第19話:予想以上
二人は顔を見合わせると、砂を蹴って、項垂れる少女の方へと歩き出した。
「よぉ、お嬢さん。随分と景気よく放り出されたもんだな。……生きてるか?」
浪manが、彼なりの「配慮」を込めて、わざと明るい調子で声をかける。SRE-SREも隣で足を止め、懐から使いかけの冷却ポーションを取り出した。
「ほら。スタミナ切れで動けなくなる前に使え。干からびるのを見るのは趣味じゃない」
無造作に差し出されたボトルを、少女は伏せていた顔を上げて見つめた。煤けたローブのフードの奥から、冷徹なまでの光を宿した瞳が二人を射抜く。
「……放っておいて。余計なお世話よ」
少女は差し出されたポーションを無視し、自力でふらりと立ち上がった。その態度は驚くほど冷ややかで、助けを求めるような弱々しさは微塵も感じられない。
「おいおい、つれねぇなぁ。……まぁいい、単刀直入に言うぜ。俺たちと一緒に来ないか? 九層まで強行突破するつもりなんだが、ちょうど『砲台』が欲しかったんだよ」
浪manの誘いに、少女は薄く笑った。
「……九層? その紙みたいな防具で? 冗談はやめて。あなたたちみたいな『無謀なだけの素人』に付き合うつもりはないわ。……一人の方がマシ」
吐き捨てるように言うと、彼女は重い杖を支えにして、出口のない砂漠の奥へと歩き出そうとする。
「……おい、そっちは――」
SRE-SREが警告を発しようとした、その時だった。
三人の足元の砂が、生き物のように大きく波打つ。
ズォォォォ……ッ!
地響きと共に、巨大な影が砂の中から飛び出した。
三本並んだ鋭い背びれ、そして鋼鉄のような鱗に覆われた巨躯。七層のモンスター――『サンド・スイマー』の群れが、獲物の匂いを嗅ぎつけて三人を完全に取り囲んでいた。
「……タイミング最悪だな」
SRE-SREが『蝕鎌』を引き抜き、低く構える。
少女の顔に一瞬だけ動揺が走ったが、彼女はすぐに杖を握り直し、冷たい瞳のまま眼前の魔物を睨み据えた。
「おい、くるぞ! 浪man!」
「分かってるっての!」
砂を割って飛び出してきた三体のサンド・スイマーに対し、二人は息を合わせる間もなく散った。
浪manが正面から一撃を見舞ってヘイトを稼ぎ、その隙にSRE-SREが『蝕鎌』で側面を切り裂く。六層を泥仕合で越えてきた二人の、なりふり構わないが確実な連携だ。
一方、少女は背後で巨大な杖を掲げ、詠唱を開始していた。だが、砂漠の魔物は執拗だ。地中を潜る別の一体が、詠唱の光を感知して彼女の足元から急襲する。
「っ、……また……!」
少女が回避を優先し、積み上げた詠唱が霧散する。焦燥が彼女の冷たい瞳を揺らした。広範囲を焼き払う大魔術を使おうとすればするほど、その隙を突かれて発動できない。
「……おい、何秒あれば撃てる」
サンド・スイマーの突進を受け流しながら、SRE-SREが背越しに短く問う。
「詠唱をするのに何秒必要だ。」
SRE-SREの淡々とした、だが迷いのない問いに、少女は一瞬だけ目を見開いた。隣では浪manが拳を叩きつけ、砂を跳ね上げて魔物を威嚇している。
「……三十秒。三十秒あれば、確実に仕留められるわ」
「三十秒か。……浪man、聞こえたな。一匹も通すなよ」
「了解だ。……ハッ、死ぬ気で踏ん張ってやるよ!」
二人の立ち回りが、攻撃から防御へとシフトした。
浪manが正面に立ち、身を挺して突進の圧力を押し戻す。SRE-SREはその影に潜み、死角から迫る個体をことごとく弾き飛ばした。
少女は杖を両手で握り締め、深く、重い詠唱を紡ぎ始める。その周囲に収束していく冷気が、砂漠の熱風を強引に塗り替えていく。
「……っ、ハァッ!」
浪manがサンド・スイマーの巨躯を肩で受け止め、力ずくで押し返した。盾を持たない拳士にとって、それは文字通り身を削る防衛だ。
SRE-SREもまた、背後から迫る影を『鉄屑』の腹で叩き落とし、思考を加速させながら少女への射線を死守する。
言葉はなくとも、二人の動きは完全に「三十秒」を稼ぎ出すための機械のように正確だった。
「……完成。――退いて!」
少女の鋭い声が響くと同時に、大気が凍りついた。
杖の先から放たれたのは、砂漠の熱気すら一瞬で奪い去る、巨大な氷結魔法。
ドォォォォンッ!
凄まじい衝撃波が走り、円を描くように周囲のサンド・スイマーを氷の彫像へと変えていく。
「……おぉ……」
浪manが呆然と呟く。
大半の魔物が一掃され、辛うじて生き残った数体も、氷漬けにされたまま動きを止めている。
「仕留めるぞ、浪man。残りは片付ける」
「おうよ!」
SRE-SREと浪manは、氷が破られる前に動けない残党へと一気に肉薄した。
『蝕鎌』が凍りついた鱗を砕き、浪manの拳がトドメの一撃を叩き込む。
数秒後。
砂漠に再び静寂が訪れ、周囲には魔物のドロップ品だけが転がっていた。
砂漠の熱気が、砕け散った氷の欠片によって一瞬だけ和らぐ。
静寂が戻った戦場で、浪manが呆れたように鼻を鳴らした。
「げっ、マジかよ。今の威力、さっきの連中がバカに見えるくらい一級品じゃねぇか」
「あぁ。あれ程の威力なら詠唱が少し長いのも納得だ」
SRE-SREが『蝕鎌』を収めながら率直な感想を口にすると、少女は意外そうに二人を見つめた。これまでは「遅い」と切り捨てられるばかりだったのだろう。彼女の冷ややかだった瞳に、微かな戸惑いと照れの色が浮かぶ。
「……別に。私はただ、自分の仕事を全うしただけ。……でも、最後まで守りきってくれたのは、その、……ありがとう」
消え入るような声で礼を言うと、彼女は意を決したように二人を見据えた。
「……さっきのパーティーのお誘い、まだ有効かしら。私、あなたたちとなら、もう少し先に進める気がするの。……私のプレイヤーネームはL-NA (エルナ)。魔法使いよ」
「おう、もちろんだ! L-NA、よろしくな。俺は浪man、こっちはSRE-SREだ!」
「……歓迎するよ。俺たちは九層を目指してる。今の装備じゃ自殺行為だって言われてるけどな」
二人の歓迎を受け、L-NAは少しだけ表情を緩めた。パーティー申請が承認され、三人のステータス画面が同期される。
「九層……。今の装備でそこまで行くのは確かに無謀ね。でも、私の魔法があればなんとかなるかも。……行きましょう、まずはこの七層のボスを片付けに」
即席の三人組に、不思議な一体感が生まれ始めていた。
灼熱の砂漠の向こう、ボスを目指し、三人は砂を蹴って力強く歩み出した。




