第20話 事故から1ヶ月
ハンモック施設を取り巻く大学の構内を、一周すると6キロのマラソンコースになる。
ほぼほぼ山道の森林のフィールドアスレチックになっており、そこを走っている沙織。もう何周か回っていて、額から汗が吹き出して滴り落ちている。
その沙織の後ろに一人の男が追いついてきた。トレードマークのメガネを外し、長めの髪の毛を後ろに結んで、スポーツウエアを着ているフランシスであった。
そして沙織の横に並んでくるフランシス。
「調子はどうですか?」
「・・・」
並ばれた沙織、速度を上げる。
フランシスも負けじと速度を上げて並走する。
「毎日、走っているんですか?」
「・・・ハンモックの船体が爆破して1ヶ月。訓練が再開されないので、怠けていると体が鈍る」
沙織、息があがりながらも返事を返す。
「ご迷惑かけて申し訳ない。資金が思ったように調達出来ていません。そのため補修作業がだいぶ遅れてしまっている」
「船体の作業以外の訓練は再開しないの?」
「消失したバックアップのプログラムが欠損したままで修復出来てないからです。機械類を動かすのは、まだまだかかります。・・・でも新たに入れたプログラミングのバグ取りが、もうじき終わりますので、プールでの活動やバギー運転などの訓練は始められるでしょう」
「・・・こんな時に私たちがいうことではないかもしれないですけど、パイロットの体力維持管理はシビアです。早くしてください」
スピードを上げる沙織。
「わかってます。わかってます。本当に申し訳ない」
負けじと付いていくフランシス。
大学の校舎を横に折れ、ハンモック施設敷地内に入り、キラキラドームにたどり着くと、足を止める沙織。ストレッチをしながら息を整える。
目の前にあるキラキラドームの横壁は、ぽっかりと穴を開け、内部からは鉄骨が外に伸びる植物のように突き出ている。
「凄いわ。ほんと派手に壊れている」
少し遅れて着くフランシスも沙織に並び、同じように息を整える。
そんなフランシスを見つめ、少し感心する沙織。
「結構ついてくるね」
「一応まだ鍛えているんで」
「何のために?」
「体力維持です。これでも昔はパイロット希望だったんですよ。そのなごりというか習慣で、自分の体力が落ちていくのが悔しくて。体を動かさないとイライラしてくるんです」
そんな沙織たちの横をトラックが通過してキラキラドームに入って行く。
復旧作業が続けられていて、壊れた物を出したり、調査計器を入れたりして、出入りしている。
沙織もトラックのあとに続き、壊れたキラキラドームに入る。
キラキラドームの中央に花ビラが開いたように広がったハンモックの船体。その周りに爆発のために吹き飛んだ計器や補助機械が、まだ散乱している。
動線確保のために壁や端に運ばれているが、調査活動のために、まだ片付けも終わってない。
3分の1が喪失したハンモック船体に、たくさんの整備士や作業員が、とりついて調査をしている。これじゃまだとても修復に移れないだろう。
「まだまだこんな状態か・・・」
後をついてきたフランシスが、そばの給水所でコップに水を入れて沙織に渡す。
「ありがとう」
広がった船体の壁が、意外に薄いのに気がつく沙織。それを察知して解説してくれるフランシス。
「宇宙船の壁は薄くて軽い素材でできているんです。250度の太陽光とマイナス270度寒気から、搭乗員を守れればいいので、それほど強度は要求されてないんです。それに重さの問題があって、宇宙まで持っていくのには膨大なコストがかかる。最軽量化しパッケージリングしないとロケットが何台あってもたりません」
広がった壁をよく見ると断熱材とハニカム構造の鉄骨であることが判る。
「・・・この開いた壁のおかげで、圧力が逃げて操縦室が守られた。私たちは無事、生き残ることが出来た」
「圧縮酸素爆発は凄まじく、船体の3分の1が破壊してしまいました。これは全て作り直しに近い状況です」
本当に船体を作っている骨組みの鉄骨が、ひしゃげて曲がり、再利用は難しそうだ。
「で?どうするのフランシス」
「残念ですが資金の問題で、前の規模まで復元するのは無理でしょう。 この後は規模を半分にし、宇宙訓練の基本を中心にして訓練を変えていくつもりです」
「 それでも 訓練には船体はいるわよね?・・・・これを直す金と時間はかかるでしょ?」
「そうですね。・・・でも頑張ります」
