第11話:バトル・ステージ 其の2
第1ウェーブ。
四方から飛びかかってくる『ブラッド・ウルフ』の群れ。結弦は『黒鉄のローブ』の裾を翻し、最小限のステップでその牙をかわしていく。
一頭が背後から喉元を狙うが、SRE-SREは見向きもせずに『蝕鎌』を背後に突き出し、その勢いを利用して喉笛を裂いた。
「……よし。モーションは第5層の連中より少し速いけど、軌道は素直だ」
淡々と、一頭ずつ確実に処理していく。
モニター越しに見える他のステージでも、大きな混乱はない。ちゃむちゃむの広域魔法が派手に炸裂し、タイタンの重装歩兵が整然と狼を叩き潰している。
第2ウェーブ。
再び魔法陣が光り、現れたのは先ほどと同じウサギ型の魔獣だが、その数は倍近い。
しかし、SRE-SREにとっては「避ける対象」が増えただけに過ぎなかった。彼は密集する敵の群れの中を、まるで最初から道を知っているかのように通り抜け、すれ違いざまに鎌の刃を急所に置いていく。
ここも特に苦戦することなく、静かに光の粒子へと変えた。
第3ウェーブ。
さらに数は膨れ上がり、闘技場の石畳を埋め尽くすほどの魔獣が咆哮を上げる。
「……お、一気に増えたな」
流石に視界の端まで敵で埋め尽くされた光景に、結弦は少しだけ目を見開いたが、その瞳に焦りはない。
『蝕鎌』の腐食効果が、次々と敵の爪や牙を脆くしていく。一度も足を止めることなく、舞うような足捌きで全ての攻撃をやり過ごし、完封。
他のステージに目をやると、数に圧されて防具に傷を負ったり、盾の耐久値を削られているパーティーが散見され始めた。だが、まだ脱落者はいない。
第4ウェーブ。
空気が一変した。
魔法陣から現れたのは、これまでの獣たちとは異なる、二足歩行のトカゲ戦士『リザード・ソルジャー』。
彼らは粗末ながらも鉄製の剣を握っており、その一撃はこれまでの狼たちとは比較にならない重さと鋭さを持っている。
「……なるほど。ここからが本番、かな」
リザードマンの一体が、鋭い踏み込みと共に横なぎの一閃を放つ。
これまでの雑魚敵なら「ただの突進」だったが、これは明確な「技術」を伴った斬撃だ。
SRE-SREは『鉄屑』を左手に構え、その重い一撃をあえて正面から迎えた。
ガギィィン!
硬質な金属音が闘技場に響く。
攻撃力が増した敵に対しても、SRE-SREの集中力は一切途切れない。むしろ、強敵の出現を歓迎するかのように、彼の口角は微かに上がっていた。
第5ウェーブ。
闘技場の空気が、これまでとは質の違う凍てつくような冷気に支配された。
中央の巨大な魔法陣から、ガリガリと硬質な音を立てて這い出してきたのは、全身に欠けた古びた鎧を纏い、漆黒の亡霊馬に跨った巨大な骸骨――『骸骨騎士』だ。
その眼窩には、意思を感じさせない冷酷な青い燐光が宿っている。手にした身の丈ほどもある大剣からは、触れるものすべてを凍てつかせる死の冷気が溢れ出していた。
「……アンデッド系か。第5層のワイバーンほど派手な動きじゃないけど、一撃の『重さ』が桁違いだな」
SRE-SREは『黒鉄のローブ』の裾を直し、得物を握り直した。
骸骨騎士が、声なき咆哮と共に亡霊馬を急加速させる。重戦車のような突進。大剣が空気を切り裂き、結弦の頭上へと叩きつけられた。
――ガァァァンッ!
回避が間に合わないと判断した観客席から悲鳴が上がる。だが、結弦は一歩も引かず、最小限の動きで左手の『錆びた鉄屑』を大剣の「腹」へと添えるように差し出した。
――キィィィィィィィン!
