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第17話:見てられない

 ハイジャッカーたちとの激戦を終えた二人は、そのまま六層の深部、『守護者のボスエリア』を目指すことに決めた。


 だが、六層の蒼い平原は、これまでの階層とは比較にならないほど広大だ。拠点キャンプからエリアの最奥までは、休みなしに歩き続けても半日はかかる。


「……そろそろ、現実リアルの時間が限界だな」


 SRE-SREが空中にシステムウィンドウを呼び出し、時刻を確認しながら呟く。


「だな。このままじゃボスに辿り着く前に集中力が切れる。……ここで一度、ログアウトしておくか」


 本来、セーフティエリア外でのログアウトは推奨されない。次にログインした瞬間、目の前にモンスターがリスポーンしていたり、徘徊中の群れに囲まれているリスクがあるからだ。


 だが、今の周囲には敵の気配はない。不運が重ならない限り、致命的な事態にはならないはずだ。


「……了解だ。明日、同じ時間にここで」


「おう、またなスレスレ」


 二人はそれぞれのメニューからログアウトを選択する。

 SRE-SREの視界がゆっくりと暗転し、蒼い草原の残像が消えていった。


 翌日。

 再びVRゴーグルを装着し、六層の冷ややかな空気の中へと意識を戻す。

 SRE-SREが目を開けると、すぐ隣に浪manがログインしくるのが見えた。


「……周囲、クリアだな」


「ラッキーだったぜ。さて……身体を解したら、一気にボスのところまで駆け抜けるぞ」


 数時間の行軍を経て、エリアの最深部が近づくにつれ、周囲の空気は目に見えて変質していった。どこからともなく這い出してきた濃密な霧が、足元からじわじわと視界を侵食し始める。


「……おい、急に前が見えなくなってきたぞ」


 浪manが警戒を強め、速度を落とす。

 先ほどまでの晴れやかな平原の面影はなく、数メートル先すら判別できない白濁した世界。ただ、その霧の向こう側から、肌を刺すような冷たい「威圧感」だけが漂ってきた。


 さらに歩みを進めると、不意にその霧が、まるで意志を持っているかのように左右へと割れた。

 そこには、瑞々しい草地とは完全に切り離された異質な光景が広がっていた。


 草木は一本も生えず、地面はひび割れた黒い土と、剥き出しの巨大な岩盤が複雑に絡み合っている。境界線などない。ただ、ある一線を越えた先から、生物の気配が一切消失した領域へと変貌していた。


「……着いたな。ここが六層の最奥か」


 SRE-SREが呟き、足を止める。


 前方、巨大な岩盤が天を突くように切り立った天然の円形闘技場のような場所。

 そこへ一歩足を踏み入れた瞬間、空気が凍り付いた。


 中心に鎮座していたのは、岩山そのものと見紛うほどの巨躯。

 鈍く輝く銀色の毛並みに覆われ、バイソンのような屈強な四肢を持つその魔獣は、ゆっくりと首をもたげた。背中からは、周囲の岩壁と呼応するように鋭利な「岩の棘」が剣山のごとく突き出している。


