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夜の貴族街に老若男女の声が響き渡る。
「ラビンちゃーん!」
「隠れてないで出てらっしゃい」
「みんな心配してるよーっ」
シュバルツも合流し、手分けしてラビンを探していた。
あの夜ラビンが走り去っていった四番街方面を探すエリーナ組と、ファングと屈強な男子生徒で九番街十番街を探す組に分かれている。
「もう一週間近く経っているからな……。無事でいてくれ、ラビン」
呼びかけながら、植え込みや路地裏を確認していく。
夜ということもあり、この探し方ができるのはせいぜいあと鐘一つ分だろう。
「……ん?」
とある屋敷の前の植え込みで、何かが光った気がした。
拾い上げてみると、桃色の飾りがついたネックレスである。
エリーナはこのネックレスに見覚えがあった。女子会をした日、寝る前にラビンが「絡まるから」と外して枕元に置いていたものにそっくりだ。
「…………」
顔を上げる。エリーナの考えを察したシュバルツが口を開いた。
「ここはアマンド伯爵の屋敷だ」
「伯爵の評判は?」
「少なくとも表向きは特に問題を起こしていない、ごく普通の貴族家というのが世間の印象だろうな。ただ——」
一拍置いてシュバルツは言葉を継いだ。
「アマンド伯爵の次女が、あのリリスだ」
「――!」
客を騙して昇級のための人体実験をやっていた三級魔法使いのリリス。彼女の悪徳サロンは未だ放棄されたままで、彼女自身もあれ以来姿を見せていない。意外なつながりだった。
(新緑祭のパレードでは見かけなかったから、クビになったのかもしれないが)
いずれにしろ醜態は伯爵が極限まで表に出さないようにしているだろうから、エリーナが知らなくても無理はなかった。
あらためて、桃色の可愛らしいネックレスに目を落とす。
「ラビンがここを通ったことには間違いないはずだ」
植え込みをよく観察すると、柵の金網に点々とベージュの毛が引っかかっている。
「ラビンの髪の色と同じだ」
「……兎の匂いがする」
「担がれていたとしたら、ちょうどこの高さに頭が来るな」
裏門を挟んで反対側の柵にはないことから、屋敷の中に連れて行かれた可能性があるとエリーナは判断した。いったん五番街の広場に戻り、九番街方面を探していたファングたちと合流して報告する。
「ラビンを攫っていったい何になるってんだ? 金を持ってるわけでもないし」
一人が言うと、シュバルツが答える。
「獣人は売買の対象になりやすい。兎は特に熱心な愛好家がいるから、コネクションがあれば高く売れる」
「……」
狼獣人のシュバルツが言うと説得力があり、訊ねた少年は黙った。
「で、でも。ラビンちゃんはコット子爵様のメイドなのよ。子爵様が怒るんじゃないの?」
「たかが獣人メイドだと甘く考えているか、子爵と伯爵では伯爵のほうが位が上だ。そもそも攫った時点では所属を把握していたかどうか分からない」
「かわいそうなラビンちゃん。運が悪かったのね……」
夜中に泣きながら歩いている無防備な兎獣人。比較的治安がいい貴族街という油断もあって、悪者に攫われてしまったのだろう。
エリーナの脳裏にはそんな光景が浮かび、握り込んだこぶしに力が入る。
「大丈夫。屋敷の中を調べてみる。ラビンがいたら必ず助け出す」
「ならあたしに任せてよ」
手を上げたのは猫獣人のニャメロンだった。エリーナよりひと回りほど年上の彼女はすらりとした手足を組んでエリーナを見上げている。学校ではいつも照明に近い席を陣取り、ぽかぽかとした温かさでうとうとしている姿が印象的な一方、計算が得意で算数の小テストではいつも一番をとっている。ちゃんと言葉を交わすのは初めてだ。
「忍び込みには自信があるんだ」
「なーにが自信だよ! こそ泥をやってただけだろ」
ファングが茶々を入れると、ニャメロンはフンと鼻を鳴らした。
「こそ泥じゃない! 新聞にも載ったんだよ! ネロリ公爵家の仕事はあたしがやったんだ!」
「ニャメロンは泥棒だったのか」
エリーナが言うと、彼女はせせら笑って自分のぶち模様の尻尾を撫でた。
「なにさ? 軽蔑した?」
「いいや。誰だって道を誤ることはある。大切なのはそこから何を学ぶかだ。あなたは罪を償って学校に通い、やり直そうとしてるんだろう」
そんなことを言われると思わなかった、という表情でニャメロンは細い目を瞬かせた。過去を話せば誰だってよそよそしくなるのが当たり前だった。傷ついたのも最初だけで、今やもう慣れっこになっていたのに。
「それに、魔法を使わずにものを盗み出せるなんてとてもすごい」
エリーナがいたずらっぽく笑うと、ニャメロンは顔を赤く染めた。
「ぬ、盗みを褒めるなんてどうかしてるわ! 数年ぶりだから手際の保証はないからねっ」
「頼りにしているぞ」
そうしてアマンド伯爵家への侵入計画がどんどん出来上がっていく。
「じゃあ俺が屋敷の前で騒ぎを起こして引きつける」
「わたしたちも野次馬に交じって時間を稼ぐわ」
「儂は裏門近くで見張りをやろう」
次々できそうなことを手を挙げるクラスメイトたち。幼すぎたり年を取りすぎている者も、この広場でみんなの帰りを待つという。
「……ラビンはいい友達を持ったな」
思わずエリーナが呟くと、ファングが答えた。
「俺たちみたいなのはダチだけが財産みたいなもんだ。昔悪いことをやってようが関係ない。助けて助けられて、お互い様でやってる」
「助け合い、か」
とても素敵な言葉だ。エリーナは胸が温かくなった。
「よし。みんなで力を合わせてやり遂げよう!」
まずはアマンド伯爵家の正門近くでファングたちが騒ぎを起こす。
その隙に裏手からニャメロンが屋敷に侵入。中の様子をうかがい、怪しい場所やラビンを発見したら合図を出す。最終的にエリーナが救出役を担うという計画だ。
「……最初からお前が入ったほうが早いんじゃないか?」
シュバルツがそっと声を潜めると、エリーナは首を横に振った。
「私を過大評価しすぎだ。だだっ広い王城とはわけが違う。私は侵入のプロじゃないから姿は消せても気配までは消せないし、表でうまく騒ぎを起こせる演技力もない。バレていいなら立ち回れるが、そうではないだろう? みんな大したものだよ」
度胸があり、友達のために迷わず行動する。ひとりひとりの力は小さなものなのに、互いを補い合うことで大きなことを成し遂げようとしている。
エレンディラに欠けていたものを、エリーナはまた一つ見つけられた気がしていた。
――そうして二十三の鐘が鳴ると同時に作戦が始まった。




