第18話:3人目?
グラディウスが完全に光の粒子となって消滅した。その跡地には、いくつかの素材と、古びた宝箱が一つ残されている。
二人は肩で息をしながら、互いの胸ぐらを掴んでいた手をようやく離した。
「……ま、いいわ。次は俺が確実にトドメ刺すから。ほら、分けるぞ」
SRE-SREが投げやりな態度でドロップ品を確認する。中身はボスの銀毛と、岩棘の欠片。そして、ゴールドがいくつか。
二人はそれを無言で、しかしきっちり半分に分けると、そのまま7層へと転移へした。
第七層:焦熱の流砂
視界が開けた瞬間。
二人を襲ったのは、肌を焼くような強烈な熱風だった。
「……は? なんだこれ、熱すぎだろ」
目の前に広がるのは、どこまでも続く黄金色の砂漠。空には巨大な太陽が居座り、陽炎の向こう側で景色が歪んでいる。
視界の端には、これまでの階層にはなかった『ヒート・ゲージ』が表示され、じわじわとスタミナを削り始めていた。
「デバフか……」
浪manが煤けた防具をパタパタと仰ぎながら、力なく呟く。
「それよりやっぱり俺ら、防具が必要だわ」
六層ボスの一撃でHPを半分持っていかれた恐怖は、まだ記憶に新しい。この過酷な環境で、紙同然の防御力のまま進むのは、もはや自殺行為に等しかった。
「……同感だ。既製品でいいのがあればいいけどな」
二人はキャンプ内に立ち並ぶ露店の武具店を回ってみた。だが、並んでいるのはどれも汎用的な砂漠用装備ばかりだ。熱耐性は多少あるものの、二人が求める「格上の攻撃に耐えうる強度」を満たすものは一つもなかった。
「……ダメだな。いや、今よりはいいんだけど・・・」
SRE-SREが陳列された鎧を指先で弾き、溜息をつく。
「だよな。……やっぱり、一旦街まで戻って、鍛冶屋に特注で作ってもらうしかないか。素材なら、これまでの冒険で少しは溜まってるしな」
「そうだな」
二人は石碑のそばに座り込み、メニューウィンドウを開いたまま悩み始める。
「……とりあえず、今日はもう限界だわ。一度落ちるぜ」
「……賛成。明日には決めよう」
二人は投げやりな約束を交わし、砂漠の熱気が少しマシなキャンプの片隅で、静かにログアウトを選択した。
VRゴーグルを外し、結弦は現実の世界へと戻った。
適当に用意した食事を口に運びながら、スマートフォンの画面をスクロールする。攻略掲示板の最新スレッドを確認するついでにニュースサイトを覗くと、エンタメ系の見出しが独占状態になっていた。
『国民的人気アイドル、突然の無期限活動休止を発表。ファンからは悲鳴の声』
「……あぁ、この人か」
アイドルには全く興味がない結弦でも、テレビや広告でその名前と顔は嫌というほど目にしていた。ネット上では「何があったんだ」「嘘だと言ってくれ」と阿鼻叫喚の騒ぎになっているようだが、今の彼にとっての優先事項は、明日どうやって砂漠を越えるかだ。
結弦は一通りニュースを流し読みすると、明日に備えて早めに眠りについた。
翌日。
再びアビスオンラインにログインし、七層の拠点キャンプへと降り立つ。
目の前には、相変わらず容赦ない太陽と、揺らめく陽炎が広がっていた。横にいるはずの浪manの姿はなく、代わりにシステムメッセージが届く。
『悪い、リアルで少し野用ができた。15分くらい遅れる。先に行ってていいぞ』
「……はぁ」
SRE-SREは溜息をつき、一人でキャンプ内のアイテムショップへと足を向けた。
砂漠地帯の必須アイテムである『冷却ポーション』を数本、さらに状態異常対策の『抗毒剤』を補充する。これだけで結構な金額が飛んでいった。
そうこうしているうちに、転移門から見覚えのある男が現れた。
「わりぃ、待たせたなスレスレ!」
「遅い。ポーション代、少し上乗せして請求するからな」