 『六層守護者:古の森の執行者・グラディウス』


 SRE-SREの視界に、警告色に染まったボスの名称が浮かび上がる。

 グラディウスが低く唸ると、その咆哮が岩壁に反響し、地響きとなって足元を揺らした。


「……デカいな。あの棘、ただの飾りじゃなさそうだぜ」


 浪manが重心を低くし、鋭い眼光で敵を射抜く。

 その言葉に応えるかのように、グラディウスが前足で地面を激しく叩いた。瞬間、結弦の足元の地面が盛り上がり、鋭い岩の棘が突き出す。


「――ッ!?」


 SRE-SREは反射的に『跳躍』でその場を離脱したが、着地した先にも次々と岩の剣が迫り来る。超広範囲に及ぶ地中からの波状攻撃。


「浪man、突進が来るぞ!」


 咆哮と共に、銀色の巨躯が爆発的な速度で加速した。

 その巨体に似合わない、平原を切り裂くような一直線の突進。岩を砕き、土を跳ね上げながら迫る「暴力」に対し、浪manが真っ向から立ち塞がった。


「……止めてやる。――来いッ!」


 激突の寸前、浪manがその身を僅かに沈める。

 一人では抗えない圧力を、二人の連携でどう切り崩すか。SRE-SREは背負った『蝕鎌』を引き抜き、銀色の毛並みの死角へと影のように滑り込んだ。


「――右だ、浪man!」


 SRE-SREの鋭い声に応じ、浪manが巨躯の右側面へと滑り込む。SRE-SREは逆の死角から跳躍し、着弾の瞬間に『灰白の蝕鎌』をグラディウスの銀色の後脚へ叩き込んだ。

 深緑の波紋が毛皮を侵食し、不気味な黒い霧が立ち昇る。


「削ったぞ! いけッ!」


「おうよ! ――『崩掌』!」


 防御力の落ちた一点を、浪manの掌底が真っ向から撃ち抜いた。骨が軋む鈍い音が響き、ボスの巨大な身体が僅かにたわむ。


 噛み合う連携。順調に削れていくHPバー。二人の間に、どこか勝利を確信したような「緩み」が生じたのはその時だった。


 グラディウスが苛立ちを露わにするように、その太い尾を無造作に振り払った。

 予備動作のほとんどない、牽制程度の一撃。


「っ、しまっ……!」


「ぐおっ……!?」


 回避が間に合わず、二人は同時に吹き飛ばされた。岩壁に叩きつけられる。

 慌てて立ち上がり、自分たちのHPバーを確認したSRE-SREは、その数値に戦慄した。


「……は? 嘘だろ、半分……っ!? 今の、ただの小突いただろ!」


「……冗談じゃねぇ。掠っただけでこれかよ。……おいスレスレ、これ……」


 浪manの声に、いつもの不敵さが消えている。

 二人は同時に気づいた。六層の「攻撃力」に対し、自分たちの防具はあまりに紙同然だったのだ。

 もう一撃食らえば、死ぬかもしれない。


 その事実が、足元に冷たい重りとなってのしかかる。先ほどまでの軽快な連携は影を潜め、二人の踏み込みが目に見えて鈍くなった。グラディウスの咆哮一つに過剰に反応し、距離を詰められない。

 停滞する空気。それを破ったのは、SRE-SREの乾いた笑いだった。


「……止まってんじゃねぇよ。浪man……もしかして、これ以上ダメージもらうのが怖くてフリーズしてんのか?」


「あぁ!? 笑わせんな! お前こそ、さっきから鎌が空気しか斬ってねぇじゃねぇか! 」


「……はぁ? 誰がビビってんだよ。見てろ、俺一人で十分だわ!」


 SRE-SREは半ばキレ気味に毒づくと、浪manが止めるのも聞かずに突っ込んだ。

 『蝕鎌』をブン回して強引に腐食を叩き込もうとするが、グラディウスの「ついで」と言わんばかりの尻尾のひと振りが、SRE-SREの横っ腹をジャストミートした。


「ぶぺっ……!?」


 変な声が出て、SRE-SREの身体がラグビーボールのように地面を跳ねる。視界の端でHPバーがマッハの速さで真っ赤に染まる。


「お、おい交代! 浪man! 早く出ろよ! 死ぬ! マジで死ぬから!」


「ハッ! いわんこっちゃねぇ! ソロ気取って速攻でリスポーンしてんじゃねぇぞスレスレ!」


 浪manが鼻で笑いながらSRE-SREを跨いで前線へ。


「本物の武道を見せてやる」と意気込んで掌底を放つが、グラディウスが地面をドスドスと踏み荒らしただけで、足元から巨大な岩棘がコンクリートミキサーのように浪manを突き上げた。


「……おふぉっ!? 痛ぇぇぇ!!」


 宙を舞った浪manが、派手に顔面から着地する。一撃でHPが半分持っていかれ、彼は血相を変えて這いずりながら叫んだ。


「チッ、判定おかしいだろ! クソゲーかよ! おい次だ! 交代! 早く代われって言ってんだろ!」


「……もうかよ! まだポーションのキャップ開けてねぇんだよ、ちょっと待て!」


 SRE-SREは慌ててポーションを口に流し込み、口の周りをベタベタにしながら再び前線へ躍り出た。

 グラディウスの巨躯に対し、一人が突っ込んではボコボコにされて吹っ飛び、悪態をつきながら後退して必死にポーションを煽る。その間にもう一人が「次は俺だ」と意地を張って飛び出し、数秒後には悲鳴を上げて戻ってくる。


