第一話「水の中の怪物」・2
後半です。
冷たい風がどこかの隙間から吹き込み、雫の青い髪の毛をなびかせる。
「……ない」
〈ん? 何か言ったか?〉
「僕はお前を許さないッ!!!」
そう叫ぶと同時に急に雫の体から大量の魔力が溢れ出した。その異常な魔力の上がりように瑠璃と博士の二人は驚きを隠せないでいた。
――な、何なのだ……あの異様な魔力の量は!? 信じられない…とても記憶を消されているとは思えない。だが、奴は確かに記憶を消されているはずだ。でなければ、やつの親がどうしていないか、その理由を知っているはずだ。
博士はそう言って雫の様子を窺った。しかし監視に集中しすぎて博士は一瞬、機械の操作をすっかり忘れてしまっていた。その隙を雫は逃さなかった。
「くらえぇぇぇええええええええええ!!」
〈ぐっ!! 無駄なことを…。所詮貴様にはこの私の発明品を破壊することなど出来はしないッ!!〉
「ふん、そんなのやってみないと分からないぞ?」
雫はそう言って片手に持っている武器の槍に魔力をまとわせた。それを見ていた瑠璃が心の中で思った。
――あれは…強力な水の魔力!? 凄い…。あんなの並大抵の人間は愚か素人にもムリで、相当な熟練者じゃないと出来ないのに…。まさかこれが十二属性戦士の実力?
瑠璃は一瞬、雫がカッコよく見えた。
その時、雫が年下ではなく年上に見えたので、瑠璃は慌てて首を振った。
「雫、頑張れぇぇぇぇぇぇ!!」
気付けば瑠璃は知らぬ間に雫にエールを送っていた。
「分かった!! これでキメる!!」
〈図に乗るな……ガキが! 所詮貴様は記憶を失った人間…。貴様ら十二属性戦士が仮に揃ったとしてもあの麗魅様には決して勝てはしないッ!!〉
悪役が最後の死に際に残すような博士の言葉を聞きながら雫は武器を振るった。
「お前のその言葉……僕達が必ず覆してみせる!!!」
〈な……ま、待て…早まるなぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!〉
「もう遅いッ!!」
雫は命乞いの言葉など完全無視で博士の乗った機械の動力源を突き破った。
ドグシャッ!!
それと同時に動力源が暴発し博士を乗せたまま機械は大爆発を起こした。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!」
ハンセム博士はその大爆発による爆風で機械の外に放り出され神殿の壁にぶつかった。
「ぐっ……おのれ、まさかこの私が貴様のようなガキに負けるなど…」
「残念だったね…。だけど、これでもう終わりだ! 僕の勝ちだね…」
雫は笑顔で言った。
「くっ…私は負けなど認めないぞ!」
「負けは認めなくてもいいけど情報ははっきり吐いてもらうわよ?」
瑠璃が腰に手を当て言った。
「ふん…拷問でも何でもやるがいい! …と言いたいところだが、生憎今日は都合が悪いのでな…」
そう言って博士は白衣を着た上着の下にあるジャケットのチャックをジジジ…と下げ懐から球形の玉を取り出した。
「こうなればお前達も道連れだ!!」
「お姉ちゃん危ない!!」
「きゃっ!」
ドガァァァァァァァァァァァァァァァン!!!
大きな爆発音が鳴り響き、地盤の緩んでいた床が一気に抜け落ちた。それと同時に瑠璃と雫の二人はその穴から水の中に飛び込んだ。
しかしその時、雫の右側の額に拳程の大きさの岩がぶつかった。
「ゴボッ!!」
――雫っ!!
さっきまで雫に抱きかかえられていた瑠璃は、額に岩がぶつかって気絶してしまった雫を抱えて湖の水面まで泳いだ。するとその途中で何やら光る石を見つけた。瑠璃はそれに気付き何だろうと思いながら手に取りそのまま水面に浮上した。
「ぷはぁ! ……雫、しっかりして!!」
瑠璃は、額から少量の血を流している雫に呼びかけながら岸まで泳いで運んだ。
「はぁはぁ…。しずく、雫!!」
瑠璃は何度も何度も雫の名前を呼ぶが一向に目をつぶったまま目を覚まさない。
――どうすればいいの? こういう時やっぱり人工呼吸しないといけないのかな?
頭の中で必死に考えたが、焦りなどで上手く思考回路が回らない。
――四の五の言っている場合じゃない…早く雫を助けないと!
