6話 命脈の鎖
よろしくお願いいたします。
「それでは、《命脈の鎖》の魔法を始めるわ」
マティルダが改まって告げると、ココはぱっと満開の笑みを咲かせた。
「はい!」
「……」
嬉しそうに返事をするココに、マティルダは思わずジト目を向ける。
(なんなのよ、この嬉しそうな顔は……。これから魂を縛られるっていうのに、危機感がまるでないじゃないの……!)
コホン、とわざとらしく咳払いをひとつして、彼女は精神を研ぎ澄まし呪文の詠唱を始めた。
「星霜の彼方より結ばれし理よ。肉を分かち、魂を重ね、ひとつの器にふたつの灯火を宿さん――」
真剣な横顔を、ココはじっと熱い眼差しで見つめている。
その純粋すぎる視線の熱気に背中を焼かれそうになりながら、マティルダは一気に術式を紡ぎ切った。
「――命脈の鎖!!(チェイン・オブ・ライフ)」
術式が完成すると、マティルダの身体から淡く幻想的な光が溢れ出した。
その光はゆっくりと凝縮して小さな光球となり、ココの胸元へと滑るように移動していく。そして、吸い込まれるようにココの胸の中へと消えていった。
痛みはおろか、何かが体内に入り込んできたような感覚すらまったくない。
「終わったわ」
「???」
マティルダの言葉に、ココは不思議そうに目をしばたたかせた。そこには先ほどと何ひとつ変わらない様子で、ふわふわと浮かぶマティルダの姿があったからだ。
「何も変わらないのですね……?」
「そうね。調べてみたら、私の精神はこの迷宮に縛り付けられていたのよ。それを解いて、貴方の魂に結び付け直した感じかしら」
「へー、凄いですね!」
まったく仕組みを分かっていない顔で、ココは感心したように頷く。
「そうね、貴方を中心に20メートルくらいが私の行動範囲かしら」
「はい、質問です!」
ココが元気よく右手を挙げた。
「……どうぞ」
「俺が全速力で駆けだしたら、魔女様はどうなるのですか?」
「私の意思とは関係なしに、貴方に引っ張られてついていくことになるわね」
「マジっすか!」
なんだかすごく嬉しそうに声を弾ませるココに、マティルダは呆れ混じりの視線を送る。
浮かれる彼を戒めるように、マティルダは人差し指を立てて注意を促した。
「あと、絶対に気を付けてほしいことがあるの!」
「なんでしょう?」
「貴方が死んでしまうと、私の魂も消滅してしまうの。だから本当に気を付けてね!」
「せ、責任重大ですね……」
ココは額の汗をぐっとぬぐった。
「まあ、私が守ってあげるから、よっぽどのことがない限り大丈夫よ」
「なっ!!」
ココが突如、雷に打たれたような大声を上げた。
「な、何よ急に!」
「愛する女性を守るのは男の務めです! 俺が貴方を守ります!」
(ふええええええええええええっ!?)
マティルダの顔が一瞬で沸騰し、耳まで真っ赤に染まった。
(よ、よくもまあそんな恥ずかしい台詞を平気な顔で言えるわね! 絶対に女たらしよ! こうやって何人もの女性をその気にさせてきたに違いないわ!)
心の中で必死に警戒警報を鳴らし、ぷいっと顔を背ける。
「あ、貴方に守ってもらう必要なんてないわ!」
「いや、でも!」
「そもそも私は精神体なのよ! 普通の攻撃じゃ死なないの!」
食い下がるココに、マティルダはまくし立てるように説明した。
「精神魔法や、魔法を宿した特殊な武器の類じゃないと私を傷つけることすら無理なのよ。そもそも精神魔法の使い手なんて滅多にいないし、魔法武器なんてもっと希少だわ」
「……」
「それに、私はこの状態でも普通に魔法を唱えて物理的な攻撃ができるの。……ある意味、最強だわ!」
マティルダが胸を張って自慢げに言い放つと、ココは目を丸くして拍手を送った。
「おーっ!」
「だから、私が貴方を守るの!」
「……りょ、良妻」
「か、か、勝手に妻にしないでっ!!」
マティルダが真っ赤になって怒鳴り散らすと、ココは何事もなかったかのようにすんなりと話題を切り替えた。
「まずは、迷宮から出る必要がありますね……」
(コイツ……! 天然なの!? それとも計算でやってるの!? 調子が狂うわ……!)