いつものクールな顔と違い、ニコニコと陽気で目の輝きを失ってないフランシス。こんな大きなトラブルであっても、めげてない。
「・・・それで、さっきからついてくるけど、何かよう?」
「あ、沙織には、もう一度、謝っておこうと思って」
フランシスをみる沙織。
「何を謝るの?」
すると申し訳なさそうに話し出すフランシス。
「エスケープシステムの増設を伝えなかったこと。・・・すまないと思っています」
船体のはがれた骨組みを指さし
「秘密裏にあらかじめ壁を切断しておき、もしものために脱出用のゲートとして機能するために数箇所、小型発火装置で爆発させて壁が吹き飛ぶようにしておきました。ハンモック内部の人間が外部にエスケープできるように改造したのです」
説明した場所を見る沙織。
「・・・当初はあんなものは着いてなかったわよね?あの装備はいつから?」
「フィリップがみつけたデーター改ざんの指摘から、サポタージュの可能性と察知し、すぐに着工しました。もし何かトラブルを発生させてくるなら船体の訓練中だろうと予測し、船体でエマージェンシー陥った場合、操縦室、寝室、工作室やドッキングルームから、すみやかに逃れられるよう、4方向に脱出できる外壁解放エスケープオプションを作ったのです」
外壁が広がり花が開いて見えるのは、4方向すべてが作動し、その方向にエスケープルートができたためであった。
「ありがとうございます。そのおかけで命が助かりました。・・・では」
立ち去ろうとする沙織を追いかけるフランシス。
「怒ってますか?」
「別に。・・・仕事ですから」
歩く沙織に歩きながら話すフランシス。
「いや本当にみなさんに伝えておかなかったのは悪かったと思っている。しかしサボタージュの人間に知られたくなかったので秘密にせざるえなかった」
沙織、立ち止まるとキッとフランシスを睨みつけ、
「事故が起きてから教えられても遅いのよ。爆発は回避できず、その爆発でさえ、たまたま指令室が耐えて私たちの命が助かっただけでしょ?それに圧縮酸素爆発だって、壁の爆発が誘爆して起きたんじゃないの?それって私たちが助かったのは単なる偶然って話よね?・・・でもね。そんな事より私が許せないのは・・・フランシス、あの時、なぜギリギリまで『待った』をかけたかということよ」
「・・・それは乗組員のエマージェンシー対応を確認したかったから」
目を伏せる沙織。
「やはり私たちの命が実験材料にされたということね。・・・作戦はわかったわ、理由も了解した。これが軍の仕事なら命令は絶対です。言われたまま死んでも行きます。・・・しかしこれは事業のプロジェクトでしょ?名誉も糞もない単なる宇宙イベントじゃない。どうしてそれが成立するわけ?」
「・・・」
「フランシス、はっきり伝えておきます。これからトラブルで自分の命に危機が及んだ場合、そちらの命令は無視します。生存のために自分の能力を全て動員して行動していくためです」
改めて沙織の前にたち、頭を下げるフランシス。
「本当に済まなかった。ケケもジンも怒りまくっていたよ。沙織がリーダーじゃなかったら命令を無視したと言っていた。私は沙織に感謝している。・・・しかし我々は未知の宇宙活動において、何かトラブルが起きた場合は、その対応方法を探るのはとても重要なオプションなのだ」
さらに語尾がきつくなる沙織。
「だからさっきから言ってるじゃない。そちらはビジネスで動き、私たちを駒としてデーターを取ればいい。だけどこれからは、そちらからの意見は提案とみなし、こちらは自分たちで決定した行動を優先しますので、そのつもりで」
沙織に突き放されて、いい返せないフランシス。
「おーい、フランシス、いいところに来た」
頭上から声がして見上げると、ハンモック船体の外壁鉄骨に登り、調査しているフィリップが見下ろしている。
「これだ、これが原因だ。こんな規格外のB級品を付け替えやがって、これじゃすぐにバルブがいかれちまう。抵抗値やリミッターの制御なんてぶっ飛んで天井しらず垂れ流し状態になるぜ」
事故調査をしているフィリップが、そういいながら外壁の足場を渡って降りてきて、手にしたものをフランシスに見せる。
「これは?」
「圧力弁気圧確認プラグ。ここの吸い口から入った空気の気圧を確認して、信号を送るプラグ装置。これが原因の一つだ。・・・こんなチャチな部品なら、すぐに断線。これがフリーになっちまえば酸素がたちまち数十倍の量にかわる。その上、いくら気圧が高くなっても信号を送らないから、誰も気が付かないまま進んでいき、異常が感知された時には制御不能だ」