そう決心した瑠璃は雫の胸に右手と左手を重ねるようにして置き、体全体を使って人工マッサージをした。そして思いっきり新鮮な酸素を体に含み、息を止め雫の鼻を摘んで口を開き、その口に自分の口を運ぶ。
ドクンドクンと瑠璃の心臓の鼓動が自身に聞こえる。
――どうしたの、私…。相手は確かに男の子だけど年下よ? それに自分の命を省みずに救ってくれた命の恩人…。
様々な思いが脳裏を駆け巡る。
――そういえば私…男の子にキスするのって初めてだ…。ど、どうしよう……こういう形でファーストキスを奪われることになるだなんて…。
瑠璃は頬を赤らめながら徐々に雫に近づいていった。二人の顔が近づいていく……。
と、その時、パッと雫の目が開いた。青い海の様な色の目が瑠璃の瑠璃色の目と見つめあった。瑠璃の顔が一気に赤くなる。
「きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」
バシッ!
「ぶべらっ!!! いっったぁ~い…何するんだよお姉ちゃん…」
「あっ、ご…ごめん。それよりも何も見てないよね?」
涙目で言う雫に、謝罪する瑠璃は大事なことを確認する。
「えっ、何が?」
「あっ、ううん…見てないならいいの」
――危なかったわ…。後もう少しで私のファーストキス奪われるとこだった。
瑠璃は額の汗を拭いながら溜息をついた。
その時、ふと腰の辺りに違和感を感じあることを思い出した。
「あっ、そういえば…さっきこんなもの拾ったんだけど雫何か知ってる?」
「えっ、なになに?」
雫は興味心身に身を乗り出した。
「これなんだけど…」
そう言って瑠璃が手の上に置いたのは不思議な形をした石だった。
「これなんだろう?」
「私にも分からない…。見た感じ何か特別なものなんだと思うけど…」
瑠璃が石を裏に返したりいろんな向きにしてみた。するとある面に字が書かれてあった。
「ここに何か書いてある……えっと、十二属性戦士…水…、記憶、十二人…石板……」
二人の間に沈黙が流れる。
「もしかするとこれって古くから伝えられている十二属性戦士の石板の内の一つなんじゃない?」
「十二属性戦士の石板?」
雫は首を傾げた。
「十二属性戦士の石板って何なの?」
木の切り株を椅子代わりにして座り込み、雫が瑠璃に訊く。
「まぁ要するに、十二属性戦士について書かれた書物……みたいなものかな?」
「書物かぁ…そういえば昔聞いたけど夢鏡国には『王立魔法図書館』があるんでしょ?」
「よく知ってるね!」
瑠璃が感心した。
「だからそこに昔の十二属性戦士のことについて書かれたものがあるんじゃないの?」
「確かに…あるにはあるんだけど…」
「だったら…――」
「でも、それは無理よ!」
瑠璃に断られた。
「えっ、どういうこと?」
「昔から探そうと思っていたけどその度に止められていたの…。お母様やお父様に…」
「どうして?」
雫はますます気になった。
「たぶん…さっき博士が言ってたことと何か関係があるんじゃないかな?」
瑠璃は顎に手を置きながら言った。
「ふ~ん…。一体過去に何があったんだろう…」
「分からない…。そのためにも早く城に戻らないといけないんだけど今は一刻も早く十二属性戦士を探すことに集中した方がよさそうね!」
瑠璃が石板を見つめながら言った。
「とりあえずこれは海底神殿にあったんだから雫に何か関係があるのかもしれないね! しばらく預かっててくれる? その代わり絶対に落とさないでね?」
「分かった!」
コクリと頷き、雫は元気よく返事をした。
「それとその髪の毛切った方がいいね…」
「でもハサミなんてないし…」
雫が言うと瑠璃は平然とした顔で言った。
「ああ…それならあるわよ?」
――なんであるの!?
