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両頬に手を当てて、恥ずかしそうに告白したラビン。
エリーナは一瞬息が詰まり、思わず聞き返した。
「カイレン……王子の側妃になりたいと言ったのか?」
「そうよ。恥ずかしいからあんまり言わないで!」
正直、予想もしていなかった依頼である。なにかを直してほしいとか、トラブルを解決してほしいとか、そういうことかと思い込んでいた。
ラビンはもじもじとクッションを揉みながら続ける。
「新緑祭のパレードでお姿を見て、一目惚れしたの。あの方こそ運命の人だわ。獣人はそういう直感が強いのよ」
「顔に惚れたのか」
「全部よ! 立ち振る舞いも何もかも素敵じゃない。世界で一番の魔法使いだっていうし、非の打ち所がないわ!」
初対面で致死的な魔法をぶっ放されたことがあるエリーナは、ラビンの浮足立った言葉に賛成しかねた。確かに見た目は人間離れした美しさだが、性格は少々、いや結構癖がある気がする。
「もちろんわたしはただの兎獣人で、お屋敷勤めのメイドだよ。分不相応な願いだってわかってるけど……。将来的にはたくさんの側妃を召し抱えるのだから、そのうちの一人ぐらいにはしてもらえるんじゃないかと思うの」
「……」
確かに先日のパレードでは、側妃の詰め合わせみたいな馬車が何十台も通っていたが。
まさか身近な友人があの中の一人になりたいだなんて、エリーナは不思議な気持ちだった。
「ねっ、よろず屋は困りごとを助けてくれるんでしょ。引き受けてくれるよね?」
「あっ、ああ……」
初めてエリーナは曖昧な返事をした。いつものように「もう心配するな」なんて言えない。ラビンは気のいい兎獣人だが、カイレンが気に入るかは別だ。それに上手く言えないが、心のどこかでそういう問題じゃないような気もしている。
「ありがとう! わたしたち今日から親友だよっ!」
感激してぎゅっと抱き着いてきたラビンを受け止めると、エリーナは小さく「親友……」と呟いた。
◇
夜も更けていたためラビンはエリーナの部屋に泊まり、早朝にスキップしながら仕事に向かった。
エリーナはというとなんと一睡もできず、眠い目を擦りながら彼女を見送った。
「……大丈夫か? 話が盛り上がったんなら余計なお世話だが」
シュバルツが心配すると、エリーナはため息をついた。
「実は苦手分野の相談を受けてしまってな。恋のキューピッド役だ」
「相手は?」
「カイレンだ」
「……なるほど」
彼はすぐにエリーナの苦悩を察したようだった。
「どうしたものかな」
「そういうのは自分でどうにかするもんだろ。甘ったれの兎獣人が」
「こらこら、そんなことを言うな。相手は王子なんだ。自分でどうこうできる相手じゃない」
「俺はあいつが本当に王子なのか、今でも疑問だけどな」
毎日よろず屋に通いつめ、隅っこで大人しく本を読んでいるカイレン。エリーナが魔法を使うとなれば嬉々として依頼についてくるし、なにかとシュバルツにちょっかいを出しては小競り合いを起こす。両親の仕事を邪魔する少年と言った方が正しいんじゃないか、とシュバルツは思っている。
エリーナは頭を抱えた。
「うーん。まずはカイレンが側妃を募集しているか確認したほうがいいか? 本人に探りを入れてみるしかないか」
「あいつに気遣いは要らないだろ。俺たちには王城や貴族のパイプもないし……」
そこまで言って、シュバルツはふとある人物のことを思い出した。青い髪に着崩したコック服。アイシャを探しに王城に潜り込んだときに知り合った毒見役で、確か名前は――。
(ファ……ファリーダだったか?)
つかみどころのない変わった人間だったが、親切にしてくれたことには違いない。暇そうにしているわりにアイシャのことを覚えているなど周りのことをよく見ていたから、カイレンの婚姻に関する情報も持っているかもしれない。聞き込む価値はありそうだ。
当てがあることを告げると、エリーナはホッとした表情を浮かべた。
「そうか! ありがとう! 私もカイレンに探りを入れてみるが、シュバルツも情報を集めてくれると助かる」
「恋愛相談はお断りって張り紙を出そう。結婚相談所じゃないんだ」
「まあまあ。お互いに気に入れば、幸せの手伝いをしたことになるんだから。私たちの仕事は依頼人を笑顔にすることでもある」
「……おまえがそう言うなら。でも、あんまり人を信じすぎるなよ。おまえの良心につけ込んで、私利私欲を満たそうとする奴が出てくる」
「付け入れるほどこの私に良心があるのなら、それは嬉しいことだがな」
「おい」
本気で言っているエリーナに釘をさすと、シュバルツは偽貌の霊薬を携えて王城に向かう。
エリーナはふと店内の片隅にある椅子に目を留める。どこからともなく持ち込んできて、いつもカイレンが座っている椅子だ。王子らしい豪華なものではなくて、素朴なよろず屋の店内に馴染む簡素なもの。
(……根は優しいやつだってこと、私は今でもそう思っているぞ)
だからこそ、カイレンの私的な部分に踏み込むのが憚られるのかもしれない。
とはいえ王族である以上いつまでも独り身を貫くのは無理な話だ。
どうしたら彼とラビンにとって一番いい形を見つけられるだろう?
やっぱり一番難しいのは魔法で解決できないことだなと、改めてエリーナは頭を悩ませるのだった。