見ると20センチぐらいの円筒の機器の周りがショートで焦げた後がついている。
そしてフィリップ、船体を指さし、
「それと外部装置の吸気バルブにも問題があったぜ。全部で6つ。全部最大の量を送れる口径まで開き、制御なしで、いくらでも吸い込めるように全開放になっていた。これなら供給量はいくらでも確保できる」
「しかしこれらはパルテノンの事故を踏まえて、強度のあるものが指定されていたはず・・・」
「だからこれは単なる部品調達のミスではない。誰かが故意に部品をつけ変えなきゃ、こんな規格外の物が付くはずない。・・・それに伴い、これを制御させているプログラムも改ざんされているだろう」
「そうだな、そうじゃなきゃシステムセキュリティが検知してしまう」
「バルブが飛ぶ。電信機器の破壊。これは誰かが故意に行わなきゃ起きないことばかり」
「やはりサボタージュの決定か」
「それも重要なセキュリティにタッチできる資格の人間でなきゃ、ここまでやれことは出来ない行為ばかりだということ」
苦虫をかみしめる表情のフランシス。飲み干したコップを握り締める。
「・・・」
沙織、そんなフランシスを見て、冷めた表情。
「それじゃ」
フランシスが握りつぶした飲み干したコップを受け取り、自分のに重ねて、立ち去る沙織。
そんな沙織を見ているフィリップ。
「沙織はどうした?なんかあったか?」
「どうやら本気で怒らせてしまったようだ」
「そりゃ怒るってもんだ。沙織はあんたの言葉を信じて、みんなを止めたのだから。・・・もしあれで一人でもケガをするようなことがあったら、リーダーの責任。責任感が強い沙織なら、ここをやめてしまってもおかしくないぜ」
「しかしあれはサボタージュが原因で起きた事故で、それは沙織のせいでもなんでもないじゃないか」
フィリップ、改めてフランシスの顔を見つめ、
「おいおい、フランシス。まだ沙織の性格をわかっていないのか?」
「・・・」
ドームを出て、隣の隣の宿舎&トレーニングルームの建物に向かう沙織。
「待ってくれ沙織」
再び沙織に追いついてくるフランシス。
「しつこいですよフランシス」
「沙織、どう謝ればいいんだい?」
冷たい目を向ける沙織。
「わからないですか?」
「わからない。教えてほしい」
必死に見つめるフランシス。
「・・・私たち飛行士は命をかけてます。命令を受けて全力で遂行しようとします。そしてそれが『死ぬ確率が高いミッション』になったとしても、了解したのであったら、最後までやり遂げようとチャレンジしていきます。・・・あの時、みんなは続けようと言った。しかし私は、『私を呼んだ』時のフランシスの情熱を信じ、従った。もしかしたら何かやり方があるのかもしれない。打開する作戦があるのかも知れない。だから私たちは命をかけた。あなたを信じて命を預けた。でも・・・」
沙織、フランシスの顔をしっかり見る。
「あなたたちが取った行為は、私たちも知らない別の方法。新たに作られた脱出用の機械と隠していたエスケープ・ルート。・・・確かにあの時、あなたたちのやり方で私たちの命は助けられた。しかし同時に私たちは裏切られた。そして『自分たちの知らない何かがある』ことを知った。・・・フランシス。今まであった信用が砕け散っただけです。ただそれだけです」
「沙織、私たちが再び信用されるにはどうしたらいい?」
「もう無理です。壊れたものは戻りません。ただこれから一緒にやっていくなら、・・・貴方も命をかけてください」
冷たく見つめる沙織。
「わかったよ。約束するよ沙織」
手を差し出す沙織。それを握るフランシス。
沙織、それを握り返すと、微笑みながら手を引き、
「フランシス。たんなる言葉で終わらないでくださいね」
立ち去る沙織。
建物に入ると宿舎階にはいかず、3階のトレーニングルームに入る沙織。
USBをメインコンピューターに差し、沙織自身の身体データーファイルを出す。あらためて身体情報のデーター計測を始める沙織。
肺活量、呼吸器。心電図、血圧と進めて行くが、その間、何かムズムズして落ち着かない沙織。
「出来るだけ、静かに対応したけど・・・・あー、腹が立つ。なんだか無性に腹が立つ」
胸筋を鍛えるトレーニング機器・チェストブレスに座り、思いきりレバーを引き倒す。持ちあがるワイヤーに繋がれた後方の重りがガチャンガチャンと音を出して上下する。
