第20話:2人の実力
見渡す限りの黄金色。遮るもののない一本道の砂漠は単調で、それでいて残酷なほど体力を奪っていく。
拠点キャンプを出て数時間。照りつける太陽と『ヒート・ゲージ』の減少に、二人の口数は減るどころか、むしろ苛立ち混じりに増えていた。
「……おい。お前、さっきから俺の足跡ばっかり踏んで歩いてんじゃねぇよ。砂が崩れて二度手間だろうが」
浪manが、噴き出す汗を拭いもせずに後ろを振り返る。
「……影に入ってるだけだ。このクソ暑い中、少しでも日陰を利用するのは効率的だろ。お前の無駄にデカい体格、こういう時くらいしか役に立たないからな」
SRE-SREは淡々と答え、一歩も譲る気配はない。二人は相変わらず、互いの神経を逆撫でするようなやり取りを繰り返していた。
だが、その後ろを歩くL-NAは、重い杖を肩に担ぎ直し、深すぎる溜息をついた。
「……ねぇ。あなたたち、本当に仲がいいのね。それともただの馬鹿?」
冷ややかな声が二人の間に割り込む。
二人が声を揃えて否定する。それを見たL-NAは、呆れたように鼻で笑った。
「はいはい。喧嘩する体力があるなら、少しはマシな索敵でもしなさいよ。……見て。あの辺り、砂の色が変わってるわ。不自然に沈み込んでる。そろそろボスエリアのはずだけど――」
レオナが前方、巨大な岩が円を描くように突き出した地点を指差した、その時だった。
ズズッ……。
突然、三人の足元が力なく崩れ落ちた。
「……ッ!? 流砂か!?」
「待て、引きが強すぎる……これ、ただのトラップじゃねぇぞ!」
もがけばもがくほど、砂の渦は勢いを増し、三人の体を地底へと引きずり込んでいく。抵抗する術もなく、視界は一瞬にして黄金色の砂に飲み込まれた。
短い落下の衝撃の後、三人は砂の山の上に放り出された。
そこは、砂漠の地下に広がる広大な空洞だった。天井の崩落した穴から一筋の日光が差し込み、白く光る「何か」をスポットライトのように照らし出している。
ゴォォォォ……ッ。
地響きと共に、空洞の中央にある砂の山が内側から大きく盛り上がった。
砂を滝のように零しながら競り上がってきたのは、全長10メートルを超える、巨大な魔獣の骨格。
【砂海の暴君:アイボリ・スカル】
落下の衝撃で舞い上がった砂が、差し込む光にキラキラと反射している。
三人はそれぞれ砂の山から這い出し、武器を構えた。
「……っつ。なんだよ、いきなり……。おい、無事かよ二人とも」
浪manが頭を振りながら立ち上がり、目の前の巨体を見上げて顔をひきつらせた。
「あぁ。問題ない。L-NA、いけるか」
SRE-SREも砂を払いながら、冷静に『蝕鎌』を握り直す。横で杖を支えに立ち上がったL-NAは、その威圧感に一瞬息を呑んだが、すぐに鋭い視線をボスへ向けた。
「……やるしかないでしょ。あんなにデカいんだから、外す方が難しいわ」
地下の空洞に、乾いた骨と砂が擦れる不気味な音が響き渡る。
七層の主、アイボリ・スカルがその巨大な牙をゆっくりと持ち上げた。
*
L-NAは砂の斜面に足を取られながら、呆然と目の前の光景を見ていた。
(……えっ、何なのあいつら)
アイボリ・スカルの牙が空を割るたび、地下の空洞が震える。かすっただけで即死するような攻撃が、雨のように二人に降り注いでいた。
なのに、二人は一度も直撃を食らっていない。
「うお、あぶねぇっ! スレスレ、右寄ったぞ!」
「わかってる、そっちは任せた!」
浪manが叫びながら、牙の重圧を紙一重で横に流す。
SRE-SREも、ボスの巨大な骨が砂を巻き上げて迫る中、最小限の動きでその隙間をすり抜けていた。
彼らは格好をつけているのではない。ただ、あんなスカスカな防具で生き残るために、極限まで無駄を削ぎ落として動いているだけだ。
(……一回も当たってない。どういう反射神経してんのよ)
L-NAは震える手で杖を握り直した。
前のパーティーでは、前衛がすぐに「無理だ」「回復が遅い」と文句を垂れていた。でも、この二人は文句を言う暇さえ惜しんで、ボスの挙動に集中しきっている。
次は砲台の仕事。
「L-NA、次、撃てるか!」
SRE-SREの声が飛んできた。指示というよりは、戦況を確認するだけの短い言葉だ。
「……っ、詠唱入るわよ!」
レオナは慌てて杖を突き出し、魔力を練り上げる。
アイボリ・スカルの顎が開き、高圧の砂を吹き付ける『サンド・ストーム』の予備動作に入った。
「あ、マズい……!」
魔法の詠唱中は動けない。砂の奔流がL-NAを飲み込もうとした瞬間、視界を塞ぐように浪manの背中が割り込んできた。
「ぐ、おっ……! クソ、削れるな……!」
浪manの防具が砂に削られ、火花のようなエフェクトが散る。HPバーがガリガリと削れていくが、彼は一歩も動かず、L-NAが魔法を放つための「射線」を身体でこじ開け続けた。
「……っ、放すわよ!」
「いけぇッ!!」
放たれた氷の槍が、砂の嵐を真っ向から貫き、ボスの眉間に突き刺さる。
ドォォン!!
