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第16話:パーティー結成?

 VRゴーグルを脱ぐと、汗で張り付いた前髪が冷たい空気に触れた。

 六層の月光に照らされた蒼い草原から一変して、そこにあるのは見慣れたワンルームだ。


 時刻はまだ夕方の6時。イベントを走り抜いた達成感と、六層で味わった敗北感。その両方が入り混じった奇妙な高揚感で、腹が鳴った。


「……今日は、ちょっと贅沢するか」


 結弦はパーカーを羽織ると、近くのスーパーへ向かった。

 店内は夕飯時で賑わっている。真っ先に向かったのはお寿司コーナーだ。


(……この、800円の盛り合わせで十分だよな。……いや、でも……)


 隣に置かれた、大トロとウニが入った1,800円の「特上」が目に留まる。一度は安い方に手を伸ばしかけたが、結局、欲望には抗えず特上をカゴに放り込んだ。ついでに、ストックが切れかけていたコーラも手に取る。


 家に戻ると、狭いテーブルの上にささやかな宴を並べた。


「いただきます」


 冷えたコーラを流し込み、脂の乗ったネタを頬張る。ゲームの中でボロボロになった身体に、栄養が染み込んでいく。


 片手でスマホを取り出し、イベントのまとめ記事をスクロールした。掲示板やSNSでは、最終順位と各プレイヤーの戦いぶりが熱心に議論されている。


『14ウェーブまで粘った11位のスレスレ、あいつ何者?』


『あの鎌と鉄屑のパリィ、物理演算バグってないか(笑)』


 自分の名前と、あの必死の立ち回りが評価されているのを見つけ、結弦は口元を少しだけ緩ませた。誰も見ていないと思っていた戦いが、確かに誰かの目に留まっていた。


 食事を終え、心地よい疲れの中で布団に潜り込む。

 目を閉じれば、瞼の裏にはまだあの蒼い平原の残像が浮かんでいた。


 翌日。結弦は再びVRゴーグルを装着し、意識をあの蒼い平原へとダイブさせた。

 拠点キャンプにリスポーンすると、システムウィンドウにはイベント報酬の「1,000,000 G」が燦然と輝いている。


「まずは、補充からだな」


 SRE-SREはキャンプの一角にある、簡素な建物のアイテムショップへと足を向けた。

 店内の木の棚には、怪しく発光する液体が詰まったガラス瓶や、乾燥させた薬草の束が所狭しと並んでいる。SRE-SREは棚の前に立ち、一つ一つの瓶を手に取ってみた。


 瓶を傾けると、中の液体がチャプチャプと音を立てる。開かれた画面には効能が記されている。SRE-SREはそれらを吟味しながら、六層のバング・ラビットの衝撃や、あの毒蛇の麻痺を思い返していた。


「……麻痺直しは多め、あとは回復薬か」


 必要な商品をいくつか脇に抱え、カウンターに立つ初老のNPC店員の前へ置く。

 店員がそれらを一つずつ、まるで重さを量るように丁寧に手に取って確認を終えると、結弦SRE-SREの視界に合計金額と最終確認を促す『SETTLE』のウィンドウが静かに浮かび上がった。


 SRE-SREは迷わず、空中に浮かぶ『SETTLE』の文字を指先で弾いた。

 インベントリの残高が更新され、カウンターのアイテムが光の粒子となってSRE-SREのストレージへと吸い込まれていく。


「……あ、スレスレじゃねぇか!」


 横から飛んできた気さくな声に、SRE-SREは支払い操作の手を止めて顔を上げた。

 そこには、同じくカウンターにポーション瓶を並べていた浪manがいた。その装備は昨日よりもさらに煤け、あちこちに耐久値の低下を示す赤い火花のようなエフェクトが薄く混じっている。


「……浪manか。お前、さっそくやられたのか?」


「笑えよ! あの猿ども、石投げてくるだけかと思ったら、俺が飛び込んだ瞬間に網を投げやがったんだぞ。連携がエグすぎるだろ、マジで!」


 浪manは悔しそうに言いながら、NPC店員に代金を支払ってアイテムをインベントリへと吸い込ませていく。SRE-SREもまた、昨日のバング・ラビットの猛攻と、身動きを封じられた麻痺の絶望感を思い出し、深く頷いた。