マティルダが心の中で激しく動揺していると、ココが真面目な顔でこちらを見つめてきた。マティルダは咳払いをして提案を口にする。
「そ、そうね……。貴方の記憶を手がかりにして、迷宮の入り口まで転移の魔法で――」
「あっ! 聞いたことがあります。違う場所へ一瞬で移動できるという上位魔法ですね! やっぱりすごいです!」
興奮気味にキラキラとした瞳で身を乗り出してくるココを見て、マティルダの背筋が凍りついた。
(ま、待って……コイツの記憶に触れるのはダ、ダメよ……! またあの『好きだ』とか『可愛い』とか、あの恥ずかしすぎる感情に触れることになる……!)
先ほどまでの強烈な記憶がフラッシュバックし、マティルダは滝のような冷や汗を流した。
「や、やっぱり転移はやめておきましょう! 今の私の力では座標が安定しない可能性があるわ……!」
「そうですか……」
ココは少し残念そうに肩を落とす。
「し、失敗して、壁の中にでも転移したら一巻の終わりよ!」
「そうですね! さっきもたくさん失敗してましたもんね」
「誰のせいよ!!」
満面の笑顔で核心を突いてくるココに、マティルダはキーッと声を荒らげた。
「そうすると、二人で六層から入口まで戻る必要がありますね」
ココは何事もなかったかのように腕を組み、真面目な顔で考え込む。
「俺たち、五人で六層まで来たので……」
「そこは問題ないわよ。今の私は本来の半分の力しか出せないけれど、貴方たち五人分よりずっと強いわ」
マティルダが腕を組み、ふんと鼻を鳴らして胸を張る。
「罠とかもありますよ?」
「索敵があるから問題ないわ」
「おお……」
ココが素直に感嘆の声を漏らす。
「では、早速向かいますか?」
ココが身支度を整えようとすると、マティルダが制止の声をかけた。
「少し仮眠を取ってから行きましょう」
「俺は大丈夫ですよ」
「魔法を何回も失敗……」
マティルダは口元を押さえ、慌てて言い直した。
「――慎重に魔法を何度も使ったから、かなりの時間が経っているはずよ。丸一日は寝ていないと思うわ……」
「……」
「だから、少し休んだ方がいいわ」
「や、優しい……」
ココは頬をほんのり赤らめて、感激したように呟いた。
「し、慎重に事を進めたいだけよ! 貴方に死なれたら困るって言ったばかりでしょ!」
(くっ……! そうやってすぐ無防備に喜ぶんだから……騙されないわよ!)
「そ、そうなんですね……。何だか興奮気味で眠気なんて吹き飛んでいたので」
「そうね。貴方は色々な意味で頭を冷やして休んだ方がいいわ」
「休みは交代で取りますか?」
「私は大丈夫! 精神体だから寝なくても平気なの」
「え~、そんな~、一人だけ寝るなんて申し訳ないですよ……」
恐縮するココに、マティルダは業を煮やして怒鳴った。
「大丈夫だって言ってるでしょ! いいから寝なさい!」
「すいません……」
ココは素直に頷くと、剣を抱えて壁際へ腰を下ろし、背中を預けた。
「少し経ったら起こすわ」
「了解です。おやすみなさい、魔女様」
よほど疲労が溜まっていたのだろう。ココは目を閉じてから数分も経たないうちに、すうすうと規則正しい寝息を立てて眠りについた。
すっかり寝入ってしまったココの無防備な寝顔を、マティルダは静かに見つめる。
「まったく、調子の狂う男ね……」
マティルダは大きくため息をついた。
(女たらし……のはずよね? なのに、寝顔まであんなに無邪気だなんてずるいわ……)
(でも……男の人とこんなに長く話すのは初めて……)
これまでにココと交わした会話の内容や、ストレートにぶつけられた好意を思い出し、マティルダの顔は再び一気に熱くなった。
彼女は両手で真っ赤になった顔をぎゅっと覆い隠す。
「あーーーーーーもうっ!」
静かな迷宮の隠し部屋に、ウブな魔女の叫びが響き渡った。
ありがとうございました。




