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第24話:再び集結

 辿り着いたのは、天井が一段と高く、巨大な水晶の柱が乱立する広間だった。その中心、壁の亀裂から漏れ出す光が渦を巻いている場所がある。


「あそこだ。だが……やっぱり番犬付きかよ」


 マーロンが顎で示した先。採掘ポイントを守るように鎮座していたのは、全身が鋼鉄のような光沢を持つ巨大なムカデ型の魔獣『アイアン・センチピード』だった。九層の魔物の中でも屈指の硬度と攻撃性を持つエリート個体だ。


「あいつをどかさないと、石は掘れねぇ。俺は採掘に全振りしててな、あんな硬いのは専門外だ」


「了解だ。俺がやる」


 SRE-SREは『蝕鎌』を引き抜き、低く構えた。

 だが、戦闘が始まった直後、彼は九層のエリート個体の理不尽さを叩きつけられることになる。


 ――ガギィィィィィィィン!!


 渾身の力で振り下ろした『蝕鎌』が、ムカデの節に弾かれ、凄まじい衝撃がSRE-SREの手首を襲った。ダメージはほぼゼロ。八層までの武器では、文字通り刃が立たない。


「嘘だろ……、掠りもしないのか!?」


 ムカデが鎌を嘲笑うように鎌首をもたげ、鋼鉄の脚を刃物のようにしならせて襲いかかる。

 SRE-SREは『空蝉』を発動させ、残像を身代わりにして回避するが、ムカデの多脚による波状攻撃は、回避した先をさらに刈り取るように続く。


「――っ、速い……!」


 『鉄屑』による加速を強引にねじ込むが、ムカデは全身を独楽のように回転させ、全方位への体当たりを敢行した。逃げ場のない広間。衝撃波に弾き飛ばされ、SRE-SREの身体が水晶の壁に叩きつけられる。

 『黒鉄のローブ』の耐久値が削れる鈍い音が響き、視界が火花で明滅した。


「おい兄ちゃん! 死ぬなよ、俺の石が掘れなくなるだろ!」


 安全圏から叫ぶマーロンの声が遠く聞こえる。

 叩きつけられた衝撃で背後の水晶が砕け、鋭い破片がSRE-SREの頬をかすめた。肺から酸素を強制的に搾り出され、視界の端でHPバーが不気味に明滅する。


「……っ、はぁ、……はぁ!」


 受け身も取れぬまま、アイアン・センチピードの追撃が迫る。百を超える鋼鉄の脚が、石畳を削りながら死神の鎌のように左右から迫り、逃げ場を完全に塞いだ。


「――『空蝉』!」


 座標をずらし、実体をシステムから切り離す。直後、残像があった場所をムカデの巨躯が猛烈な勢いで突き抜け、轟音と共に地面を粉砕した。


 SRE-SREは着地の反動を利用し、ムカデの長い胴体の上へと跳躍する。


(どこかに……どこかに『点』があるはずだ……!)


 加速した思考の中で、彼は『蝕鎌』を逆手に保持し、ムカデの節と節のわずかな隙間に、針の穴を通すような精密さで刃を叩き込んだ。


 ――ガギィィィィィィィン!!


 またしても、火花と共に跳ね返される。

 アイアン・センチピードの装甲は、物理的な攻撃そのものを無効化しているかのようだった。ダメージはドット単位ですら入らない。


「おい、兄ちゃん! もっとこう、パッカーンと行けねぇのかよ!」


 水晶の柱の陰から、マーロンが野次を飛ばす。


「……言うのは簡単だっての……っ!」


 苛立ちと共に着地した瞬間、ムカデがその長い尾を鞭のようにしならせ、SRE-SREの脚を狙った。

 回避のタイミングは完璧だった。だが、九層の魔物は知能が高い。ムカデは空振りした尾を支点にして強引に身体を捻り、鎌首を持ち上げると、その巨大な顎から高圧の『酸性粘液』を噴射した。


「――しまっ……!」


 至近距離。回避は間に合わない。

 SRE-SREは咄嗟に『鉄屑』を盾にして顔面を覆う。


 ジュウウゥゥッ!!


