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長らく更新が止まってしまい申し訳ありません。
今日から本作のコミカライズが始まりました。漫画は咲野日暮先生です!
今後は毎週水曜更新で執筆していきたいと思うので、どうぞよろしくお願いいたします。
賑やかな新緑祭が終わり、日常を取り戻した王都グランリーフ。
よろず屋にも客足が戻り人助けに勤しむ毎日だ。
一つだけ以前と違うのは、閉店後にエリーナが出かけるようになったこと。
「じゃあ行ってくる!」
「暗いから気をつけろ。夜食を用意しておく」
「いつもすまないな。助かるよ」
鞄を背負ったエリーナが向かうのは五番街にある大聖堂。そこに付属する小さな学校だ。さまざまな事情から公的な学校に通うことができない子供や、学びの機会を得られなかった社会人などを対象にした、早朝と夜間に開く学舎である。
迷宮イベントで手に入れた優先入学券を使って、さっそく通い始めたのだった。
(勉強は難しいが、知らないことを学ぶのは楽しい)
エレンディラだったときは、教師に教わることは何もないからと、学校にはほとんど通わなかった。その後旅に出て実際に経験することでの学びは得たが、すべての判断基準が「自分が気に入るかどうか」だったから、常識というものが欠如したままなのである。恵まれない者に輪廻を繰り返していた時代も、まともに教育を受けたことは無かった。
今こうして弱き者を助けることに人生を捧げるようになって、世の中の常識や善悪の判断基準を身に着ける必要があると、痛切に感じていたのだった。
「みんな、おはよう!」
もう夜だが挨拶は「おはよう」である。
元気よく教室に入ると、クラスメイトたちがエリーナを囲むようにして集まってくる。
「おはよう、エリーナさん」
「よろず屋のお仕事、ご苦労様。あたしはこの後出勤だけどね」
「昨日の宿題、難しかったな。孫に教えてもらったんだ」
寝ている赤ん坊を背負った母親。
飲み屋での出勤に備えて化粧と服装をバッチリ決めている少女。
仕事を引退して学び直しに来ている老人。
雇われている主人に教養をつけろと指示されて通っている獣人。
性別や年齢、種族はさまざまだ。そんなクラスメイト約二十人と、エリーナはあっという間に打ち解けていた。
エレンディラだったころの唯一と言っていい美点といえば、エレンディラは出自で相手を差別をすることはなかった。というか自分が魔女族という希少種で、秘境のような国で育ったから、悪く言えば彼女自身がとんでもない田舎者だったからである。彼女からすれば皆等しく馴染みのない存在だった。
――ただし、「気に食わないから」という理由で出自を問わず理不尽な目にあわせたことは数えきれないほどあるが。
「私も宿題が終わらなくて、ずいぶんシュバルツの助けを借りてしまった。小テストが怖いよ」
怖いものなどないエリーナだったが、今は授業の最後に行われる小テストが大敵だった。エレンディラにいじめられた王侯貴族が耳にしたらひっくり返るような話だ。
「はい、皆さん。授業を始めますよ。席について」
教科書を抱えた教師が前側の入り口から入ってくる。かつて王都の一流学校で教鞭をとり校長まで勤め上げたベテランで、老後はこうしてボランティアで働いているらしい。穏やかで優しい雰囲気を醸し出しているが、眼鏡の奥の目は意外と厳しいということをエリーナは知っている。小テストの採点に妥協は無い。
「宿題の提出は済んでいますね? では、算数から始めましょう。教科書の三十五ページを開いてください」
◇
算数、国語、社会学の三教科を終えると、一日の学習はおしまいだ。
教師が教室から出ていくと、生徒たちはくたびれた様子で一斉に喋り始める。
「やべー、半分も理解できなかったわ」
「小テスト、鬼畜すぎじゃない?」
「ふぁ~、眠い。とっとと帰って寝よ」
あと鐘が二つ鳴れば日付が変わるという深夜なのだ。さすがのエリーナも頭を使って疲弊していたが、充実感のほうが大きい。