雫は思わずツッコんだ。
「まぁ、私こう見えても用意周到だからねぇ~!」
腰に手を当てエヘンといった表情を見せながら瑠璃は言った。
「でも髪の毛切ったことあるの?」
「安心して…。私、妹の髪の毛とか切ったことあるから一応慣れてるの」
瑠璃はハサミを両手に持ちチョキチョキとハサミを動かしながら言った。
「じゃあまずは後ろの髪の毛から切ろっか~♪」
ハミングしている瑠璃は、キョロキョロと雫の青い髪の毛を見た後ハサミを入れた。ジョキジョキと草の生えた緑色の地面に青い髪の毛がパラパラと落ちていく。
「へぇ…本当にうまいんだね…」
「えへへ…まぁね」
瑠璃は雫に褒められて嬉しくなったのか笑顔で髪の毛をちょうどいい長さにカッティングしていった。
――△▼△――
場所は変わって水の都『心の湖』のある岸辺…。
「くっ、何とか逃げ延びたが……あの雫というガキ…なかなかの男だったな。ふん! 成長した暁が楽しみだな…」
ハンセム博士は岸から陸に上がり白衣の端をつかむと、ギュ~ッと雑巾を絞るように水気を取った。
「ふぅ…。おのれ!! まぁいい。やつらは気づいていなかったようだが今回の私の目的はあれだけではないからな…。あの爆発によって上手い具合に意識をこちらに向けさせ肝心な十二属性戦士の石板を破壊しろとは……。麗魅様もなかなか無茶な作戦を考えなさる…。しかし、これでやつらに石板は渡らないはず…」
博士はそう言って悪質な笑みを浮かべながらポケットに手を伸ばした。そこから取り出したのは、瑠璃達がさっき持っていた石板と少し違った石板だった。
「これが何なのかはよく分からないが一応持ってきた…。しかし、これは本当に何なのだろうか…。仕方がない姫様に聞いてみるか」
博士は謎の石板を片手に夢鏡城に瞬間移動した。この瞬間移動はハンセム博士自身が考えだしたもので、その移動距離範囲は例えるなら東京都から福岡県までの距離だ。
――△▼△――
ところ変わって夢鏡城…。
平和なだけが取り柄のこの場所は、何者かによって操られている夢鏡城六代目姫君『神崎 麗魅』が支配している。また、雫達を襲ったハンセム博士も麗魅の支配下にある。つまり、この夢鏡城のセキュリティーも麗魅が握っているということになる。何故ならここのセキュリティーは全て博士が管理しているからだ。
夢鏡城は全部で五階建てになっており最上階である五階には王室がある。要するに国王と王女の玉座……。また、レッドカーペットなどもここに敷かれてある(といっても全ての通路にしかれているのだが…。少しばかり幅が長いのがここ王室なのだ)。
この夢鏡城の屋上には大昔から存在する『夢鏡』が置かれ女神が住んでいるとされている。
さらにこの城は電力が全て太陽エネルギーを使用しているためエコ的にもよい。
その他にも四階にあるグリーン・ルームには多くの植物が育てられており、大きくなった木などは城下町に植え替えられる。また、野菜などもここで栽培されている。また、周りはガラス張りのため太陽の光も十分に当たるようになっている。
ハンセム博士は五階の王室の扉前に現れた。目の前には大きな扉が立ちはだかっている。この扉が何故大きいのかは未だに分かっていないが何かしらの理由があるのだと思われる。
ちなみにこの扉は手動ではなく自動で、扉の左側に隠された蓋の中にスイッチがある。
博士はそれを手探りで探し蓋を開くと、中にある赤く丸いスイッチを押した。
カチッ! と音がすると同時に大きな扉がゆっくりと開いていく。扉の開き方は少し特殊で、観音開きのように開くのではなく両方に開く…自動ドアでよくあるスライド式の扉のようになっている。
博士は完全に扉が開ききる前に王室の中に入って行った。恐らく開くスピードが遅いため待つのが面倒になったのだろう。
「姫様…ただ今戻りました!」
「遅いっ!!」
「うっ! …も、申し訳ありません!」
現在博士が謝っている相手がこの夢鏡城六代目姫君で瑠璃の双子の妹である麗魅だ。
「まったく…この役立たずが!」
麗魅は、博士が帰ってくるなりいきなり怒りだした。
「い、いきなり何なんですか!?」
「この映像を見なさい!」
「はぁ…」
博士は麗魅に言われ渋々映像を見た。そこには博士が目を丸くするような映像が映っていた。
「こ、これは…どういうことですか? どうしてやつらが石板を持っているんですか?」
博士は信じられないと言った表情で言った。
「あんたが石板破壊をしくじったっていうことでしょ?」
麗魅は強気な口調で言った。
「ま、まぁそういうことですね…」
申し訳なさそうに博士は言った。
その時、博士はあることを思い出した。
「そ、そういえばこのようなものを見つけたのですが…」
そう言って懐から取り出したのは海底神殿で見つけたという石板だった。
「こ、これを一体どこで見つけたの?」
博士が持ってきた石板を見るや否やいきなり麗魅の目の色が変わる。
「水の都の海底神殿で見つけました…」
「そ、そう…分かったわ。あなたには別の指令を与える……」
「別の指令ですか?」
「ええ…」
