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第23話:9階層と解散

 眩い白光が収まると、そこには七層や八層の渇いた砂と岩の世界とは一変した、幻想的な光景が広がっていた。


 第九層――『晶洞の回廊』

 見上げるほど高い天井まで続く壁一面を、無数の水晶に近い鉱石が埋め尽くしている。それらが洞窟の奥から漏れる微かな魔力に反応し、淡い蒼や紫の光を放っていた。

 足元の石畳も磨き上げられた鏡のように滑らかで、一行が踏み出すたびに硬質な音が反響して闇の先へと消えていく。


「……うわ。今度は宝石箱の中かよ。趣味が悪りぃほどキラキラしてんな」


 浪manが煤けた拳を腰に当て、呆れたように周囲を見渡した。


「……綺麗ね。でも、この光の反射のせいで距離感が狂いそうだわ」


 L-NAは杖を握り直し、警戒を解かずに目を細める。


 SRE-SREは『蝕鎌』の柄に手をかけたまま、拠点キャンプの広場を見渡した。

 九層。こここそが、彼らが目指していた装備新調のための素材が手に入る階層だ。


「さて。九層に着いたな」


 SRE-SREが静かに口を開くと、浪manとL-NAの視線が彼に集まった。


「当初の目的は達成だ。この階層の素材をいくつか集めれば、念願の防具が手に入る。……約束通り、ここで解散だな」


 その言葉に、浪manが鼻で笑って背を向けた。


「おう、やっとこの暑苦しい野郎共から解放されるぜ。俺は俺で、武闘家に適した素材を独りで効率よく集めさせてもらうわ」


「……ふん。私も、あんたたちの突進に巻き込まれて詠唱を中断されるストレスからおさらばね。せいぜい野垂れ死なないように気をつけなさいよ」


 L-NAも冷たく言い放ち、優雅な足取りで水晶の闇へと消えていった。浪manもまた、反対側の通路へと迷いなく駆けていく。


 三人のパーティーリストは、システム音と共に音を立てて消滅した。

 一人残されたSRE-SREは、ポーションを一本飲み干し、ふぅ、と息を吐いた。


「……さて。じゃあ、行きますか」


 彼は愛用の『蝕鎌』を手に、水晶の輝く闇へと踏み込んだ。

 だが、現実は甘くなかった。

 最初に遭遇したのは、全身が硬質な水晶の鱗で覆われた『クリスタル・タートル』。


「……っ、こいつ、硬すぎる!」


 SRE-SREが『鉄屑』で攻撃を受け流し、加速した思考の中で鎌を叩き込むが、刃が表面を滑り、火花を散らすだけでダメージが通らない。


 これまでの階層なら、敵の攻撃を避けていればそのうちに隙を見つけられた。だが、九層の魔物は、単独の攻撃力では装甲を抜くことすらままならないほどの「硬度」を持っている。


 一撃を避けることはできても、削りきるまでに時間がかかりすぎる。その間に別の個体が音もなく寄ってきて、回避のスペースがじわじわと奪われていく。


「これ一戦に何分かけるつもりだよ……」


 かつてないほどの非効率さに顔を歪めながら、迫り来る水晶の牙を紙一重でかわし続ける。

 十分以上にも及ぶ泥仕合の末、ようやく一体を光の粒子に変えたが、足元にドロップしたのは石ころ同然の端材がたった一つだけだった。


「マジか。これだけやって、成果ゼロに近いとか」


 一体の亀を仕留めるのに費やした時間と、それに見合わないあまりに貧相なドロップ品。

 SRE-SREは、九層の洗礼とも言える効率の悪さに溜息を吐きながら、さらに奥へと進んだ。


 この階層の魔物は一様に硬く、ソロプレイヤーが真っ向から削り切るには、精神的な疲労や体力を削られすぎる。


 ふと、淡く発光する水晶の壁際で、他とは異なる強い輝きが目に留まった。

 壁の一部が脈動するように明滅し、そこだけが結晶の密度が濃くなっている。


「……あれが、噂の採掘ポイントか」


 九層には、魔物からのドロップ以外に、壁から直接素材を抜き取れるポイントが存在する。

 SRE-SREは慎重に周囲の索敵を済ませると、アイテムボックスから予備のピッケルを取り出した。

 採掘ポイントに近づき、結晶の「核」と思われる部分に狙いを定める。


 ――キンッ、と高い音が静かな回廊に反響した。


 手元に伝わるのは、魔物を斬った時とは違う、無機質で頑強な手応えだ。

 二度、三度。

 正確に同じ一点を叩き続けると、壁の輝きが一際強まり、バラバラと結晶の破片が零れ落ちた。


【アイテム:『晶洞の銀鉱石』を取得しました】


「……お、いいじゃん。これならモンスターを相手にするより……」


 そう呟き、二つ目の素材を狙って再びピッケルを振り上げようとした、その時だった。

 壁の輝きが霧散するように消え、先ほどまでそこにあったはずの結晶の塊が、ただの代わり映えのしない岩肌へと戻ってしまった。


「え、終わり?」


 九層の採掘ポイントは、一度採取し終えると即座に消失し、別の場所にランダムで再出現する仕様だ。

 同じ場所で粘ることは許されず、常に広い洞窟内を歩き回って「次」を探し続けなければならない。

 SRE-SREは空になった壁を見つめ、ピッケルを肩に担ぎ直した。


「……運ゲーまで加わるのかよ。……本当に、一筋縄じゃいかないな」


 SRE-SREは再び、孤独な探索と輝きを求める長い道のりへと足を踏み出した。

 消えた採掘ポイントを背に、SRE-SREは再び水晶の回廊を歩き出した。


 たまに見つかる輝きも、一度ピッケルを振るえば霧散するように消えてしまう。この広大な九層を、ランダムに現れる当たりを求めて彷徨うのは、魔物と戦うのとは別の意味で精神を摩耗させた。


