第14話:大人気
次に目を開けた場所は、闘技場の熱気とは無縁の、静まり返ったイベント待機所だった。
「……あーあ。終わっちゃったか」
SRE-SREは、感覚の戻った自分の手を握り締めた。まだ指先には『鉄屑』を握りしめていた時の強張りが残っている。
ロビーには、同じく途中のウェーブで脱落したプレイヤーたちが肩を落として座り込んでいた。彼らと共に、SRE-SREは中央に設置された巨大な観戦モニターを仰ぎ見る。
画面に映し出されていたのは、第15ウェーブの地獄絵図だった。
闘技場を埋め尽くさんばかりの巨躯を誇る、古樹の化身――『エルダー・トレント』。
無数にうねる枝が槍のように降り注ぎ、地中からは巨大な根が逃げ場を塞ぐ。その圧倒的な質量攻撃に対し、生き残ったパーティーは死に物狂いの消耗戦を強いられていた。
――そして、時間は残酷に、だが着実に過ぎていく。
第20ウェーブを超えると、もはや画面に映るのは数えるほどの精鋭のみとなっていた。
最終的に、闘技場を制したのは――【炎姫】パーティーだった。
『――決着ゥ!! 優勝は第23ウェーブまでを完走した、ちゃむちゃむ率いる【炎姫】だぁぁぁッ!!』
2位の【タイタン】とは、わずか1ウェーブ差という紙一重の決着。
画面越しに見えるちゃむちゃむは、もはや猫を被る余裕もなく、ボロボロの装備で地面に座り込んでいた。それほどまでに、今回のイベントの後半戦は苛烈を極めていたのだ。
その後、華やかな表彰式と優勝者インタビューが執り行われた。
「ボクたちの絆の勝利だぉ~!」と、カメラに向かってVサインを作るちゃむちゃむ。
そんな祭典の熱狂が幕を閉じ、イベント終了のアナウンスが流れた、その時だった。
「――おい、あいつじゃないか!?」
「いたぞ! さっきのソロプレイヤーだ!」
待機所の静寂が、一瞬で破られた。
SRE-SREが何事かと思う間もなく、周囲にいたプレイヤーたちが、津波のような勢いで彼のもとへ殺到してきたのだ。
「君、あの装備でどうやって14まで残ったんだ!?」
「あのパリィのタイミング、録画させてくれ!」
「ギルドに入る気はないか!? 報酬は弾むぞ!」
一躍、時の人となった「無名のソロ」を囲む人だかり。
SRE-SREは、予想だにしなかった事態に目を白黒させながら、後退りするしかなかった。
最初は丁寧に、しどろもどろになりながら返事をしていたSRE-SREだったが、押し寄せる人の波は引くどころか膨れ上がる一方だった。
「あ、あの、装備についてはただのドロップ品で……ギルドは入るつもりなくて……わっ、押さないで!」
フラッシュのようなエフェクトと、録画機能の起動音が鳴り止まない。ついに限界を迎えたSRE-SREは、隙間を縫って全速力で走り出した。
「ちょっ、待てよSRE-SRE!」
「逃げるな! 話を聞いてくれ!」
背後に数十人のプレイヤーを引き連れ、イベントロビーの広場を猛ダッシュする。その時、ふと横の通路を見ると、自分と全く同じように大群に追われている影があった。
それは、ハイライト映像で見かけたあの武闘家だった。
彼もまた、ソロで上位に食い込んだ異端児として、凄まじい勧誘の嵐に晒されているらしい。必死の形相で並走することになったその男は、SRE-SREの姿を認めるなり、事もあろうに走行中に声をかけてきた。
「よぉ! お前、スレスレだろ? 俺は浪manってんだ、よろしくな!」
この状況で、しかも初対面でいきなりの自己紹介。SRE-SREは喉元まで迫る息を吐き出しながら叫び返した。
「それ、今じゃないとダメか!?」
「いやぁ、有名人に会えたら言おうと思っててよ! ……で、いきなりで悪いんだが、ちょっとお願い聞いてくれねぇか」
「はあ!?」
浪manと名乗った男は、ニカッと不敵な笑みを浮かべた。
「後ろの人たちの相手、代わってくれ!」
直後、浪manの足が鮮やかな軌道を描き、並走していたSRE-SREの足首に引っ掛けられた。
「――っ!?」
イベント中、あれほど鋭い攻撃を避けてきたSRE-SREだったが、まさか「同じ境遇のソロプレイヤー」から妨害を受けるとは微塵も思っていなかった。バランスを崩し、盛大にたたらを踏む。その一瞬の間に、浪manは「悪いな!」と軽快なステップで距離を突き放した。
SRE-SREの背後には、彼を捕まえようと手を伸ばす大量の群衆が迫る。
「……あの野郎……っ!」
イベントの疲労も、足の重さも、すべてが怒りの燃料に変わる。彼はこれまで一度も見せたことがないような――それこそ骸骨騎士を翻弄した時以上の爆発的な加速を見せ、逃げる浪manの背中を猛追した。
一方、浪manは「よし、これくらい離せば大丈夫かな」と余裕の表情で後ろを振り返る。
だが、そこには彼が予想もしなかった光景があった。
