第13話:バトル・ステージ 其の4
SRE-SREが石畳を転がり、息を吐きながら再起を図っていたその裏側。
隣のステージでは、【炎姫】のリーダー、ちゃむちゃむが、これまでにない険しい表情で杖を握りしめていた。
彼女の目の前でも、二体の『骸骨騎士』が亡霊馬を狂わせ、交互に突進を繰り返している。一撃ごとに大剣が空気を引き裂く重低音が響き、闘技場の石畳が派手に弾け飛ぶ。
「……っ、もう、しつこいんだからぉ! ガルム、絶対に通さないでよ!」
メインタンクのガルムが構える大盾は、度重なる重撃によって中心部が歪み、表面の美しい紋章は見る影もなく削り取られている。
「分かってる……だが、こいつら、一撃ごとにスタミナを根こそぎ持っていきやがる……っ!」
ガルムの背後では、ちゃむちゃむが額に大粒の汗を浮かべながら、連続するスキル発動後のクールタイムに耐えていた。
普段の彼女なら、敵を嘲笑うような余裕があるはずだ。しかし今、過剰なスキル使用による精神的な疲労が彼女の思考を鈍らせ、手元の高級な杖は連続発動による熱破綻寸前で、不気味に赤く淡く光る。
「セリカ、右を抑えて! ボクが最大火力でまとめて焼くから……お願い!」
短剣使いのセリカが、騎士の足元を縫うように走り、牽制の斬撃を繰り出す。だが、騎士の重厚な装甲に弾かれ、彼女の腕にも激しい痺れが走る。
一瞬の隙を突き、詠唱を終わらせたちゃむちゃむが喉を枯らすような声でスキルを叫んだ。
「――『プロミネンス・レイド』!!」
闘技場を埋め尽くす巨大な火柱。二体の骸骨騎士が、その猛火に呑み込まれ、ついに光の粒子へと還っていく。
炎が消えた後、彼女はその場に膝をつき、杖を支えにして激しく肩で息をした。
「……はぁ、……はぁ。……何なの、この難易度……おかしいでしょ、マジで……」
一方で、さらにその隣。重装ギルド【タイタン】のステージでは、より物理的な地獄が展開されていた。
「――散るなッ! 盾を重ねろ! ラインを割らせるな!」
リーダーのバズが、ひび割れた破砕槌を両手で構え、咆哮する。
彼の周囲では、精鋭の盾職人たちが円陣を組み、二体の骸骨騎士の突進を文字通り「肉体」で受け止めていた。
ガギィィィン! という、骨身に響く金属音が響くたび、隊員の一人が衝撃で数メートル後退し、即座に別の隊員がその穴を埋める。
「……チッ、盾の耐久が持たんか。おい、予備を出せ! 惜しむな!」
バズが騎士の馬の首を強引に掴み、槌でその頭部を粉砕する。
圧倒的な力押し。だが、その代償として隊員たちの防具はボロボロになり、緊急用のスタミナポーションの空き瓶が石畳に転がっていた。物資と練度を総動員して、彼らはようやく第10ウェーブという「壁」を削り倒したのだ。
最前線の猛者たちは、それぞれのやり方で、限界ギリギリの「勝利」を掴み取っていた。
そんな中、実況席では一つの「異変」が共有されていた。
『――【炎姫】、第10ウェーブ突破! 【タイタン】も健在です! しかし……皆様、ご覧ください。あの中堅ギルドが次々と脱落していく地獄のような光景の中で、たった一人、異質な戦いを見せているステージがあります!』
実況の声に導かれるように、メインモニターが結弦のステージを映し出す。
そこには、豪華なスキルの連発も、強固な盾の壁もなく、ただ一人の男が「ボロボロの鎌」と「鉄屑」を使い、二体の騎士の剣撃を紙一重で、滑るように受け流し続ける姿があった。
「……あ? あいつ、まだやってんのか」
戦いを終え、ひどく疲弊したバズが、自分の武器を肩に担ぎ直し、隣のステージへと視線を向ける。
派手さはない。だが、その動きの一つ一つには、無駄を削ぎ落とした異常なまでの「精密さ」が宿っていた。
「……チッ。あんなガラクタで、よくもまあ……」
バズは吐き捨てるように言ったが、その目は釘付けになっていた。
エリートたちがリソースを使い果たして戦う中で、リソースすら持たない一人のプレイヤーが、技術だけでその地獄を渡り歩こうとしていた。
闘技場全体に、重厚な鐘の音が鳴り響いた。
それは、凄惨を極めた第10ウェーブの終焉を告げる合図だった。
生き残った各パーティーが最後の一体を撃破し、光の粒子が舞い散る中、システムアナウンスが空から降り注ぐ。
『――第10ウェーブ、全行程終了! 生存プレイヤー諸君、おめでとう! ここで10分間のインターバルを与える。英気を養いたまえ!』
闘技場を包んでいた殺伐とした空気が、わずかに緩む。
SRE-SREは、熱を帯びた石畳に背中を預けたまま、荒い呼吸を整えようと努めていた。スタミナの枯渇による虚脱感が全身を襲い、指先一つ動かすのにも億劫さを感じる。
ふと見上げると、闘技場の中央に浮かぶ巨大な空中モニターに、前半戦の「ハイライト」が映し出されていた。
まず画面を席巻したのは、やはり最前線の精鋭たちだ。
【炎姫】のちゃむちゃむが放つ、空を焼き尽くすような紅蓮の劫火。彼女の杖から放たれた極太の熱線が、一瞬で十数体の魔獣を炭化させる光景に、数万人の視聴者から地鳴りのような大きな歓声が上がる。