「交代! あいつ急に挙動不審だろ! 避けられねぇよ!」


「代われ! 回復が間に合わねぇんだよ! さっさと行けよこの筋肉ダルマ!」


「誰がダルマだこの鎌野郎! ほら行ったぞ!」


 洗練されたパーティープレイとは程遠い、ただの「押し付け合い」だ。

 互いに「自分一人でやれる」と強がりながらも、結局は相手がボコられている数秒間に救われ、半泣きでアイテム欄からポーションを引きずり出している。


 煽り、逆ギレ、交代。

 泥臭すぎるソロの意地(とポーションの在庫)を削り合いながら、二人は一歩ずつ、グラディウスの膨大なHPをじわじわと、嫌がらせのように削り取っていった。


「おい、交代! 早く代われってんだろ!」


 浪manの悲鳴に近い怒号が響く。SRE-SREは空になったポーション瓶を投げ捨て、残量が半分を超えたのを確認して地を蹴った。


「……うるせぇな! 今行くよ!」


 入れ替わりで前に出たSRE-SREの視界に、巨大な前足が迫る。まともに受ければ終わりだ。SRE-SREは『鉄屑』を盾に、あえて吹き飛ばされることで衝撃を殺した。


「ぐ、ぁ……っ!」


 地面を転がりながらも立ち上がりざま、『蝕鎌』をボスの足首へ一閃させる。深緑の腐食が銀色の毛並みを汚し、動きを数ミリ秒だけ鈍らせた。


「削ったぞ……次! 浪man!」


「はぁ、はぁ……ったく、注文が多いんだよ!」


 背後で回復を終えた浪manが弾かれたように飛び出す。一人がボコられては下がり、もう一人が死に物狂いで食い止める。息の合った共闘とは程遠い、泥臭いバケツリレーだ。


「おい、ポーション最後だぞ。次いけなかったら終わりだからな」


 浪manが空になった瓶を投げ捨て、肩で息をしながら急かす。


「……分かってるって。……お前が止めてろ、さっさと終わらせる」


「ハッ、死んでも文句言うなよ!」


 格好つける余裕なんて一ミリもない。極限まで追い詰められた二人の、半ばヤケクソな「押し付け合い」が、皮肉にもこれまでで一番の噛み合いを見せていた。


 グラディウスの巨大なHPバーは、残り一割を切って赤く点滅している。

 二人は同時に地を蹴った。


 もはやどちらが前でどちらが後ろかも分からない。浪manの拳がグラディウスの鼻先を砕き、その反動で弾かれた隙間にSRE-SREが『蝕鎌』をねじ込む。


「――おらぁッ!」


「これ、で……ッ!」


 銀色の毛並みが光の粒子となって弾け、視界を埋め尽くす。

 轟音と共にグラディウスの巨躯が崩れ去り、静寂が戻った岩場。SRE-SREは膝をつき、肩で荒い息を吐きながら、消滅していくボスを見つめた。


「……おい。今、俺の鎌が先に入ったよな?」


「あぁ!? 何言ってんだ。俺の拳が核をブチ抜いたのが先だろ。眼が付いてねぇのかよ」


 二人はフラフラと立ち上がると、どちらからともなく相手の胸ぐらを掴み上げた。


「……ハッ、嘘だろ。お前の拳、空振って俺の鎌の風圧で倒れただけじゃねぇの?」


「んなわけねぇだろ! テメェの鎌こそ、俺が殴った衝撃でたまたま当たっただけだろーが!」


 満身創痍、HPは二人ともドット単位。

 今小突かれれば二人とも即リスポーンという極限状態で、消滅する六層ボスの前。二人の低レベルな掴み合いの罵声だけが、静まり返った円形闘技場に虚しく響き渡っていた。

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