第12話:バトル・ステージ 其の3
地響きと共に、闘技場の中央に刻まれた二つの巨大な魔法陣が、どす黒い光を噴き上げた。
現れたのは、漆黒の亡霊馬に跨り、身の丈ほどもある大剣を提げた二体の『骸骨騎士』。
「……はは、マジかよ。セット販売なんて聞いてないぞ」
SRE-SREは乾いた笑いを漏らし、左手の『錆びた鉄屑』を固く握り直した。
二体の騎士は、示し合わせたように左右に分かれると、亡霊馬の蹄を激しく鳴らして突進を開始する。正面からではなく、SRE-SREを挟み込むような円弧の軌道。逃げ場を潰し、確実に「一撃」を叩き込むための重戦車の如き加速だ。
「グルァァァッ!」
右の騎士がまず、遠心力を乗せた凄まじい横薙ぎを放つ。
SRE-SREは一歩前へ踏み込み、その刃の「内側」へ潜り込んだ。
ガギィィィン! と、『鉄屑』の面で大剣の側面を叩き、衝撃を強引に吸い上げる。
【特殊効果:『刹那の残滓』発動】
色が抜けた静止画の世界。
だが、安息は一瞬だった。左側から迫る二体目の騎士が、スローモーションの中でもはっきりと視認できるほどの殺意を込めて、垂直の唐竹割りを振り下ろしてくる。
「……っ、二段構えか!」
SRE-SREは加速した意識の中で、右の騎士の刃を「踏み台」にして跳躍した。
加速が解けた直後、二体目の大剣が石畳を叩き割り、凄まじい衝撃波が結弦の『黒鉄のローブ』を激しく煽る。
空中で身を翻し、右手の『灰白の蝕鎌』を逆手に保持。落下速度を乗せて一体目の騎士の肩口を狙うが――。
――ガキィッ!
騎士は馬首を強引に返し、大剣の柄の部分で鎌の刃を受け止めた。
骨と金属が擦れ合う不快な音が響き、腐食の霧が僅かに騎士の鎧を焦がすが、致命傷には程遠い。
「……チッ、反応が速いな」
着地と同時に、SRE-SREは即座に横へ転がった。
コンマ数秒後、そこには二体目の騎士が放った亡霊馬の蹴撃がめり込んでいた。
立ち上がる暇も与えられない。二体は交互に、あるいは同時に、計算された波状攻撃を仕掛けてくる。一人が突きを放てば、もう一人がその回避先を薙ぎ払う。
SRE-SREの集中力は極限まで研ぎ澄まされていた。
だが、スタミナの減少と、ウェーブ7から残る精神的な摩耗が、わずかに彼の反応を遅らせる。
――ザシュッ!
回避しきれなかった二体目の剣先が、SRE-SREの脇腹を浅く裂いた。
「……がっ……!」
【――警告:HP 92% / 100】
初めての明確な被弾。
鋭い痛みが脳を突き刺し、冷たい汗が背中を伝う。
実況席から、驚愕の絶叫が上がった。
『――おおっと! 無敵のソロプレイヤー、SRE-SREがついに捕まった! やはり第10ウェーブ、二体同時の骸骨騎士はあまりにも理不尽か!』
「……っ、止まってくれないか……!」
SRE-SREは体勢を整える暇もなく、地を這うような低い姿勢で二体目の騎士の股下を潜り抜けた。
だが、背後からはすでに一体目の騎士が亡霊馬を急旋回させ、その巨大な蹄でSRE-SREの背中を蹴り飛ばそうと迫っている。
回避の余裕はない。結弦は咄嗟に『灰白の蝕鎌』を石畳に深く突き立て、その「しなり」を利用して身体を強引に横へと放り出した。
――ドォォォォンッ!