 凄まじい異臭と共に、布服の一部が黒く焼け落ちた。毒性のある粘液がダメージを与える。


【――状態異常:『鈍足』】


「……っ、脚が……重い……!」


 ステータス異常が、SRE-SREの武器である「機動力」を根こそぎ奪い去った。

 そこへ、獲物の弱体化を確信したアイアン・センチピードが、全身の節をガチガチと鳴らして突進を開始する。


 一歩踏み出そうとしたSRE-SREの膝が、麻痺にも似た重圧でガクリと折れた。


「これ、……無理だっ!」


 正面から迫る巨大な鋼鉄の塊。

 死を覚悟したその瞬間、SRE-SREは震える手でインベントリから一本のアイテムを掴み出した。


「マーロン! 走れ!!」


 地面に叩きつけたのは、買っておいた『煙幕弾』。

 爆発的な煙が水晶の広間を覆い尽くし、ムカデの視覚センサーを一瞬だけ狂わせる。


「あ、おい! 待ちやがれぇ!!」


 背後でマーロンの絶叫と、獲物を見失ったムカデの怒りの咆哮が響く。

 SRE-SREは煙に巻かれたマーロンの首根っこを強引に掴むと、鈍足のデバフを気力で抑え込み、広間の外へと続く通路へ無我夢中で身体を投げ出した。


 水晶の回廊を、背後から迫る金属音を振り切るようにひた走る。

 やがて、魔物の気配が遠のき、視界が開けた場所は、気づけば鏡のような床が広がる拠点キャンプだった。


 セーフティエリアに滑り込んだ瞬間、SRE-SREは糸が切れたように倒れ込み、鏡のような床に仰向けになった。


「……はぁ、……はぁ、……死ぬかと思った……」


 SRE-SREは荒い息を吐きながら、ボロボロになった自分の手を仰ぎ見た。

 隣ではマーロンが、「なんてことしやがる!」とツルハシを抱えて文句を垂れている。


「……九層……。……甘く、見すぎてたな……」


 防具はボロボロ、HPは風前の灯。

 拠点キャンプの硬質な床に大の字になったSRE-SREは、肩で荒い息を吐きながら、じわじわと回復していくHPバーを眺めていた。隣では、マーロンが大事そうにツルハシを抱え、不機嫌そうに鼻を鳴らしている。


「……ったく、散々な目に遭ったぜ。石を目前にして逃げ出すなんて、採掘屋の風上にも置けねぇ野郎だ」


「……死んだら石もクソもないだろ。あの硬さは異常だ。今の俺の火力じゃ、一生かかっても削りきれない」


 SRE-SREは身体を起こし、ボロボロになった『黒鉄のローブ』の耐久値を確認した。だが、二人とも「諦める」という選択肢は毛頭ない。


「……マーロン、あのポイント、放っておけば他の奴らに取られるよな?」


「当たり前だ。九層の魔力の澱みは早い者勝ちだ。のんびりしてりゃ、攻略組の連中が根こそぎ持っていっちまうぜ」


 焦燥感が背中を押す。SRE-SREはメニュー画面を開き、フレンドリストの一番上に表示されている二人の名前に指をかけた。


 浪man、そしてL-NA。

 しかし大見得を切って別れたばかりだ。今さら「助けてくれ」と送るのは、流石に格好が悪すぎる。


「あー、クソ。なんて送ればいいんだ……」


 もたもたとメッセージ入力を繰り返しては消していると、キャンプの入り口付近から野太い怒鳴り声が響いてきた。


「――ふざけんなッ! 敵のヘイトを全部俺が買って、関節を三つも潰してやったのは誰だと思ってんだ!」


 人だかりの中心で、浪manが数人のプレイヤーを相手に顔を真っ赤にして詰め寄っていた。


「うるせぇな。お前はただの野良だろ? 希少素材はギルドメンバーで優先分配するのがルールなんだよ。ほら、端材の皮でも持ってさっさと行け」


「……っ、この野郎……!」


 浪manが拳を握りしめ、一触即発の空気になった瞬間、SRE-SREは人混みを割って歩み出た。


「よぉ、浪man。相変わらず貧乏くじ引いてるみたいだな」


「……あ? スレスレ……!? なんでお前がここに……」


「話は後だ。浪man、……また俺と組まないか? さっきの連中より随分と楽にさせてやるぞ」


 浪manは一瞬だけ呆気に取られたが、すぐに不敵な笑みを浮かべてSRE-SREの肩を叩いた。


「ハッ! タイミングだけは一流だな、お前。……乗ったぜ。あんな奴らの顔、二度と見たくねぇからな!」


 合流した二人は、事の経緯とマーロンが見つけた最高級の採掘ポイントについて共有した。


「なるほどな。アイアン・センチピードか……。俺が崩して、お前がいなす。だが、あの硬さを抜くには……」


 二人はキャンプの出口付近へ向かった。そこでは、新しく編成されたパーティーたちが次々と外へと飛び出していく。


 その影で、一人の少女が杖を抱え、もじもじと足踏みをしていた。

 勇気を出して声をかけようとしては、パーティーの楽しげな雰囲気に気圧されて視線を落とし、また次のグループを待つ――その繰り返しだ。


「……何してんだ、あいつ」


 SRE-SREが呆れたように近づき、そのフードを軽く指で弾いた。


「おい、L-NA。いつまでここで通行人のカウントしてるつもりだ?」


「――っ!? ――な、なによ、あんたたち! 急に現れないでよ!」


 飛び上がって驚いたL-NAは、自分たちがソロで苦戦していたことを悟られまいと、必死に不機嫌そうな仮面を被り直した。


「……べ、別に。私は、この階層の気候データを収集していただけよ。独りの方が集中できるもの」


「はいはい。データ収集なら、アイアン・センチピードの装甲の厚さでも測りに行かないか? 最高の採掘ポイントを見つけたんだ。」


 L-NAは少しだけ迷う素振りを見せたが、最後には小さく「……効率を考えれば、仕方ないわね」と呟き、パーティー申請を承認した。


 再集結した3人と、案内役のマーロン。


「よし、リベンジだ。マーロン、案内を頼む」


「おう、しっかり守れよ! 俺の石が待ってるんだからな!」


 鏡のような床を蹴り、4人は再び晶洞の深部へと駆け出した。

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