群衆を置き去りにし、鬼の形相で眼前にまで迫っていたSRE-SREの姿だ。
「げぇっ!? 速すぎだろおま――」
「逃がすかよ……!」
結弦は浪manの首根っこをガシッと掴み取ると、そのまま自身の回転の勢いを乗せて、後方から迫る人だかりに向けて全力で放り投げた。
「うわあああああああ!? ちょ、待っ、まっ――!」
空中に放り出され、助けを求めるような顔でこちらを見る浪manを、SRE-SREは冷徹な無表情で切り捨てた。そのまま、すぐ近くにある転移門へと飛び込み、六層へと向かう。
背後から「あ、武闘家の方が飛んできたぞ!」「こっちを捕まえろ!」という喧騒と、浪manの悲鳴が聞こえてきたが、SRE-SREは一度も振り返らなかった。
転移門の向こう側から響いていた喧騒が、一瞬で遠のいた。
結弦の目の前に広がっていたのは、見渡す限りの第六層――通称『逃避の平原』。
「……広いな、おい」
その光景は、第一層の始まりの草原によく似ていた。だが、空気の密度が違う。風に乗って運ばれてくる草の香りはどこか鋭く、遠くに見える地平線の先には、空を突くような巨木がひしめく暗い森が横たわっている。
第一層が「庭」だとするなら、ここは「荒野」だ。放たれているプレッシャーの桁が違った。
SRE-SREはひとまず、報酬を確認することにした。焚き火を囲む数少ない先客たちの視線を避け、隅の岩場に腰を下ろすと、ようやく一息ついてインベントリを開く。
「さて……頑張って戦った成果、拝ませてもらおうか」
イベントの最終リザルト。
一時は脱落したものの、あの地獄のような第14ウェーブまで粘ったことが功を奏したのか、最終順位は11位に食い込んでいた。
【イベント報酬を受取りますか?】
• 通貨:1,000,000 G
• 称号:『群を撥ね退ける者』
• アイテム:A級ランダムボックス ×1
「……100万!? マジか、装備新調できるじゃん」
思わぬ大金に頬を緩ませつつ、新しく獲得した称号の詳細を確認する。
称号:『群を撥ね退ける者』
効果: 自身のパーティー人数を上回る数の敵と交戦中、全攻撃力および防御力が 5% 上昇する。
「……あはは、今の俺にぴったりすぎるだろ。ずっとソロだし」
常に数的不利なSRE-SREにとって、この5%の底上げは文字通りの生命線になる。
そして、最後に残ったのは、『A級ランダムボックス』だ。
中から出てくるのは高性能な武具やアイテムだ。
「頼む……鎌か、せめて軽装の防具……!」
祈るような気持ちで、SRE-SREはボックスのアイコンをタップした。
箱が激しく発光し、システム音が心地よく響く。
パカッ、という軽快な音と共に現れたのは――
「………おっ?」
SRE-SREは、ランダムボックスから現れたその「棒」を、手に取ってまじまじと見つめた。
先端には、夜空の月をそのまま閉じ込めたような、透き通った蒼い魔石が埋め込まれている。
「……あー、杖か……」
詳細を確認してみる。
『蒼月の魔導杖・ルナリス』
• 特性:【月影の隠逸】
持ち主の存在感を希薄にする特性。装備している間、魔物からの敵意を買いづらくなる。乱戦時や複数の敵に囲まれた際、標的から外れやすくなる効果を持つ。
• 固有スキル:『慈愛の月光』
杖の魔石から柔らかな蒼い光を放ち、肉体の損傷を修復する。深い傷を即座に塞ぐほどの劇的な即効性はないが、じわじわと痛みを和らげ、失ったHPを呼び戻す。
そこにはヘイト減衰やヒールといった、なかなか有用言葉が並んでいる。敵の意識を逸らしつつ、傷を癒すことができる。まさに支援職が持てばパーティーの生存率を跳ね上げるものだろう。
「……ヘイトを買いづらくなる、か。ソロの俺が使っても、結局最後には俺を狙ってくるんだろうけど……乱戦なら使えるかな。それに回復スキルは普通に助かる」
SRE-SREは、手の中にあるその優美な杖を、試しに振ってみた。
やはり、あまりにも軽すぎる。相手の重い一撃を「鉄屑」で受け止めるような真似をすれば、一瞬でへし折れてしまいそうだ。
「武器っていうより、お守りだなこれ。……まあ、いいや。ポーション代もバカにならないし、一応持っておこう」
今の自分には全く噛み合わないハズレ枠の報酬に、SRE-SREは少し残念そうに溜息を吐きながら、蒼い光を放つ杖をインベントリへと放り込んだ。
その時。
背後から、妙に耳に残る、調子のいい声が響いてきた。
「よぉ、スレスレ! お前、さっきはよくもやってくれたなぁ!」
振り返ると、そこには首を回しながらこちらに歩み寄ってくる、あの武闘家――浪manの姿があった。イベントでSRE-SREに放り投げられた際の汚れがまだ装備に残っているが、その表情には怒りよりも、どこか楽しげな色が混じっている。