「ケチなこと言うなって。それより、装備の話の続きだけどよ……」
浪manは頭を掻きながら、道中で調べてきたらしい情報を口にする。
「色々聞いて回ったんだが、ぶっちゃけこの七層、防具に向いた素材があんまり落ちねぇらしいんだ。あっても耐熱に特化しすぎてて、肝心の防御力がスカスカなんだよな」
「……じゃあ、どうしろってんだよ。六層ボスのあの一撃、忘れたわけじゃないだろ?」
「あぁ、だから理想を言えば……九層まで行っちまうのが一番いいらしい。あそこの素材なら、硬度も耐性も文句なしのやつが手に入る。……問題は、そこまで今の紙装備で生き残れるかって話だがな」
おそらく厳しいことは2人ともわかっている。
「……せめてあと一人いればな。盾がもう一枚か、後ろから回復か魔法でも撃ってくれる奴がいれば、九層まで強行突破もワンチャンあるかもしれねぇが」
浪manが砂の上に座り込み、不機嫌そうに呟く。
もう一人、まともな立ち回りができるプレイヤーがいれば、生存率は劇的に跳ね上がる。
「誰か知り合い、いないのかよ」
「 生憎だが、俺は硬派なソロプレイヤーなんだよ。群れるのは性分じゃねぇ」
「どの口が言ってんだか。まぁ、俺もいないんだけど」
二人は同時に溜息をつき、顔を見合わせた。
結局、頼れるのは目の前のプレイヤーだけだ。
「……じゃあ、決まりだな。このままの装備で、行けるところまで突っ込む」
「ハッ、死んでも文句言うなよ! ……行くぞ、冷却ポーションは持ったか?」
二人はヤケクソ気味に武器を構え、拠点キャンプのセーフティエリアを飛び出した。
肌を焼く熱風と、足元をすくう流砂。そして、砂の中に潜む魔物の気配。二人の、命がけの「九層強行突破作戦」が幕を開けた。
拠点キャンプを出て数分。巨大な砂丘を越えた先で、苛立った怒鳴り声が風に乗って聞こえてきた。
「――だから言っただろ! お前の詠唱、遅すぎて話にならねぇんだよ!」
「……っ、でも、今の敵は……」
「言い訳すんな! 肝心な時に撃てない魔法使いなんて、砂漠じゃただの荷物なんだよ。悪いけど、ここで解散だ」
視線の先では、中堅どころといった装備の数人が、一人の少女を囲んでいた。
少女は煤けたローブを纏い、身の丈ほどもある杖を握りしめている。リーダー格らしい男が、彼女を突き放すように背を向けた。
「おい、ここで置いていくのか? 冷却ポーションも残り少ねぇぞ、あいつ」
「知るかよ。足手まといを抱えてスタミナ切れで動けなくなるのはごめんだ。……行くぞ」
男たちは冷却ポーションを飲み干しどこかへ消えていった。
後に残されたのは、陽炎が揺れる灼熱の砂漠の真ん中、ポツンと立ち尽くす魔法使いの少女一人だ。
「……あら、置いてかれちゃった」
岩陰から様子を見ていた浪manが、呆れたように呟く。
「詠唱ミスか。この暑さじゃ、集中力も削られるからな」
SRE-SREが冷静に分析する。
少女はがっくりと肩を落とし、砂の上にへたり込んだ。ヒートゲージが上昇し、スタミナが削られて動けなくなれば、砂の中に潜む魔物の格好の餌食だ。
「おい、SRE-SRE。……あいつの持ってる杖、結構良さそうだぞ」
「……何、拾おうとしてんだよ」
「拾うじゃねぇよ、スカウトだ。……ほら、俺たち『あと一人』欲しかっただろ。あんな高級な杖を持ってる奴が野垂れ死ぬのを待つのも、趣味が悪いだろ?」
浪manのニヤけた顔を見て、SRE-SREは深く溜息をついた。
お人好しで助けるわけではない。九層までの「火力」として、使い道のありそうな『装備』と『持ち主』が転がっていただけだ。
「……交渉がまとまらなかったら、置いていくからな」
二人は顔を見合わせると、砂を蹴って、俯く少女の方へと歩き出した。