続いて、【タイタン】のバズ。ひび割れた破砕槌を強引に振り下ろし、第6層基準の硬質なスケルトンナイトを亡霊馬ごと粉砕する、暴力的なまでの力押しがスロー映像で流れる。
その後に映し出されたのは、中堅ギルドの星、【銀の風】の鮮やかな連携だった。
彼らは派手な大魔法こそ使わないが、風を纏った細剣使いのリーダーを中心とした、一糸乱れぬ「速度」の戦いを見せていた。
『――見てください、この【銀の風】の鮮やかなスイッチ! 敵の攻撃が届く前に三人が入れ替わり、一瞬で急所を六箇所同時に貫いた! まさに銀色の突風!』
実況の声が弾む。彼らはスタミナの配分を完璧に計算し、最小限の被弾でウェーブ10を突破していた。中堅ギルドの希望として、チャット欄には彼らを支持する青いエフェクトが激しく流れる。
そんな煌びやかな映像の合間に、ふいに「異質な一幕」が差し込まれた。
それは、黒いローブを翻し、ボロボロの鎌とガラクタのような鉄屑だけで、二体の騎士を翻弄するSRE-SRE自身の姿だった。
「……うわ、映ってる。やめてほしいな、こういうの」
自分の泥臭い戦いを見せつけられる気恥ずかしさに、SRE-SREは顔を背けようとした。
だが、その直後。
ハイライトの最後に、ほんの数秒だけ映し出された「あるプレイヤー」の姿に、彼の目は釘付けになった。
それは、自分と同じ、たった一人のソロプレイヤーだった。
見たところ、武器らしい武器は持っていない。
スタイルは「武闘家」。
防具も軽装で、その鍛え上げられた拳一つで、巨大な魔物たちを文字通り「殴り倒して」いた。
スキルも最小限。ただ、その打撃の重さと、無駄の一切ない足捌きが、画面越しでも異様なまでの威圧感を放っている。
「……ソロで、あんな戦い方を?」
SRE-SREは、そのプレイヤーのプレイスタイルに親近感を覚えた。
自分と同じく、ステータスや装備の暴力ではなく、純粋な技術でこのステージを渡り歩いている者の気配。
映し出された時間は、ほんの一瞬だった。
映像が切り替わる直前、その武闘家は、まるでカメラの向こう側にいる視聴者の存在を確信しているかのように、ふいと視線をこちらへ向けた。
10分のインターバルが終わりに近づき、空中モニターの表示が切り替わった。
『――さて、運命の後半戦を前に、現在この地獄を生き延びている猛者たちを発表しよう!』
画面には、生き残ったプレイヤーたちのリストが並ぶ。
【炎姫】、【タイタン】、【銀の風】……。名だたる精鋭ギルドが名を連ねる中、リストの最下層に刻まれた一人のソロプレイヤーの名に、会場の一部からどよめきが上がった。
【 生存数:32パーティー 】
「……32か。200近くいたはずなのに、もうこれだけかよ」
SRE-SREは、幾分か軽くなった身体を起こした。
HPは8割程度まで戻り、激しく消費していたスタミナも、動けるレベルには回復している。だが、精神的な摩耗――集中力だけは、この短い時間では埋めようがなかった。
『――インターバル終了! 第11ウェーブ……開始!!』
無慈悲なゴングと共に、後半戦の幕が上がる。
だが、ここからの戦いは、これまでの苦戦すら生温く感じるほどの別世界だった。
第11ウェーブ。
地形そのものが牙を剥く。闘技場の石畳の一部が突然陥没し、底から高熱のマグマが噴き出した。
「……っ、足場まで奪うのかよ!」
SRE-SREは、飛来するガーゴイルの石弾を避けながら、崩落する足場を跳び移る。回避の精度は目に見えて落ちていた。紙一重でかわしていたはずの攻撃が、二度、三度とローブを裂き、SRE-SREの肉を削っていく。
第12ウェーブ、第13ウェーブ。
敵の強さ以上に、環境デバフがSRE-SREを追い詰める。
視界を遮る濃霧、あるいは身体を重くする重力魔法。
【炎姫】や【タイタン】といったギルドは、役割分担を徹底することでこの理不尽を突破していくが、全てを一人でこなさなければならないSRE-SREには、もはや「余裕」という言葉は存在しなかった。
一撃を受け流すたびに、左手の『錆びた鉄屑』が嫌な音を立てて軋む。
一撃を繰り出すたびに、右手の『灰白の蝕鎌』の刃が、少しずつ、だが確実に欠けていく。
そして――運命の第14ウェーブ。
現れたのは、漆黒の粘体を持った暗殺者――『シャドウ・ストーカー』の群れだった。
音もなく影から這い出し、死角から同時に三方向の奇襲。
「……あ、……しまっ……」
SRE-SREの反応が、わずかに遅れた。
疲労で濁った思考が、影から伸びた黒い刃を見落とした。
――グサッ。
背後から深々と突き立てられた刃が、SRE-SREの細い身体を貫く。
崩れ落ちる膝。
視界の端で、ついにHPバーが完全に消失した。
『――ああっと!! ここで脱落者が! 驚異の粘りを見せたソロプレイヤー、SRE-SRE! 第14ウェーブ、ついに力尽きたぁーっ!!』
実況の声が遠のいていく。
SRE-SREの身体が光の粒子へと変わり、闘技場の石畳から消えていく。