「ネチネチとしつこいんだよ。さっさと態度でしめせっていうんだよ。うおりゃー、うおりゃー」
ガシガシと胸筋鍛えのレバーを引っ張り、ストレス発散しようと過激に動かしていると、
「おー、ここにいたか沙織」
いつものパイロットスーツではなく普段着すがたで、スーツケースを押したケケがやって来る。
「なんだか荒れてるようだな沙織」
「別に。なんでもないわ。・・・・で?ケケ、どうしたの?どっか行くの?」
いつもと違うカッコのケケの服を見つめて指差す。
「うん。・・・今日、国に戻ることになったんだ」
「ブラジルに帰るの?急だね」
「それが急ではない、この前から言われていたことなんだ」
「わかった。いつまで経っても始まらない訓練に腹を立てて、嫌気がさしたんでしょ?」
「いやそんな単純なやつじゃなく、国の方の事情なんだよ」
「え?国ってブラジルがどうかした?」
「ああ。このところブラジルはインフレが凄くてな。ついに限界がきて軍の一部が暴発し、政府を占拠した」
「クーデター?」
うなづくケケ。
「革命だ。ブラジルはこれから新しい政権が発足する。その政権の方針として宇宙開発はストップ、国力を資源開発に舵を切るそうだ。・・・ベネゼエラ、ガイアナ、最近はどこも石油の採掘がブームで、どこの国もオイルマネーで潤いだしている。うちも海岸沿いにプラントが急ピッチで採掘を始めた。今は宇宙なんかより、稼げて儲かるオイルビジネスをブラジルの主軸にして、全面的に採油国になろうと考えているらしい」
「もともとブラジルは石油の埋蔵量が凄いって噂されていたものね」
「そして『おまえ、遊んでないでブラジルに戻れ。軍のために働け』だってさ。冗談じゃないぜ」
少し呆れ気味なケケ。
「でもブラジルは『これから宇宙が世界産業になる』乗り遅れるなって・・・」
「確かに、そういう機運はまだあるが、しかしいつ再開する判らない宇宙開発なんて待ってられないんだ。『周りの他の国においてかれるな』今はそっちが大問題なんだよ」
「ケケはブラジルに帰って石油掘り?」
うなづくケケ。
「ブラジル最大の埋蔵地は海の中なので、今まで技術が無く手が出せずにいたが、日本や世界の海上汲み上げの技術が進化して、入って来てくれたおかげで採算が合うレベルになってきた。埋蔵量の多さからいうと、ブラジルはベネゼエラ、その他を抜く採掘国になれるだろう」
「すごいね。儲かったらまた宇宙に投資してよ」
「おお、儲かったらね。しかし今は無理だな。クーデターでブラジルの経済は不安定。ハイパーインフレのために紙幣の価値がなくなって紙切れになっている。どうにもならない・・・そんなブラジルは金を出せないな」
「でもフランシスが続けるって、・・・ブラジルに出して欲しかったな」
「どこも苦しいのさ。前から言われていたが、今回ので戻らざるを得ない。・・・こっちも国から支援を受けている以上、国の決定には従わなきゃならない。悲しいかな。夢を見ている場合じゃない。・・・ブラジルは、一度撤退だ」
ケケ、声をひそめて
「それに、・・・誰もがこのプロジェクトを諦めている。フランシスは融資を求めた国々から断わられたと聞く。・・・それに今回のあの事故は、パルテノンと同じ『船体爆破』だ。それもサボタージュで引き起こされた。もしかりに復旧できたとしても、また事故が起きる可能性は否定できない。いくら命をかけるといっても、サポタージュで死ぬのは御免だ」
手を差し出すケケ。ケケの手を取り、握手する沙織。
「俺の夢もストップさ。さようならだ、沙織」
「クーデターに巻き込まれないでね」
「気を付けるよ。今、ブラジルの汚職の酷さは。それはそれは凄まじい。新しく政権についた奴らが金儲けに走り、利権やその他の生臭い話になっている。
それに巻き込まれると命の取り合いがはじまり・・・」
と、言いかかった言葉を飲むケケ。
どうやらケケは、少し巻き込まれているようだ。
「・・・宇宙は夢がある。未来がある。沙織は未来を目指せ。宇宙にあがったら、地球を見てくれよ。ブラジルから手をふるから」
「そんなの見えないよ」
「何言ってんだ。いまは地上が30センチまで見えるだぞ。頑張って振るから見てくれよ」
「わかったわ、座標を送って」
「オッケー。アデオス沙織」
「プッシュ、プッシュ、オッケーね」
「そう絶えず、チャレンジチャレンジ。プッシュあるのみだ」
ケケが出した拳に沙織も拳を出しぶつけると、納得したように笑顔で去っていくケケ。




