「ハッ、防戦一方かよ! 攻めてこいよ、スレスレ!」


「……言われなくても!」


 SRE-SREが鉄屑による加速を強引にねじ込む。


 一気に距離を詰め、鎌を横一文字に振るうと見せかけて、途中で軌道を垂直へと切り替える。フェイントを織り交ぜた精密な一撃。しかし、浪manはあえてその刃を避けず、掌底で鎌の側面を叩いて強引に軌道を逸らした。


「……チッ、今のを捌くか」


「お前のその加速、何度も見てるからな。だが、流石の反応速度だぜ」


 SRE-SREの身体がふわりと宙を舞う。攻撃を逸らされた反動を殺さず、あえて自ら後ろへ跳んで浪manの追撃圏内から脱したのだ。


「……っ、相変わらず岩石を相手にしてるみたいだ」


「おう、そりゃ光栄だ。だが、岩石にしちゃあ俺はちょいとばかり速いぜ?」


 浪manが地を蹴った。巨躯に似合わない爆発的なダッシュ。彼は直線的な突進と見せかけて、直前で蛇のような変則的なステップを踏み、SRE-SREの視界から一瞬だけ消える。


「らぁッ!」


 死角、左後方からの強烈な裏拳。

 SRE-SREは背中でその風圧を感じ、反射的に『空蝉』を起動させた。空を切り裂く浪manの拳。だが、浪manは空振った瞬間にその場で独楽のように回転し、残像を突き破って実体の方へと裏拳の逆軌道――強烈な回し蹴りを叩き込む。


「――読み通りだ!」



 ガギィィィィィィン!!


 SRE-SREは左手の『鉄屑』を盾として完璧な角度で合わせた。しかし、物理演算の重みまでは殺しきれない。衝撃波が訓練場の床を震わせ、SRE-SREの足が数センチほど地面を削る。


「……はは、今のを合わせるかよ。お前の反射神経、バグを疑うレベルだな」


「バグなら今ごろ運営に報告されてるよ。……それより、次はこっちの番だ」


 SRE-SREの瞳に冷徹な光が宿る。

 彼は鉄屑を鞘に納めるような動作から、一気に抜刀の速度を乗せて蝕鎌を突き出した。一突き、二突き。浪manが掌底でそれらを叩き落とす。だが、それは布石に過ぎない。


 三撃目。SRE-SREは鎌の石突きを地面に突き立て、それを支点に棒高跳びの要領で浪manの頭上へと跳ね上がった。


「空中かよ!」


「――墜ちろ」


 空中、重力に逆らうような不自然な挙動。SRE-SREは跳躍起動で軌道を強引に修正し、浪manの背後、首筋へと鎌の刃を添えた。


 だが、浪manは振り向きもせず、自らの首をすくめると同時に、背後へ向かって強烈なエルボーを放った。


 ガッ、という鈍い音が響き、二人は再び距離を取る。


 互いにHPバーは「最小ダメージ設定」のおかげで数ミリも減っていない。だが、今の攻防で精神的なスタミナは確実に削り合っていた。


「……へぇ。今の、本気で首を獲りにきたな。お前、たまに目がマジになるから怖ぇんだよ」


「そっちこそ。背中に目が付いてるのか? あの体勢から肘を当ててくるなんて、人間業じゃないだろ」


 浪manは肩を回して骨を鳴らし、愉快そうに笑った。


「ハッ、お前に言われたかねぇよ。その『回避』の精度、もはや性格の悪さが煮詰まった結果だろ? 相手をイラつかせることに関しては、このアビスで一番だぜ」


「最高の褒め言葉として受け取っておくよ。……お前のそのゴリ押しに見える攻撃も、相当に粘着質で気持ち悪いけどな」


 二人は肩で息をしながら、互いの実力を改めてその肌で噛み締めていた。

 観客席で見守っていたL-NAが立ち上がる。


「……不毛な喧嘩はそこまで。見てるこっちが恥ずかしくなるわ」


「お、L-NA。どっちが勝ってるように見えた?」


「どっちもどっちよ。避けるだけの臆病者と、当てることしか考えない脳筋。……でも、まぁ。新装備が届く前の慣らしとしては、及第点じゃないかしら」


 L-NAは二人を見下ろしながら、ほんの少しだけ口角を上げた。



「さっさと汗を拭きなさい。明日は、いよいよあの親父のところへ行くんでしょ?」


 訓練場に、二人の荒い吐息と、かすかな、だが確かな信頼が混じった笑い声が響いた。

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