衝撃でアイボリ・スカルが大きくのけぞり、その場に崩れ落ちた。
「よし、止まった! 削るぞ!」
「L-NA、次はもっと詰めて撃て。まだいけるだろ」
「……っ、言われなくてもわかってるわよ!」
L-NAは荒い呼吸を整えながら、すぐに次の術式を組み始める。
(……むかつく。けど、この二人なら……行けるかもしれない)
守られ、そして撃つ。
ただそれだけの単純な繰り返しが、この絶望的な怪物に確実なダメージを刻み込んでいた。
アイボリ・スカルが地響きとともに体勢を立て直す。
だが、その動きは明らかに精彩を欠いていた。L-NAの魔法によって、骨の関節部分に砂が固着し、自慢の機動力を殺しているのだ。
「……っ、よし。効いてる。今なら!」
レオナは確信した。前のパーティーでは「遅い」と切り捨てられた自分の火力が、この二人を起点に、確実にボスを追い詰めている。
だが、ボスもただでは転ばない。残った力を振り絞るように巨大な前肢を叩きつけると、空洞全体の砂が猛烈な勢いで回転し始めた。
「うわっ、足元が……!」
地下空洞そのものが巨大なアリ地獄と化す。
立っているだけで中心へと引きずり込まれ、ボスの巨大な顎が待ち構える「死の渦」だ。
「……ぐ、おぉぉっ! L-NA、動くな! 俺が支える!」
砂に半身を埋めながら、浪manが強引にレオナの腰を掴んで固定した。肉壁としての意地か、削られ続けるHPを無視して彼はL-NAの「砲台」としての姿勢を死守する。
「L-NA、次で最後だ。……外すなよ」
砂嵐の向こうで、SRE-SREがボスの牙に『蝕鎌』を引っ掛け、強引にボスの頭部をこちらへ固定した。
二人のスタミナはもう限界だ。
L-NAは杖を両手で握りしめた。
何度も詠唱し、これまで放ってきたのと同じ、L-NAが持つ魔法。
だが、今回はただ放つのではない。二人が命がけで作ってくれた「静止した眉間」一点に向けて、限界まで魔力を凝縮させる。
「――凍りつきなさいッ!!」
杖の先から放たれた極低温の波動が、吹き荒れる砂のブレスを真っ向から凍らせ、一本の巨大な「氷の道」へと変えながらアイボリ・スカルに直撃した。
ドォォォォォンッ!!
極低温の波動がアイボリ・スカルの脳門に直撃し、凄まじい衝撃波とともに氷塊が爆散した。
砂を纏っていた骨格が内側から凍りつき、自慢の機動力が完全に死ぬ。
「……ッ、今よ!」
L-NAの鋭い声が響くと同時に、待機していた二人が弾かれたように飛び出した。
浪manが凍りついた砂の斜面を滑走し、無防備に晒されたボスの顎骨へと拳を叩き込む。
「オラァッ! 砕け散れ!」
鈍い破砕音とともに、凍って脆くなった骨が粉々に弾け飛んだ。衝撃でボスの巨頭が大きく下がる。SRE-SREはその隙を見逃さず、ボスの首筋へと一気に肉薄した。
「ふんっ!」
砂の防壁が剥がれた関節部分へ、『蝕鎌』の刃が吸い込まれるように突き刺さる。結弦が力強く鎌を引き抜くと、十五メートルを超える巨躯が、その自重に耐えかねて音を立てて崩れ落ちた。
光の粒子となって消えていくボスを見届け、SRE-SREは『蝕鎌』を肩に担ぎ直す。
浪manもバキバキと首を鳴らしながら、拳についた砂を払った。
「ハッ、見たかよ。案外あっけなかったな! L-NAの魔法、マジでドンピシャだったぜ」
「……別に。あんなに大きな的、外す方が難しいって言ったでしょ」
L-NAは杖を背負い直し、フンと鼻を鳴らした。だが、その頬は微かに高揚し、先ほどまでの拒絶感は消え去っている。
三人の足元には、ボスのドロップ品がいくつも転がっていた。L-NAはその中から、ひときわ白く輝く巨大な骨の破片を拾い上げる。
「……アイボリ・スカルの骨格片。これもなかなか良さそうな素材だな」
「おうよ! ま、俺たちのプレイスキルがありゃ、こんなもんなくても楽勝だけどな!」
浪manがガハハと笑いながら、SRE-SREの肩を叩く。SRE-SREは鬱陶しそうにそれを払い除ける。
「……さて。いつまでここにいるつもりだ。この勢いで九層まで一気に行くぞ。これ以上、このクソ暑いところで砂を噛むのは御免だ」
「……本当、せっかちな人たちね。でも、いいわよ。私も九層の素材には興味があるし」
L-NAは呆れたように首を振りつつも、迷いのない足取りで二人の隣に並んだ。
即席の寄せ集め。だが、今の三人の間には、理屈抜きの確かな連携の余韻が漂っている。
「……行くぞ。九層の素材、総取りにしにな」
「おう! 乗り遅れんなよ、L-NA!」
「言われなくてもわかってるわよ!」
灼熱の砂漠の地下、三人の足音が力強く響き始める。
目指すは、さらなる深淵。九層。
彼らの攻略は、ここから加速していく。