耳を突き刺すような高音が響き、システムがパリィを検知。
【特殊効果:『刹那の残滓』発動】
視界から色が抜け、世界が泥の中に沈んだように鈍化する。
SRE-SREの意識だけが加速し、骸骨騎士が突進の慣性を殺しきれず、鎧の関節部を無防備に晒している瞬間を捉えた。
加速した世界の中で、SRE-SREは距離を詰め、『蝕鎌』の刃を騎士の腰の継ぎ目へと滑り込ませる。
「……そこだ」
加速が解除された瞬間、重なり合った衝撃が爆発した。
『蝕鎌』の腐食効果が骸骨騎士の古びた鎧をボロボロと崩し、骨の結合を内側から腐らせていく。
骸骨騎士が反撃の旋回を試みるが、SRE-SREはすでにその死角へと回り込んでいた。
一度も、掠らせない。一度も、無駄な動きをしない。
数分後、強大な威圧感を放っていた死の騎士は、ただの白い骨の山へと崩れ去り、光の粒子となって消滅した。
SRE-SREがふと、頭上のモニターを仰ぎ見る。
そこには、凄惨な光景が映し出されていた。
【炎姫】のステージでは、ちゃむちゃむが余裕を崩さぬまま杖を振り抜き、最後の一体を見事に焼き払っていた。メインタンクであるガルムの重鎧には数筋の火花が散った跡があるものの、その強固な守りは健在だ。
隣の【タイタン】のステージでも、バズの破砕槌が骸骨騎士の馬ごと粉砕し、規律正しい陣形を維持したままウェーブを終えていた。
最前線の猛者たちにとって、第6層基準のモンスターは、まだ彼らの想定内に過ぎない。
だが、その背後のモニター群では、地獄絵図が広がっていた。
第5層をギリギリで突破してきた中堅以下のパーティーが、骸骨騎士の一撃に盾を砕かれ、回復制限(1ウェーブ1回)を使い果たして絶望の淵に立たされている。
一人が欠け、二人が消え、次々とステージが暗転していく。
そんな喧騒と絶望が入り混じる中で、SRE-SREの立つステージだけが、不気味なほどに静まり返っていた。
彼は荒い息を吐くこともなく、ただ静かに『蝕鎌』の刃こぼれを確認している。
「……ふぅ。やっぱり、馬に乗ってるタイプは間合いの詰め方が独特だな。いい練習になった」
中継カメラが、ふとした拍子にその「孤独なステージ」を捉えた。
実況席の解説者が、手元の端末を二度見し、声を震わせる。
『――え、えー……失礼。ここで一つ、信じられないデータが飛び込んできました。全ステージ中、未だに「被弾ゼロ」を継続しているプレイヤーが一名……。それも、ソロです』
会場の巨大モニターの一つに、SRE-SREのステータスが大きく映し出された。
【 Player Name: SRE-SRE 】
【 HP: 100% / 100% 】
【 Total Damage Taken: 0 】
「……は? 0?」
ちゃむちゃむが、勝利の余韻に浸る暇もなく隣のモニターを仰ぎ見た。
自分たちでさえ、ガード時の削りダメージや衝撃で数パーセントは削られている。ましてや、あの骸骨騎士を相手に、一度も掠りすらしないなど。
「あいつ……あの時のボロボロの……」
最前線の連中が、初めてその「黒いローブの異物」を、明確な脅威として視界に捉えた。
だが、感傷に浸る時間は与えられない。
すぐに次のウェーブが開始される。
第6ウェーブ。
魔法陣から現れたのは、統率の取れたオークの重装歩兵団だった。
これまでの魔獣とは異なり、彼らは巨大な盾を隙間なく並べて「亀甲陣」を形成し、SRE-SREを闘技場の隅へとじわじわと追い詰めてくる。さらに後方からは、正確なタイミングで投槍の雨が降り注ぐ。
「……っ、一匹をいなすと、次の槍がもうそこに来ている……!」
退路を断たれたSRE-SREは、回避のスペースを奪われ、防戦一方となる場面が増え始めた。槍の穂先が『黒鉄のローブ』の裾を激しく掠め、風切り音が耳元で絶え間なく鳴り響く。
一方で、【炎姫】や【タイタン】といった上位ギルドは、これこそが自分たちの領分だと言わんばかりの安定感を見せていた。バズが正面から盾の陣を粉砕し、ちゃむちゃむが後方の投槍兵を火柱で焼き払う。彼らにとって集団戦は「対策済みのルーチン」に過ぎず、危なげなくステージを制圧していく。
第7ウェーブ。
さらに厄介な要素が加わった。モンスターの攻撃に『麻痺』や『鈍足』を付与する状態異常持ちが混ざり始めたのだ。
闘技場全体に、吸い込むだけで神経を焼くような紫色の『毒胞子』が充満する。SRE-SREは激しく動き回りながら、飛来した毒蛾の粉塵を僅かに吸い込み、一瞬だけ膝がガクリと折れた。
【――警告:『微弱な麻痺』状態に移行】
「うっ……。体が、思ったより重いな……」
回避のキレが、コンマ数秒だけ鈍る。その僅かな隙を逃さず、敵の爪がSRE-SREの腕をかすめ、HPバーが数パーセントだけ、初めて削られた。
SRE-SREは顔を歪めながらも、『鉄屑』による加速を強引にねじ込み、麻痺で思うように動かない脚を気力で動かして、薄氷を踏むような立ち回りでなんとかこのウェーブを突破した。
ウェーブ終了のブザーが鳴ると同時に、結弦はアイテムボックスから一本のポーションを取り出した。1ウェーブにつき1回しか許されない、貴重な回復リソース。
「……流石に、このまま次はキツいか」
ポーションを飲み干すと、身体にまとわりついていた痺れが解け、HPバーがゆっくりと最大値まで戻っていく。ふと横のモニターを見れば、他の中堅ギルドも必死の形相で回復アイテムを煽っていた。
――そして、死闘の時間は残酷に過ぎていく。
第10ウェーブ。
闘技場に残り続けているのは、エントリー時のわずか3分の1。
実力不足の者は淘汰され、残ったのは最前線のエリートか、あるいはSRE-SREのような異常な執念を持つ者だけだ。
重苦しい地響きと共に、闘技場の中央に二つの巨大な魔法陣が描かれた。
そこから現れたのは、先ほど結弦が単独で撃破したはずの強敵――『骸骨騎士』が、同時に2体。
漆黒の亡霊馬が嘶き、大剣が重なり合う。
1体でもワイバーン級の脅威を持つ怪物が、完璧な連携を持って左右から迫る絶望的な光景。
観客席が静まり返る中、SRE-SREは脚の感覚を確かめるように一度強く地面を叩き、二振りの獲物を構え直した。
「……流石にちょっと、数が合わないかな」
困ったように独り言を漏らしながらも、その瞳は二体の騎士の「重なる瞬間」を冷徹に見定め始めていた。




