9話 妹と朴念仁
よろしくお願いいたします。
背後に浮かぶ黒の魔女の姿に、《夢見る羊》のメンバーは驚愕した。
「やっぱり、出やがった!!」
トーニが大剣を抜き放ち、朝の静けさを破るように叫んだ。
「こんな形で肉体を奪っていたとは……予想外です!」
ペソットも杖を構え、張り詰めた警戒を露わにする。
「アーシャ離れて! それはココじゃない!」
ジーナが鋭く叫んだ。
メンバーがめいめいに叫ぶ中、マティルダはココの前へスッと移動した。
自分たちに武器を向けるメンバーたちには目もくれず、背を向けたまま、ココにしがみつくアーシャをじっと見つめている。
そして、ゆっくりとココに視線を移すと、冷たく睨みつけた。
「私にあんな事を言っておいて、この子は何なのかしら……?」
マティルダの声に怒りが混じる。
「やっぱり……やっぱり、おんなたらしだったのね!」
「ア、アーシャは……」
「言い訳は聞きたくない! やっぱりその子に受肉するわ! そして、皆殺しにしてあげる……」
マティルダの目が血走る。
「……え?」
「ち、違う! 勘違いだ!」
「うるさい!」
マティルダの手元で、何らかの呪文の詠唱が始まった。その時——。
「……兄さん、無事だったのね……」
泣きながら、ココの胸元でアーシャが言葉を漏らした。
その声が、マティルダの耳に届く。
「……兄さん?」
マティルダの魔法の詠唱がピタリと止まった。
「そ、そうなんです! 妹です!」
ココは必死に訴えた。
「……妹?」
マティルダは驚き、その身体から殺気が急速に消えていく。
一方のメンバーたちは、ジリジリと間合いを詰めていた。トーニなどは今にも斬りかからんばかりだ。
「み、皆! ちょっと待ってくれ! 落ち着いてくれ!」
ココが朝露の残る草地で声を張り上げる。
「……トーニ、いいか、絶対に斬りかかるなよ!」
ココは剣を下ろせという仕草をしてみせた。
「ペソット、皆を一回下がらせてくれ!」
「……信じろと、この状況で……」
ペソットが戸惑う。
「アーシャ早く離れて!」
ジーナが再度叫んだ。
その時、アーシャが冷静に仲間たちへ語りかけた。
「大丈夫です。この人は兄さんです」
「黒の魔女がいるじゃないか!」
トーニが叫ぶ。
「理由はわかりませんが、兄さんに間違いありません!」
アーシャは自信ありげに言い切った。
「そ、そうなんだ! 説明する! だから、先ずは武器を降ろしてくれ!」
「魔女は動かないけど、どうなったんだ!」
トーニが不審そうに目を向ける。
その頃、マティルダは一人、激しく思考を巡らせていた。
「妹……妹……妹ちゃん……!」
小さく呟きながら固まるマティルダ。
「魔女様! 魔女様!」
ココが呼びかける。
「……ハッ! ご、ごめんなさいね、か、勘違いしてたわ……」
我に返ったマティルダは、顔を赤くしてあたふたと取り乱す。
「……ハッ!! そ、そうね……説明は必要ね……攻撃の意思はないわ!」
慌ててそう言い直した。
ココとアーシャ以外のメンバーは、先ほどまでの圧倒的な恐怖と今の態度のあまりのギャップに、すっかり混乱してしまっていた。
一行は一度野営跡に戻って座り直し、ココから説明を受けることになった。
「で、黒の魔女様に告白したと……」
ジーナが確認するように口を開く。
「……ああ」
ココは恥ずかしそうに答えた。
「で、魔女様はソレを承諾したと……」
「わわわわ……っ! か、勘違いしないで、しょ、承諾なんかしてないわ!」
マティルダは顔を真っ赤にして強く否定する。
「じゃあ、なんで肉体を乗っ取らなかったのですか?」
ジーナはこの手の話が大好きで、完全に主導権を握って質問を重ねる。
男性陣は呆気に取られて黙り込み、アーシャは驚きのあまり顔を赤くして口をパクパクとさせていた。
「こ、この男と相性が悪くて、精神融合が出来なかったのよ!」
マティルダは必死に言い訳を口にした。
(絶対にアノ感情が流れてきて動揺して魔法が失敗した、なんて言えない……)
心の中で頭を抱える。
「魔女様が他の魔法で、俺の守護神みたいな感じになってくれたんだ!」
ココは嬉しそうに語る。
「で、こんな状態になったと」
「そ、そうよ!」
「お前、怖くないのかよ」
トーニが呆れたように口を開いた。
「? 何で??」
「何でって、黒の魔女だぞ?」
「それは誤解なんだ! 魔女様は本当は物凄く優しい人なんだよ! それに、こんなに美しいし!」
ココは照れる様子も無く言い切った。
「なっ! や、優しくないって言ってるじゃない!」
マティルダは顔を真っ赤にして否定する。
「ここまで、早く来れたのも、魔女様が俺を守ってくれたからなんだ!」
「あ、貴方に死なれたら困るって言ったでしょ!」
そんな二人のやり取りを、折れた大木に腰掛け、脚を組んで腕に顎を乗せながら眺めていたジーナ
「ふーん……」
ジーナはニヤニヤと笑っている。この手の色恋沙汰に関する彼女のアンテナの感度は抜群だった。
「し、しかし、伝説の魔女に告白するとは……前代未聞ですね」
ペソットが呆れと感心を込めて息を吐く。
「しかもココは女性に興味が無いのかと、私は思っていたので、それもビックリです」
「えっ!」
マティルダが小さな声を漏らした。
「そうそう、幼馴染だけど、ココが告白したなんて初めて聞いたぜ!」
トーニが笑いながら同意する。
「なっ! アーシャ」
アーシャはまだ話の展開についていけず、コクコクと頷くのみだった。
「え、え……!?」
マティルダは目を丸くした。
「あの、朴念仁のココがな!」
トーニが愉快そうに言う。
(嘘! お、女たらしじゃ無かったの……!?)
マティルダの胸の内に衝撃が走った。
ココは決して飛び抜けた美形ではなかったが、そこまで酷い容姿でもなかった。《夢見る羊》の中級冒険者のリーダーであり、若手の面倒もよく見ていたため、周囲の冒険者たちからの受けは非常に良かった。
若手の女性冒険者の間では密かに人気があり、これまでに何人かの女性から告白されたほどだったのだ。
だが、彼は「一人前の冒険者になるまではそんな気になれない」「冒険者活動が忙しい」などを理由にすべて断っていた。
特に女性に興味が無いという訳ではないが、女性と二人きりになると何を話して良いのか分からず、気恥ずかしい気持ちになってしまうのだった。
陰では、《朴念仁のココ》というあだ名がついているくらいだ。
そう、ココもまた、筋金入りのウブだった。
(エーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!)
マティルダは心の中で絶叫した。
「ふーん」
そこには、全てを察して楽しそうにニヤニヤと笑うジーナの姿があった。
ありがとうございました。