「わかる。あの蛇の麻痺も相当だ。避けたつもりでも、草むらから音もなく飛んでくる」


「だろ!? ソロであいつらを全部捌くのは、流石に効率が悪すぎるわ。……なぁ、スレスレ。お前さえ良ければ、……一回、組んでみないか?」


 浪manが真剣な顔で操作パネルをスワイプすると、SRE-SREの視界の端に『PARTY INVITE:浪man』の通知が静かに浮かび上がった。


 SRE-SREは少しの間、沈黙した。ずっとソロで通してきた。自分の『空蝉』や『禍断ちの閃景』は、誰かと呼吸を合わせるための技術ではない。


 だが、自分が動けない数秒間、誰かが目の前で壁になってくれるとしたら。


「……わかった。とりあえず、一回だけだぞ」


 SRE-SREが通知を指先でタップし、承認のアイコンを弾く。

 その瞬間、システム音が短く鳴り、自身のステータスウィンドウの隅に「PARTY」の項目が追加された。


【PARTY JOINED:浪man】


「よっしゃ! 決まりだ。脳筋二人の力、あの猿どもに思い知らせてやろうぜ!」


 浪manが拳を手のひらに打ち付け、快活に笑う。


「おい!俺は別に脳筋じゃねえよ!」


 なぜ一括りにされたのか疑問だったがとりあえずはパーティーを結成した。

 一人では突破口が見えなかった六層の平原。

 二人は再びゆっくりと向かい始めた。


 キャンプの境界線を越え、再びあの蒼い平原へと踏み出す。

 一人で歩いた時とは違う、隣に誰かがいるという奇妙な感覚。SRE-SREは無意識に、『灰白の蝕鎌』の柄を強く握り直した。


「……まずは小手調べだ。ラビットで行くぞ」


「おうよ、正面は俺が止めてやる。好きに暴れろ!」


 前方の草むらが爆発したように揺れ、二体の『バング・ラビット』が弾丸のごとき速度で飛び出してきた。

 浪manが迷わず前に出る。回避ではなく、その屈強な両腕を交差させ、ラビットの角を正面から受け止めた。


「ぐっ……! 重いな……だがっ!」


 鈍い衝突音と共に、浪manの足が数センチ地面を削る。だが、彼は一歩も引かない。その「壁」が作った一瞬の隙を、SRE-SREは見逃さなかった。


 左手の『鉄屑』でラビットの追撃をいなし、右手の『蝕鎌』を叩き込む。

 深緑の波紋が浮き出る刃がラビットの毛皮を裂くと、『腐食』の状態異常が敵の身体を侵食し始めた。


「――削ったぞ。次だ!」


 防御力の落ちたラビットを、浪manの拳が粉砕する。


 一匹、また一匹。ソロの時とは比較にならない効率で粒子へと散っていく。だが、その勝利を喜ぶ暇もなく、草原の奥からあの下卑た笑い声が幾重にも重なって響いた。


「ウキャキャキャッ!」


 昨日、SRE-SREを死の淵まで追い詰めた『グラス・ハイジャッカー』の群れだ。

 今度は五体。それぞれが連携し、投石と網を使い分けながら、二人を包囲するように距離を詰めてくる。


「……リベンジだ。浪man、囲まれる前に叩くぞ!」


「わかってる! ……って、おい! 待て待て、石だけじゃねぇぞこいつら!」


 一斉に放たれたのは石だけではなかった。

 草むらに潜んでいた個体が、低空で粘着質の網を投げつけてくる。浪manがそれを拳で引きちぎるが、その隙を突いて別の個体が、折れた剣で彼の脇腹を深く切り裂いた。


「……っ、こいつら……!」


 浪manのHPが目に見えて削れ、SRE-SREもまた、絶え間ない投石に『空蝉』の回避を強要される。二人がかりでも、知能を持つ群れの波状攻撃は、六層の洗礼としてあまりに重かった。


「浪man、一旦下がって回復しろ! ここは俺が繋ぐ!」


 SRE-SREは叫ぶと同時に、浪manの前に割り込むように踏み込んだ。だが、現実は甘くない。知能を持つ『グラス・ハイジャッカー』の波状攻撃は、単独の相手をハメ殺すための「隙のなさ」がある。


 右から放たれる網を『空蝉』で透かせば、死角から飛来する石がこめかみをかすめる。無理に『蝕鎌』を振るえば、別の個体が泥を投げつけ視界を奪いに来る。

 回復する時間を与えてくれない。


「……っ、やばっ……!」


 じわじわと結弦のHPバーが削れていく。その焦燥感の中、SRE-SREは浪manへ向かって、挑発混じりに声を張り上げた。


「おい浪man!流石にこいつらを一人で凌ぐのは、お前でも厳しいか?!」


「……あぁ!? 誰に向かって言ってんだ!……見てろ、生粋のファイターってやつを教えてやる」


 その言葉と共に、浪manの纏う空気が一変した。

 無駄な叫びは消え、呼吸は深く、鋭く。


 放たれた投石を、浪manは最小限の首の動きだけで回避し、そのまま懐へと潜り込んだ。一体の猿が振り下ろした折れた剣に対し、彼は拳ではなく、掌底でその軌道を逸らす。体勢を崩した猿の顎を、流れるような連撃で跳ね上げた。