直後、彼がいた場所の石畳が亡霊馬の蹴撃によって粉砕され、破片が弾け飛ぶ。
着地の衝撃で、SRE-SREの膝がガクガクと笑う。スタミナが大きく低下し、呼吸は火を噴くように熱い。
「……腕の感覚が、もう……」
SRE-SREは震える手で『錆びた鉄屑』を握り直す。
しかし、騎士たちは獲物を追い詰めた肉食獣のように、さらに速度を上げた。
一体目が大剣を低く構え、足元を刈り取るような薙ぎ払い。二体目がその直後、逃げ場を潰すように頭上からの一閃。
「グルァァァッ!」
重なり合う死の十字。
SRE-SREは右へ、左へと最小限のステップで位置を変え続けるが、二体の連携は一歩ごとにその精度を増していく。
大剣が石畳を叩くたび、火花がSRE-SREの視界を焼き、飛び散る石の礫が『黒鉄のローブ』をズタズタに引き裂いていく。
『――苦しい! ソロプレイヤーSRE-SRE、完全に防戦一方だ! 鉄壁を誇った回避が、二体のスケルトンナイトによって剥がされていく! このままでは削り殺されるのは時間の問題か!?』
実況の絶叫が、数万人の視聴者が固唾を飲む会場に響き渡る。
中継モニターに映るSRE-SREの姿は、冷や汗と泥に汚れ、かつての「余裕」はどこにもない。
それでも、結弦の瞳の奥にある「光」だけは消えていなかった。
彼は息を吐き捨て、迫りくる二振りの大剣を――いや、その「影」の動きを凝視する。
一撃、また一撃と、武器で受けるたびに腕を伝う衝撃。
二体の『骸骨騎士』が同時に亡霊馬を跳ねさせた。左右から挟み込むような大剣の軌道。逃げ場を完全に潰した、最悪のタイミングでの激突。
「……っ、うわ、これ無理だ、……避けらんな――」
SRE-SREの思考が、火花が散るような速度で解決策を探る。だが、左右から迫る大剣の巨大な影が、彼の視界を完全に塗り潰していた。
結弦は咄嗟に左手の『錆びた鉄屑』を盾にして右側の刃を受けたが、その衝撃は想像を絶していた。亡霊馬の突進速度が乗った一撃は、重戦車に撥ねられたような衝撃となって結弦の細い腕を伝い、肩の関節を悲鳴じみた音で軋ませる。
「……っ、が……あぁっ!」
強引に体勢を崩された無防備な脇腹を、二体目の騎士が放った突きが鋭くえぐった。
鈍い衝撃と共に、肉を裂く感触が結弦に伝わる。身体が石畳を二度、三度と激しく転がり、肺から酸素が無理やり搾り出された。
【――警告:HP 32% / 100】
視界が一瞬真っ赤に点滅し、大きなダメージを受けた。
SRE-SREは震える腕でどうにか地面を突き、上半身を起こそうとしたが、スタミナはすでに空っぽで、赤く点滅を繰り返すばかりだ。刹那の残滓により、指先一つ動かすのにも鉛の塊を引きずるような絶望的な重さを感じた。
だが、死の騎士たちはその足を止めない。
一体目が亡霊馬を降り、鎧の継ぎ目をガチガチと鳴らしながら、重厚な足音を立てて歩み寄る。もう一体は大きく円を描いて外周を回り、瀕死の獲物を串刺しにするべく、再びトドメの突進態勢に入った。
『――ソロプレイヤーSRE-SRE、完全に動きが止まった! 立ち上がることすらままならない! 無慈避な追撃が彼を襲う!』
実況の叫びが遠くのノイズのように聞こえる中、SRE-SREの視界には、自分を挟み撃ちにするべく距離を詰める「二つの死」だけが映っていた。
一体目が大剣を真上から、叩き潰すような予備動作で振りかぶり、
二体目が、背後から音もなく加速し、必殺の突進を開始する。
「……あーもう、……動けよ、これ……っ!」
結弦は、震える手で『灰白の蝕鎌』を逆手に握り直し、石畳の「亀裂」にその刃を力任せに突き立てた。腕の筋肉が千切れるような感覚があったが、構わず体重をかける。
振り下ろされた大剣がSRE-SREの頭部を叩き割る、その寸前。
SRE-SREは突き立てた鎌を「支柱」にして、身体を独楽のように横へと強引に捻り飛ばした。
――ガギィィィィィィィィン!
SRE-SREを通り抜けた二体の騎士の刃が、文字通り正面から衝突する。
凄まじい衝撃波と金属音が闘技場に炸裂し、二体の騎士は自らの突進の勢いに振り回され、互いの武器を噛み合わせたまま大きくバランスを崩した。
「……っ、……いけ……ッ!!」
結弦は、感覚の消えかかった左手の『鉄屑』を、重なり合った二体の武器の「合わせ目」へと、最後のリソースを振り絞って叩きつけた。
【特殊効果:『刹那の残滓』発動】
音が消え、世界がモノクロームの静止画に染まる。
加速した意識の中で、SRE-SREは二体の騎士が、互いの刃の衝撃によって硬直している姿を克明に捉えた。
彼は、もつれる脚を強引に一歩踏み出し、一体目の騎士の背中の鎧を足場にして、泥臭く駆け上がる。
「……終われよ……ッ!」
空中で、右手の『蝕鎌』をがむしゃらに薙ぎ払った。
鎌の刃から溢れ出したドロリとした濃緑の腐食液が、一体目の首の隙間、そして二体目の亡霊馬の顔面へと同時にぶちまけられる。
――バリバリバリッ!
加速が解けた瞬間、腐食の毒に耐えきれなくなった二体の騎士の防具が、一気にボロボロと崩れ落ちた。骨の結合を失った骸骨たちが、断末魔の叫びすら上げられず、光の粒子となって闘技場に霧散していく。
結弦は、そのまま空中で姿勢を制御できず、背中から無様に石畳へと叩きつけられた。
「……はぁ、……はぁ、……はぁ……、死ぬ……っ……マジで……」
仰向けに倒れたまま、SRE-SREは指一本動かせない。HPバーは2割を切り、スタミナは空っぽ。視界の端で明滅する【 WAVE 10 CLEAR 】の文字だけが、その勝利を証明していた。
闘技場に一瞬の静寂が訪れ、その直後。
耳を劈くような大歓声が、実況の声さえも飲み込んで爆発した。