「……あ、またあった」


 通路の曲がり角、天井に近い岩肌が強く脈動している。

 SRE-SREが足場を確認し、手を伸ばそうとしたその時。


「――そこだぁッ!!」


 背後から、期待に満ちた絶叫が響いた。

 反射的に『鉄屑』を抜き放ち、身を翻す。視界に飛び込んできたのは、自分よりも一回り以上小柄な、少年のような背丈のプレイヤーだった。


 だが、その小柄な体躯からは想像もつかないほど、彼が担いでいるのは身の丈ほどもある巨大なツルハシだった。

 少年は地面を蹴ると、その重厚な鉄塊を、壁の採掘ポイントへと真っ向から叩きつけた。


 ――ドォォォォンッ!!


 凄まじい衝撃波が走り、水晶の壁が派手に弾け飛ぶ。

 小柄なプレイヤーは砕け散った破片の中から、ひときわ輝く鉱石を素手で掴み取ると、法悦の表情でそれを天に掲げた。


「これだ……! この硬度、この輝き! 今日も大漁だぜぇ!!」


 呆気にとられるSRE-SREを余所に、彼は素早く次のポイントを探すように周囲をキョロキョロと見渡し始めた。


 装備はあちこちが凹み、お世辞にも手入れされているとは言えないが、腰のベルトに何本も差された予備のピッケルが、彼の執念を物語っている。


「……あの、それ、採掘ですよね?」


 思わず声をかけると、彼は「あ?」と大きなツルハシを担ぎ直して顔を向けた。SRE-SREの腰の『蝕鎌』を一瞥すると、少しだけ表情を和らげる。


「なんだ、人がいたのか。……悪いな、このポイントは俺の鼻が先に嗅ぎつけたんだ。文句があるならツルハシで語るか?」


 聞けば、彼は攻略には一切興味がなく、この九層に籠もってランダム出現する希少鉱石だけを追い求めているのだという。


 モンスターが現れれば、そのツルハシを武器代わりに振るって強引に追い払うという、文字通りの変人だった。


「いいか。この階層で石を掘るなら、足じゃなくて『鼻』で探せ。魔力の澱みが強い場所に、最高の石は眠ってるもんだ」


 小柄な求道者はそれだけ言い残すと、ツルハシの重さを感じさせない軽快な足取りで、再び別の「輝き」を求めて回廊の奥へと消えていった。


 後に残されたのは、粉々に砕かれた壁の跡と、呆然と立ち尽くすSRE-SREだけだった。


「……鼻で探せって。モンスターみたいな奴だな」


 去りかけた小柄なプレイヤーを、SRE-SREは慌てて呼び止めた。


「……あ、待ってくれ! 別に文句を言うつもりじゃないんだ。ただ、その『鼻で探す』ってのが気になって」


 少年のような風貌のプレイヤーは、担いでいた巨大なツルハシを地面にドスンと下ろした。その衝撃で鏡のような床に小さなヒビが入る。彼は怪訝そうに眉を寄せ、SRE-SREの装備を上から下まで眺めた。


「なんだ、あんた。その装備で九層をうろついてるのか。……てっきり、もっと下の階層でブイブイ言わせてる攻略組の連中が、物珍しさに冷やかしに来たのかと思ったぜ」


「いや、俺はただのソロだよ。九層に来たのもついさっきだ」


「ソロで九層か。……ふん、物好きだな。俺はマーロンだ。見ての通り、この階層の石に魅せられたただの採掘屋さ」


 マーロンと名乗ったそのプレイヤーは、説明を続けた。


「いいか、初心者の兄ちゃん。九層の魔力は壁の『継ぎ目』に溜まるんだ。そこが一番美味い石……つまり希少鉱石が出るポイントになる」


「魔力の継ぎ目?」


「あぁ。目を閉じて、風の流れじゃなく光の粒子が滞ってる場所を感じろ。そこをこのツルハシでぶっ叩く。……まぁ、あんたのその細いピッケルじゃ、表面を撫でるのが精一杯だろうけどな」


 マーロンはニカッと笑い、SRE-SREが持っていた安物のピッケルを指差した


「それ、教えてもらえないか。俺も装備を作るために、どうしても質のいい素材が必要なんだ」


「……へぇ。欲がない顔してる割に、言うことは一丁前だな。いいぜ、少しだけ付き合ってやるよ。ちょうど、一人じゃ手が届かない高い場所に極上の場所を見つけてたところだ」


 マーロンは再び軽々と巨大ツルハシを担ぎ上げると、回廊のさらに奥へと歩き出した。

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