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夕方。各々の情報収集の結果を報告しあったエリーナとシュバルツは、「ラビンの依頼を叶えるのは難しい」という見解で一致した。カイレンには心に決めた女性がいて、それは揺るぎないものに感じたからだ。
シュバルツに関してはその相手がエレンディラだということまで知っていたが、エリーナには伝えなかった。個人的な複雑な気持ちは置いておいたとしても、いま自分から伝えるのは違うと思ったからだった。
「今夜、学校でラビンに伝えるよ。申し訳ない気持ちでいっぱいだ」
うなだれるエリーナをシュバルツが励ます。
「もともと人に頼むようなことじゃないんだから気にすることない。……それでも悪いと思うんなら、何か別の形で応援するのはどうだ?」
「と言うと?」
「おまえだったら、困った時どういうものがあったら頑張れる?」
「そうだなあ……? あまり困ることがないけど、うーん。でも疲れたときは、あなたの美味い食事があると頑張れるな」
「!」
シュバルツの耳がピンと上がり、ゆらゆらと尻尾が振れる。じわじわと赤くなる顔を隠すように、彼は顔を背けた。
「そういうことを、急に言うんじゃない」
「問題あるのか?」
「……いや。……でも一つだけ教えてくれ。カイレン王子にも、こういうふうに褒めたりしてるのか?」
「どうだろう? いちいち覚えてないからな。ただ、あの青年もなかなか頑張っていると思うぞ」
シュバルツは非常に複雑な表情を浮かべたが、今ではないというように小さく首を振った。
「とにかく、おまえが美味しい食べ物で元気になれるんなら、菓子でも作って渡してみるのはどうだ?」
「なるほど! いい考えだ!」
昨日のお泊り女子会でラビンはチップスを美味しそうに食べていた。兎獣人は野菜が好きだから、野菜を練り込んだものにしてみてはどうだろうか。
料理の経験はないから自分にもできるかどうかが心配だった。
「生地をつくって揚げるだけだから難しいことはない。調薬ができるんだから同じだ。味付けは岩塩を振ればいいが、ソースを作ってもいいんじゃないか。今、レシピを書いてやる」
「助かるよ」
店をしばらくシュバルツに頼み、エリーナは魔法ではなく手を動かしてお菓子を作った。なんとなく、自ら手を動かして一から作る方が思いがこもるような気がしたのだ。
なんとか出来上がったお菓子を味見すると悪くない気がする。シュバルツにも食べてもらい合格を貰うと自信がついた。
「すまない、ラビン。でも私たちは友人なのだから、きっとわかってくれると信じている」
綺麗にラッピングしたお菓子を鞄に入れて、エリーナは学校に向かった。
◇
授業が終わるとラビンのほうからエリーナの机にやってきた。
「昨日はすごく楽しかった! また女子会しようねっ」
「あ、ああ。実はラビン、依頼のことで話があるんだ」
「えっ! もう何か進んだの!?」
「ここだと人がいるから、外で話そう」
期待に目を輝かせるラビンを見てエリーナの胸は沈んだ。心の底からエリーナを信じ切って疑わない彼女をこれからがっかりさせることになる。
けれども明日、明後日と先延ばしにする方が不誠実だと思ったのだ。昨日の今日であればまだショックも軽く済むかもしれない。
大聖堂の外に出ると適当なベンチに並んで腰を下ろす。空は曇り、星は見えなかった。
「エリーナっ。早く聞かせて!」
「じ、実は……」
ぎゅっと鞄を掴みながら、エリーナは口を開いた。
「カイレン王子は側妃を求めていないみたいなんだ。力になれなくてすまない」
「えっ、そうなの?」
ラビンは丸い目をさらに丸くして、口元に手を当てた。
「でも……もう少しよく調べてみたら道があるんじゃない? 諦めるのが早いと思うの」
確かに一日も経っていないから、適当に調べたと思われても仕方がない速さだった。
けれどもエリーナは当の本人に確認しているのである。第三者からシュバルツも同様の内容を聞いているので、これは紛れもない結論なのだ。
「かなり信頼できる情報源にあたってみたんだ。だから、これ以上はどうしようもなくてだな……」
「情報源って?」
「……えーと、それは……」
まさか本人だと言えるはずもないし、ファリーダの名前は勝手に出していいのか分からない。シュバルツに確認してこなかったことを後悔して口ごもっていると、ラビンの瞳にふっと影が差した。
「……もしかしてエリーナ。本当は応援してくれてないの?」
「は?」
まさかそんな風に見られているとは思わなくて、エリーナは間の抜けた声を出した。それがさらにラビンの癇に障ったようだった。
「あなたもカイレン様のこと、好きなんでしょう。だからいじわるをするのね?」
「ち、違う。誤解だラビン」
エリーナは鞄からお菓子の包みを取り出した。
「これ、作ってきたんだ。力になれないけど、少しでも元気を出してほしいと思って」
「……何?」
「昨日チップスを美味しそうに食べてくれただろう。あれはシュバルツが作ったものだけど、作り方を聞いて私が――」
「そうよ! シュバルツ君がいるのにっ!」
その勢いと声色で、エリーナはまた何か良くないことを言ってしまったのだと息を呑む。
「どうしたんだラビン。シュバルツが何だって? 落ち着いて」
興奮している彼女をなだめようとしても、「カイレン」や「シュバルツ」という言葉が出るたびに顔を赤くして語気を強めた。
「シュバルツ君と一緒に住んでるのに、カイレン様も手に入れたいの? どれだけ欲張るのよっ!」
「よ、欲張る? 何か誤解していないか。二人は友人のようなもので、やましいことは一切ない」
「……うそ。カイレン様ともご友人なの?」
虚を突かれた表情のラビン。はっとしたエリーナは額に手を当ててうなだれた。
「……すまない。隠すつもりじゃなかったんだ。こういう依頼が初めてで、私もどうしたらいいか分からなくて……」
「――っ。あたしのこと、影で笑ってたんでしょ。身分不相応な兎獣人だって、カイレン様とシュバルツ君で!」
「そんなことしない! 私は心からラビンを——」
「もう聞きたくないっ!」
ラビンは両目いっぱいに涙をためて、ぐいっと包みを突き返した。
「こんなのいらない! エリーナのこと、親友だと思ってたのに!」
グズッと大きく鼻をすすると、彼女は自分の鞄をひっ掴んで立ち上がる。真っ直ぐにエリーナを見すえ、心底軽蔑した表情で叫んだ。
「もう絶交よっ!」
夜の街に駆け出していき、すぐにラビンの後ろ姿は見えなくなった。
追いかけようと足を踏み出したエリーナだが、すぐに迷いが生じる。
(追いかけたところでどうする? 彼女の信頼を失ってしまった。何を言っても傷つけるだけじゃないか?)
こういうとき、どうしたらいいかエレンディラは知らなかった。
今まで誰かを引き止めたことなどなかったし、殺意以外で追いかけたこともなかった。
友人ができたことさえも初めてだったのだ。
「…………」
しばらくその場に立ち尽くしていたが、突き返されたお菓子の包みに目を落とすと、とぼとぼと引きかえしたのだった。