麗魅に言われた博士は一体何を言われるのだろうと少しドキドキしていた。
「この石板は後四枚あるの…」
「それは一体何の石板なのですか?」
「知りたい? ……これはね、“あるもの”を封印した時に使用した『封印の石板』よ!」
「ふ、封印の石板!?」
博士は少し首を傾げた。壁に取り付けられた窓が開けっ放しのため、そこから冷たい風が吹き込んでくる。二人の沈黙の間に風が吹き抜け髪の毛や服をなびかせる。
「…つまり、私はその石板を探せばいいのですね?」
「ええそうよ!」
「や、やめなさい!!」
急に二人の会話に割り込んできたのはこの夢鏡城の六代目女王『フィーレ』だ。
ちなみにある特定の人物以外は知らないのだが『太陽の神』でもある。世界四大神の一人で、彼らが生きていた時代からは不老不死の力を得ているため二十歳を超えていれば神も不死になることができる。そのため、彼らは老けない。いつまでも、永遠の若さを保っていられるのだ。簡単に言えば、見た目は若くても実際の年齢はとうに100歳を超えているということだ。
「あなたたちがやろうとしていることはあまりにも危険すぎるわ!」
フィーレが拘束具に両腕を吊るされたまま言った。
「随分とみじめな姿ね女王様…?」
「くっ…麗魅の体を使って一体何をしようとしてるの?」
拘束具に繋がっている鎖がジャラジャラと揺れところどころ錆びついている部分が、キィキィと音を立てる。
「別に何も…ただ私はこの娘が魔女になりたいというからその手伝いをしてやった代わりにこの体をもらっただけのこと…」
「あの子の弱みにつけこんだのね…」
「人聞きの悪い……」
麗魅は少し唇を緩ませ微笑んだ。
「それよりも、あなたにはたくさん聞きたいことがあるの…」
「くっ…私に何をするつもり?」
「安心して…。別に殺したりはしないわ…おとなしく私の言うことを聞いてくれれば……ね?」
「この封印の石板に書かれてあることをしたらどうなるのかその変について詳しく聞きたいの…」
麗魅は封印の石板をキャッチボールの球のようにポンポンと上に軽く飛ばしては受けとめ、飛ばしては受け止めを繰り返した。
「あなたに……話すことなんてなにもな――ぐっ!」
フィーレが断ろうとしたその瞬間、麗魅がフィーレのあごを人差し指と親指で掴んだ。
「あまり調子に乗るんじゃないわよ? あなたの大切なこの娘も…この映像に映っている瑠璃も…今は私のこの手の平の中にあるのよ? 実の娘を危険に晒したくはないでしょ?」
麗魅の淡い紫色の瞳が魔女がよくかぶっている帽子の影になり不気味さを増す…。麗魅の顔に濃い影が出来、何かが起こるかと思われたその時――。
「あの……私はどうすれば?」
博士がオドオドしながら訊いた。
「ふん! あんたはさっさと二枚目の封印の石板でも十二属性戦士の邪魔でもなんでもして来なさい!その代わりしくじった場合はどうなるか分かってるでしょうね?」
麗魅がニヤッと笑いながら右手に不気味なオーラをため込んだ。
「は、はい…」
博士はさっさと瞬間移動してどこかに消えてしまった。
「……さてっと、邪魔者はいなくなったしそろそろ話す気になったかしら?」
「何度も言わせないで…。あなたに話すことなんて何もないわ!」
「ちっ!」
麗魅は軽く舌打ちしフィーレの右手についている拘束具には自分の右手を左手の拘束具には左手を添えて一気にその手から激しい電撃を流しフィーレの体に電撃を与えた。
「ぐぁぁあああっぁあああっぁああああぁぁぁぁ!!!」
「あはは! どう? …これで少しは話す気になった?」
「ぐぅ…絶対に話さない!」
「くっ、往生際の悪い女め…」
一瞬のことだが麗魅の声が男の声に変わった。
「まぁ、いい…。じわじわと自ら話すようにしてくれる…」
――瑠璃…はやく、早く十二属性戦士を…。
フィーレはそう心の中で願いながらふと夢鏡城の天井を見上げた。
――△▼△――
ここは水の都のほとり…。あれから数分が流れ雫の散髪がようやく終わった。
「ふぅ…雫、終わったよ? これですっきりしたでしょ?」
「うん…ありがとう!」
「一応自分の髪型見てみる?」
そう言って瑠璃から手鏡を渡された。
「うわぁ…すごい、本当にありがとうお姉ちゃん!」
雫は自分の髪型を見てうれしくなり瑠璃にお礼を言った。
「じゃあ、そろそろ次の場所に行って十二属性戦士を捜そっか!」
「そうだね!」
こうして瑠璃は十二属性戦士の一人である水属性戦士の『霧霊霜 雫』を仲間にしたのであった……。
というわけで、一話が終わりました。ここまでで出てきた登場キャラは十二属性戦士の一人である雫と、夢鏡城関係者である瑠璃とフィーレと何者かに操られている麗魅とハンセム博士の五人です。実際には道中で瑠璃が出会ったおじさんも含まれますが、主要人物とは関係ないので省かせてもらいました。今はこんなもんしかキャラがいませんが、話数を重ねるごとに人数が増えていきますので楽しみにしておいてください。
次回もさっそく登場キャラが増えます。キャラそれぞれにも様々な過去や秘密が隠されているので、徐々にそれもバラしていきたいと思います。