 だが、それでも六層の物量は重い。

 浪manが流麗な捌きで二体を翻弄する間に、別の三体が包囲を狭める。死角からの石を肩で受け流し、脚を狙う爪を紙一重のステップで躱すが、その皮膚には確実に切り傷が刻まれていく。


「……ふっ、……まだまだ……ッ!」


 浪manの瞳には冷静な熱が宿っている。その背中に、SRE-SREは迷わず『蒼月の魔導杖・ルナリス』を構えた。


「――そのまま凌げ、浪man! 少し時間を稼げ!」


 SRE-SREは詠唱を唱える。


「『――静かなる銀月、満ちて欠ける理……その光を以て、命の器を潤せ』」


 詠唱の開始と同時に、地面と足がくっつくような感覚に襲われる。

 一歩も動けない、指一本動かせない完全な無防備。その直近で、浪manが孤軍奮闘を続けていた。


 浪manはダメージを受けながらも、SRE-SREへの射線を己の肉体で遮り続ける。剣を受け流し、石を拳で弾き、包囲網をその卓越した技術だけで食い止める。


 数秒の、永遠に近い沈黙。

 杖の先端、蒼い魔石が爆発的に発光した。


「――『慈愛の月光』」


 柔らかな蒼光が波紋のように広がり、ボロボロだった浪manの肉体と、SRE-SREの削れたHPを同時に包み込んだ。


 じわじわと、だが確実に満たされていく生命力。それを見た浪manが、鋭い呼気と共にニヤリと笑った。


「……助かるぜ」


 SRE-SREは杖をストレージへと投げ込み、再び『鉄屑』と『蝕鎌』を構えた。

 浪manが死守した数秒間の恩恵を、今度は攻撃へと転換する。腐食の刃を翻し、結弦は今度こそ、逃げ惑う猿の首元へと踏み込んだ。


「――仕掛けるぞ!」


 SRE-SREが低く鋭く叫び、前方へ爆発的な踏み込みを見せる。

 ターゲットは、投石の隙を突いて浪manの背後を狙っていた二体のハイジャッカーだ。


 一匹が慌てて錆びた短剣を突き出したが、SRE-SREの視界にはその軌道がスローモーションのように映り込んでいる。左手の『鉄屑』を最小限の動きで合わせ、火花を散らしてその剣先を受け流した。


「……っ、終わりだ」


 刹那、加速した思考の中で右手の『蝕鎌』を閃かせる。深緑の刃が猿の胸元を深々と切り裂き、武器特性の『腐食』が傷口から黒い煤のように全身を侵食した。


「ウギャァァッ!?」


 防御力を剥ぎ取られ、苦悶の声を上げるハイジャッカー。そこへ、浪manが音もなく横から滑り込んだ。


「――お返しだ、取っておけ!」


 浪manの拳が、正確無比な三連撃として猿の顎、喉、そして鳩尾へと叩き込まれる。力任せではない、重心の移動を完璧に乗せたその衝撃は、腐食で脆弱化した肉体を内側から粉砕する。


 一体、また一体と、ハイジャッカーが光の粒子となって平原に霧散していく。

 残る三体は、自分たちの連携が完全に瓦解したことを悟り、悲鳴を上げながら逃走を図った。だが、一度背を見せた獲物を逃がすほど、今の二人は甘くない。


「逃がすかよ――『跳躍』!」


 SRE-SREがスキルを発動し、草原を大きく蹴り上げた。

 空中での慣性を『空蝉』の機動で制御し、逃げる猿の頭上へ音もなく降り立つ。着地の衝撃をそのまま殺し、背後から一気に刈り取った。


 最後の一体は、浪manが放った鋭い回し蹴りによって、その核ごと砕け散った。

 静寂が戻った蒼い草原。

 結弦は荒い息を整えながら、手の中の『蝕鎌』をゆっくりと納めた。


「……はぁ。……どうにかなったな、浪man」


「ああ。正直、あの網に捕まった時は冷や汗が出たぜ。……だが、あの『杖』のタイミング、悪くない」


 浪manが自分の肩を回しながら、ニヤリと笑う。

 一人では攻略が難しかった六層の洗礼。だが、誰かに背後を預け、あの不自由すぎる魔法を扱うことができた。


「……一回だけ、って言ったけどな」


 SRE-SREはそう呟きながら、視界の端に表示されたパーティーメンバーの欄を眺めた。


「もうしばらく一緒にどうだ?」


「ハッ! そうしようぜ」


 二人は互いに武器を収めると、次なる獲物を探すべく、さらに草原の奥へと足を進めた。

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