「今日もなかなか歯ごたえのある内容だった。しかし、これでこそ学校だ。私は今日、また一つ知っていることが増えたぞ」
「エリーナちゃんは前向きね」
「何でもかんでも簡単にいったら楽しくないからな」
「いやいやいや。俺たちみたいなのは、何でもかんでも上手くいかないの間違いだろ」
「……そうだな。そういう状況から抜け出すためにも、知識は武器になる」
「武器って! おまえって変わってるよな! いい奴だけど!」
不良じみた少年はガハハと笑ってエリーナの肩を叩くと、ボロボロの教科書を小脇に抱えて教室を出ていった。
他の生徒もあくびをしながら帰宅の用意をする。エリーナも鞄に教科書とプリント類をしまい、席を立つと。
「ねっ、エリーナ!」
声をかけてきたのは、白く長い耳とふわふわの巻き毛が可愛らしい兎獣人。クラスメイトのロゼ・ラビンだ。
好奇心旺盛な性格で、エリーナが初登校した日には、一番最初に話しかけてくれた人物でもある。それ以来なにかと雑談する仲になっていた。
「ラビン。途中まで一緒に帰るか?」
気安く訊ねると、なぜかラビンは少し恥ずかしそうな顔をした。
「あのね……このあとって、時間ある?」
「今からか? もちろん、特に予定はないけれど」
「ちょっと相談したいことがあるっていうか、依頼と言ってもいいのかもしれないんだけど……」
珍しく歯切れの悪いラビンに首をかしげる。
「人に聞かれたくない話か? 昼間は屋敷勤めがあるんだったな。今からで大丈夫だぞ」
「ほんとう!? ありがとうエリーナ! 大好きっ!」
どこか飲み屋のような場所に移動しても良かったが、シュバルツが夜食を作って待っていてくれていることを思い出して、エリーナはこう提案した。
「うちに来ないか? 夜食をつまみながら話そう」
「女子会ってことね! いいじゃない!」
”女子会”というはしゃいだ言葉に馴染みは無かったが、ラビンが楽しそうだったので悪い意味ではないのだろうと思う。
ラビンを連れて帰るとシュバルツは驚いた顔をしたが、夜食をエリーナの部屋に運ぶと「ゆっくりしていってくれ」と言い残してドアを閉めた。
「……ねえねえ! シュバルツ君ってすごいイケメンだね!? あんなに男前な狼獣人なかなかいないって! しかも料理もできるんでしょ。もうスパダリじゃんっ!」
興奮するラビン。兎獣人なのに狼獣人が怖くないのだろうか、なんてエリーナはちらりと考える。
「何考えてるかわかるわよ、エリーナ。兎獣人なのにって思ってるでしょ」
「参ったな。その通りだ。不快な気分にさせたらすまない」
「いいのよ。実際、だいたいの兎獣人はそういうものだから」
ラビンの口ぶりからすると、自分はそうではないということになる。彼女はシュバルツが作った薄いチップスにたっぷりソースをすくい取ると、大きな口を開けて頬張った。
「う~ん! とっても美味しい!」
「シュバルツの料理は最高なんだ」
ぱくぱくと口に運び、唇の端にソースを付けたラビンはニヤリと笑ってエリーナに顔を寄せた。
「エリーナって、いつシュバルツ君と結婚するの?」
「結婚? そんな予定はないぞ」
「あ、まだ自分たちのやりたいことを優先するって感じ?」
「まだっていうか、ずっとその予定だけれど」
「え? でも付き合ってるんだよね?」
「違うが」
「……」
「……」
ロビンはこめかみに手を当てた。
「ごめん。ふたりは恋人同士じゃなかったの?」
「シュバルツは家族だ。シュバルツがいつか自分の家族を持つようなことがあれば、全力で応援したい」
「そうだったのね。わたしの早とちりだった」
ホットミルクを飲むと、ラビンは足を整えて座り直し、胸にクッションを抱えた。
「それでね、相談というか依頼のことなんだけど。エリーナは、困っている人のお願いを叶える仕事をしているんだよね?」
「そうだ。なんでも遠慮なく話してくれ」
ランプの灯りに浮かび上がるラビンの頬は、ほんのり赤く染まっていた。
「笑わないで聞いてね。……わたしをカイレン様の、側妃にしてほしいの」




