第21話:不協和音
転送の光が収まった先、三人の視界を埋めたのは、赤茶けた岩肌が延々と続く、遮るもののない荒野だった。
七層の熱気はなく、代わりに肌を刺すような乾燥した冷気が絶えず低く唸りを上げている。
「……ここが八層のキャンプか。砂がねぇだけマシだが、景色の殺風景さは変わらねぇな」
浪manが大きく伸びをしながら、拠点にある錆びついた焚き火の跡を蹴った。
L-NAは杖を背負い直し、キャンプの端から荒野の先を見据える。
「九層へ行く前に、ここで少し足を止めるわよ。さっきのボス戦みたいに、行き当たりばったりで動くのはもう限界だわ」
L-NAの言葉に、SRE-SREは短く頷いた。
即席のパーティーとはいえ、これからはさらに過酷な階層へ挑むことになる。互いがどのような「手」を持っているのか、最低限の認識合わせは不可欠だった。
「そうだな。九層がどんな場所かもまだわからない。まずは互いのスキルを確認しておこう。浪man、お前は?」
「あぁ? 俺か。見ての通り拳一本だが、基本は『カウンター』と『急所狙い』だ。敵の攻撃に合わせて掌底で崩したり、一瞬の隙に重い一撃を叩き込む。派手な動きより、確実に芯を抜くスタイルだな」
浪manが拳を軽く握り込み、シャドーを見せる。無駄のない、実戦に即した動きだ。
SRE-SREはそれを見届け、自分の武器である『蝕鎌』へ視線を落とした。
「俺は、回避とカウンターがメインだ。基本的には敵の攻撃をギリギリまで引きつけて避けるか、ジャストパリィで受け流す。そこからの派生攻撃で手数を稼ぐ立ち回りになるな。……一応、『跳躍』のスキルもあるから、ある程度の高低差なら対応できる」
二人の話を聞いていたL-NAが、重そうな杖の先端を地面に当てた。
「私の魔法は、氷の槍『スノー・パイク』と衝撃波『グレイシャル・インパクト』の2つよ。槍の方は詠唱が短くて済むけど、火力はそこそこ。牽制や足止め用ね。逆に衝撃波は、詠唱が長くなる代わりに威力が跳ね上がる。当てれば相手に凍結状態を付与して弱体化させることもできるわ。……ただし、溜めてる間は無防備になるから、そこはあんたたちが何とかしなさいよ」
三者三様のスタイル。
避けていなすSRE-SRE。
崩して穿つ浪man。
耐えて殲滅するL-NA。
「だいたいわかった。あとは、動いてみて癖を拾うしかないな」
SRE-SREがそう締めくくると、三人はキャンプのセーフティエリアを抜け、乾燥した風が吹き荒れる岩場へと足を踏み出した。
荒野の岩陰から、最初に姿を現したのは三体の『ロック・イーター』だった。体長二メートルを超える巨体。全身が鉱石のような鱗に覆われ、並の武器では弾かれる。だが、七層のボスを越えてきた今の三人にとって、単体であれば脅威ではない。
問題は、それが「三人同時」となった時にどう機能するかだ。
「中央、俺が引く。左右を頼む」
SRE-SREが低く構え、『蝕鎌』の刃を鈍く光らせた。
スキル『跳躍』を使い、一気に中央の個体へ肉薄する。モンスターが巨大な顎を開き、SRE-SREを噛み砕こうとした瞬間――。
「おらぁッ! 隙だらけだぜ!」
横から、浪manの怒号と共に重い衝撃波が割り込んできた。
浪manの放った掌底がモンスターの横腹を叩く。その衝撃で魔獣の姿勢が大きく崩れた。本来なら、そこはSRE-SREが回避後にカウンターを叩き込むはずだった。
「……っ」
SRE-SREの回避軌道上に、吹き飛ばされたモンスターの巨体が重なる。
衝突を避けるため、SRE-SREは予定にない二段目のステップを強制された。着地が乱れる。その数秒の硬直を、敵は見逃さない。
「――邪魔よ、どきなさいッ!」
背後からL-NAの声が響く。
SRE-SREが体勢を立て直そうとした瞬間に、彼の耳元を鋭い氷の槍がかすめた。
L-NAの放った氷槍は、正確にモンスターの脚を撃ち抜いた。しかし、その弾道は、SRE-SREが次に踏み込むはずだった最短ルートを完全に塞いでいた。
「……チッ」
SRE-SREは舌打ちを漏らし、強引に後ろへ跳んで間合いをリセットした。
モンスターは倒した。だが、そこにあったのは連携とは程遠い、互いの最適解を食い合う不協和音だった。
「おい、SRE-SRE。今のなんで行かなかったんだ? 俺が崩して、L-NAが止めたんだ。あそこは突っ込むとこだろ」
浪manが納得いかない様子で拳を下ろす。
