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「火事だーッ! 今こいつが火をつけるのを見たぞ! 誰か来てくれ!」
そんなファングの叫び声を確認したニャメロンは、屋敷の中でバタバタと慌ただしく足音が移動するのを確認し、裏口の前に忍び寄った。
もちろん本当に屋敷に火を放ったのではなくて、通りのゴミを集めてボヤを起こしたに過ぎない。十分に騒ぎ立てて火を消したあとは、「おまえがやったのを見たぞ」「俺じゃねえ」という喧嘩で注目を集め続ける作戦だ。
正面門から真後ろに位置する北側。たいていの屋敷はこの位置関係に使用人や出入りの業者が使う裏口がある。アマンド伯爵家も例外ではなかった。
ニャメロンは猫獣人特有の忍び足を生かして二人の守衛の後ろに回り込み、狙いすました手刀で首の後ろを打つ。
「「ぐはっ」」
崩れ落ちた守衛を素早くエリーナとシュバルツが回収し、目隠しと猿轡をして縄で縛り上げた。ポケットから鍵の束を取り出してニャメロンに放り投げる。
「サンキュ」
ぱしっと軽快に受け取ったニャメロンは黒いマントをひるがえして仕事に移る。迷いなく一つの鍵を使って中に身体を滑り込ませ、そっとドアを閉じた。
(都合の悪いものを隠すのは、屋敷の奥か地下って相場が決まってるんだ)
真夜中で屋敷の中は当然薄暗い。ファングがうまく人の目を引きつけているおかげで静かだ。夜目をきかせ、天井の梁の上に飛び乗り、ニャメロンは素早く探索を進めていく。
(怪しい場所にはだいたい鍵がかかってる)
もともとついているプライバシーを守るための簡易的なものではなく、明らかに別で備え付けた錠前が。
それを目印に扉をチェックしていくと、案の定地下で特殊な錠前が掛かった部屋を発見した。
天井から吹き矢を放ち警備を眠らせて、音もなく着地する。
堅牢な分厚い木と、それを補強するように打ち付けられた鉄の板からなるドア。一般的な錠に加えて、八つの数字が書かれた錠前も掛けられている。
「よくあるウォード錠と、こっちはアハトロックだね」
魔法使いを擁する家だから、魔法錠だったらニャメロンの手におえなかったが。これなら勝負できると確信し唇を舐める。
まずはよくあるウォード錠を、道具を使ってサクッと解除する。
問題はアハトロックだ。廊下の左右を確認し、冷たい石床に膝をつく。
アハトロックの特徴は四つだ。まず、錠前についたボタンは八つであること。暗証番号は四桁であること。同じ数字は使えないこと。そして暗証番号はつねに固定であること。
つまり事前に設定された四つの数字を押すことで開く錠前だ。
(もしこの中にラビンがいるとすれば、世話の必要があるからね。番号を知ってる奴らには何でもないが、部外者には開けづらいこの錠を選んだってわけだ)
アハトロックは道具を使って開けることは難しい。正しい番号を割り出し、正規の方法で開錠する必要がある。
ニャメロンは氷のように冷たい錠前を手に取る。
これだけ大きな扉を守っているのだ。錠前はずしりと重たく、彼女を拒むように沈黙していた。
「ふん。ニャメロン・ブラックテールにかかれば、開けられない鍵なんて無いんだよ」
アハトロックの側面には、番号に関係のないボタン――つまり番号を揃えて開錠するときに押すボタンが一つ存在する。
ニャメロンはこのボタンを押しながら、錠の正面にあるゼロから七の数字を押し始めた。
指先の感覚を研ぎ澄ませると、八つの数字のうち二つは、押す際に僅かな抵抗を感じた。
「……なるほどね。一と五は除外」
抵抗があった数字は除外する。
これはアハトロックの構造を考えれば当然の現象だった。開錠時に横のボタンを押すとシャックルが飛び出ることから、たとえ施錠状態であっても、このボタンを押すとシャックルに対して上方向に力が加わることになる。間違った数字を押すと飛び出そうとするシャックルを止める内部機構が働くから、ボタンに押しづらさを感じるという理屈だ。
これが暗証番号に含まれる数字だと、内部機構をすり抜けることができるから、抵抗を感じない。
つまり残る六つの数字が番号の候補になる。
「同じ数字は使えなくて、四つだから。十五通りを試せば正解があるってこと」
十五通りなら一つ一つ試したって大した時間はかからない。錠前は七、三、六、二を押し込んだところでガチャリと音を立てた。
ニャメロンは息を殺してドアを薄く開く。
廊下と違って中には部屋の真ん中に小さなランプが一つあるだけ。かび臭い湿った空気が鼻を突き、僅かな衣擦れの音が聞こえる。
「ああ、やっぱり……」
ニャメロンは口元に手を当てて、思わず声を漏らした。
廊下から差し込む松明の灯り。そこに浮かび上がった光景は――。
いくつもの小さな牢に入れられた子供たちだった。
◇
ニャメロンが屋敷に入ってしばらくすると、エリーナが握りしめる水晶が淡く光った。
「合図だ! ニャメロンが何かを発見した」
「わかった。俺はここでこいつらを見張っている。くれぐれも気を付けるんだぞ」
「頼んだ」
エリーナはその場で一回転し魔法で姿を消す。屋敷に入ると水晶の光が強くなる方向に向かって進み、地下のとある扉の前にたどり着いた。
冷え冷えとした石床には大きな錠前が落ちている。ここで間違いないだろう。
けれどもすぐに違和感を覚えた。ニャメロンの気配が無い。それどころか生臭い、嫌な臭いが鼻を突いた。
警戒しながら、少し開いている扉の隙間から中に視線を向けると。
(――!?)
胸を貫かれて倒れているニャメロンと、氷のような表情で見下ろしている男性がいた。