「お前の崩しが早すぎるんだって。俺の回避からのカウンター軌道にモンスターを放り込まれたら、こっちは避ける場所がなくなる。……それにL-NA」
SRE-SREが視線をL-NAに向ける。
「あんたの氷槍、俺の回避ルートに狙いを定めてただろ。一歩間違えれば俺が死んでた」
「当たり前でしょ。あんたたちがいつまでもグズグズしてるから、私がターゲットを固定しただけよ。私の射線に合わせて動けないなら、パーティー組んでる意味なんてないわ」
L-NAは杖の先端で地面を突き、苛立ちを隠そうともしない。
プレイヤーゆえの、譲れない「我」のぶつかり合い。
一人一人があまりに完成されたスタイルを持っているからこそ、そのパズルは簡単には噛み合わない。
「……もう一度だ」
SRE-SREが短く告げる。
「今度は、俺の動きに合わせてくれ。俺が右に避ける時は、浪man、お前は左から入れ。L-NA、あんたは――」
「……いちいち指図しないで。……見てればわかるわよ。あんたの動きくらい」
乾いた風が吹き抜ける中、三人は不機嫌な沈黙を抱えたまま、次の獲物を求めて荒野の奥へと進んでいった。
二日目の朝、拠点キャンプに満ちていたのは、前日の苛立ちが冷え固まったような沈黙だった。
三人は並んで焚き火を囲むことはない。L-NAは手元の端末で昨日のログを0.1倍速で再生し続け、浪manは虚空に向かって拳を突き出し、イメージを確認している。
SRE-SREは、二人の背後で自身の『蝕鎌』を装備画面から眺めていた。
(……噛み合わないのは、俺たちが互いのタイミングを知らないからだ)
ソロなら、敵の攻撃だけに集中すればいい。だが、パーティーとなれば、隣にいる味方が「いつ、どこへ、なぜ動くのか」を、敵の攻撃と同じ精度のデータとして処理する必要がある。
「よし、行くぞ。昨日と同じルートだ」
SRE-SREの言葉を合図に、三人は再び荒野へ躍り出た。
現れたのは、昨日よりも一回り大きい『ロック・イーター』。硬質な鱗が結晶化し、より凶暴性を増したエリート個体だ。
「おらッ、一発目!」
浪manが昨日と同じように突っ込む。だが、その踏み込みの深さが昨日とは違った。
モンスターが前肢を振り上げる直前、浪manはあえて深く潜り込み、敵の「顎の下」を掌底で突き上げる。
昨日なら、ここでSRE-SREの回避ルートと衝突していた。
しかし、SRE-SREは動かない。
魔獣の牙が自分の喉元に迫るまで、文字通り一ミリも動かず、敵を引きつけた。
(……今だ)
牙が触れる寸前、SRE-SREは「後ろ」ではなく「真上」へ跳んだ。
スキル『跳躍』。
浪manが顎を跳ね上げ、敵の視線が上を向いた瞬間、SRE-SREは空中で身を翻し、魔獣の背後に着地する。
「……いくわっ!」
背後からL-NAの鋭い声。
昨日なら、SRE-SREが着地した場所に氷の槍が飛んできていたはずだ。
だが、放たれた氷槍は、SRE-SREが着地する瞬間にその脇をすり抜け、魔獣の開いた口内へと吸い込まれた。
「……ぐ、おぉっ!?」
モンスターが悶絶し、大きな隙を晒す。
SRE-SREは着地の反動を利用し、そのまま鎌を横一文字に薙いだ。ジャストパリィ後のカウンターではない、L-NAの魔法で「怯んだ」瞬間を正確に突く追撃だ。
「今の、被らなかったな」
浪manが倒れたモンスターを踏みつけ、意外そうにSRE-SREを見た。昨日までなら、ここで二人の配置が重なって互いの獲物を奪い合う形になっていたはずだ。
「さっきのお前の突進角度を見て、一歩引いてやったんだよ」
SRE-SREは鎌を収めながら感謝しろと言いながら答える。数戦こなせば、隣で戦う男がどの程度の踏み込みで一撃を入れるのか、その間合いはなんとなくわかってくる。
「ふん。私の邪魔をしない程度に動けるようになったのは評価してあげるわ」
L-NAが杖を肩に担ぎ、納得したように鼻を鳴らす。
馴れ合いではない。互いの動きを観察し、その予備動作を自分の動きに合わせる。プレイヤー同士の、言葉を介さない実戦的なやり取りが、荒野に熱を帯びさせ始めていた。
「浪man、次、わざと右を空けてくれ。俺がそっちに追い込む」
「へっ、注文が多いぜ。だが、そっちの方が殴りやすそうだな」
攻略が進むにつれ、三人の動きは昨日までのギクシャクした「点」の集まりから、流れるような一筋の「線」へと変わりつつあった。




