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5話 妥協案

よろしくお願いいたします。

それから、丸一日は経っただろうか。

迷宮の隠し部屋の中、マティルダは何十回と精神融合の魔法を試みていた。

だが――そのことごとくが失敗に終わっていた。

「ハァ……ハァ……ハァ……っ!」

マティルダは床に四つん這いになり、力なく項垂れている。

どれだけ心を無にしようとしても、術式を繋げた瞬間にココの純粋かつストレートな好意――という名の強烈な熱量が頭蓋を満たし、耐えきれずに術が弾け飛んでしまうのだ。

「……魔女様、少し休憩されてはいかがですか?」

心配そうに顔を覗き込んでくるココに、マティルダは息も絶え絶えに怒鳴り返した。

「う、うるさいわね……! ハァ、ハァ……っ!」

「ですが、大丈夫ですか? かなりお辛そうですが……」

「だ、誰のせいだと思っているのよ!」

ビシッと指を差され、2人の間にしばしの沈黙が流れる。

「……やはり、俺が悪いのでしょうか」

ココは耳を垂らした大型犬のように、しょんぼりと肩を落とした。

「ハァ……ハァ……」

「原因は何なのでしょうか?」

「げ、原因なんて分からないわよ! 貴方との相性が悪すぎるのよ、相性が!」

(恥ずかしすぎて魔法に集中できないだなんて……死んでも言えないわ……!)

マティルダは心の中で頭を抱えた。

一方のココは、深く責任を感じた様子で深々と頭を下げる。

「……すみません。お役に立てず、申し訳ございません」

「あ、貴方が完全に悪いってわけじゃないわよ!」

あまりに素直にしょげ返るココを見て、マティルダは慌ててフォローの言葉を口にした。

「わ、私もちょっと本調子じゃないだけよ! ほら、500年ぶりだし!」

(な、なんで私がフォローしなきゃいけないのよ……! そもそもコイツの精神が破廉恥すぎるのがいけないんじゃないの……!)

自分の不甲斐なさとココの真っ直ぐさに振り回され、マティルダの心境は限界寸前だった。

「どうしますか?」

ココはどこかのんきな調子で首を傾げる。

「……ちょっと待って。他の方法を考えるわ」

古代魔法王国が誇った魔導の叡智は、現代のそれとは比べものにならないほど膨大であり、その知識の多くが天才魔女マティルダの頭の中に眠っていた。

(精神融合が無理なら……別の魔法を使えばいい)

マティルダは記憶の奥底を探り、使える古代魔法を検索し始めた。

「……たとえば、魂の一部だけを接続する《命脈の鎖》なら……」

「これしかない、かしらね……」

「それは、どういった魔法なのですか?」

ココが身を乗り出して不思議そうに尋ねてくる。

「簡単に言えば、一つの身体に二つの魂を宿すのよ」

「?」

「つまり、貴方の身体を拠り所にして、私の魂を憑依させるってことよ」

「??」

ココは眉間に皺を寄せ、さらに首を傾げた。

「あーもう! 私が貴方の背後霊みたいな存在になるの!」

「俺には、俺の意識があるのですか?」

「あるわ」

「貴方と今みたいにお話はできるのでしょうか?」

「できるわよ」

「迷宮から外に出ても、貴方は消滅しないのですか?」

「しないわ」

「……ということは、いつも一緒ということでしょうか?」

マティルダは恥ずかしそうに頬を染め、自分の髪を指先にくるくると巻き付けた。

「……そ、そ、そうなるわね」

マティルダは思わず視線を逸らす。

「…………」

「…………」

数秒の静寂の後――。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「きゃあっ!?」

ココが突然大絶叫し、マティルダは驚きのあまり飛び上がった。

「やったーーーーーっ!」

「ご褒美じゃないですか!」

両手を突き上げて歓喜の舞を踊るココに、マティルダは目を丸くして狼狽する。

「な、なんでご褒美なのよ!?」

「だって! 貴方とこうしてお話ができて、ずっと一緒に居られるんですよ!?」

「最高じゃないですか!」

満面の笑みで飛び跳ねる青年に、マティルダの顔は一瞬で沸騰した。

(こ、コイツーーーーーーーーッ!? なんでそんな台詞を素面で平気で言えるのよ!? やっぱり生粋の女たらしだわ! 騙されないんだから……!)

胸の奥が激しく高鳴るのを必死に抑え、マティルダはわざとらしく咳払いをした。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 問題があるのよ!?」

「はい?」

「私単独で私の肉体を探すことができなくなったってことよ!」

「はい?」

「つまり、貴方が私の身体を探す旅に協力する必要があるの!」

「はい!」

ココは眩しいほどの笑顔で即答した。

「わ、分かっているの!? 危険を伴う旅になる可能性が高いのよ!?」

「はい。何か問題でも?」

「だから、危険だって言ってるじゃない!」

「ん? 冒険者を目指した時から、危険に身を置く覚悟はできています」

ココは胸の前でビシッと親指を立ててみせた。

「……」

「それに、貴方と旅ができるなんて……」

「あーーーーーっ、最高だーーーーーっ!」

ココは両手を広げ、天を仰いで満面の笑みを浮かべた。

(う、嘘でしょ……息を吸うように口説いてくるじゃないの……! これまで何人の女の人に同じことを言ってきたのよ……!)

マティルダは真っ赤になった顔を手で覆い、もはや返す言葉も見つからない。

「長い旅になると良いですねぇ〜」

「最短よ! さ・い・た・ん!!」

のんきなことを言うココに、マティルダはキーッと怒声を上げた。

「あ!」

その時、ココが何かに気づいたように手を打った。

「な、何よ!」

「貴方の身体を取り戻すことができたら……」

ココはもじもじと頬を赤らめる。

「……不届きなことでも考えてるんじゃないでしょうね?」

マティルダは眉をひそめ、激しい警戒の眼差しでジト目を作った。

「ち、違います!!」

ココは千切れんばかりに首を横に振る。

「身体を取り戻した暁には……貴方の手に触れてもよろしいでしょうか?」

上目遣いで、恥ずかしそうに指先を絡めるココ。

(なっ……! 嘘をおっしゃい! さっき精神融合したとき、心の中では『キスしたい』だの『胸に触りたい』だの、それ以上の破廉恥なことを考えていたじゃないの!)

(殊勝な顔をして……だ、騙されないわよ! こいつ絶対に手慣れた女たらしなんだから……!)

「い、いいわよ……! 無事に身体を取り戻したら……約束するわ」

「やったーーーーーっ!」

大喜びで飛び跳ねるココに、マティルダは赤面をごまかすように怒鳴る。

「いちいちうるさいわね!」

「でも、それ以上は絶対に無しだから! や、約束よ!!」

「???」

ココは意図がまったく呑み込めず、ぽかんと首を傾げた。

「あっ!!」

「今度は何よ!?」

「身体が戻った暁には、俺は殺されるのでしょうか?」

今更になって心配そうに尋ねてくるココに、マティルダはさらにヒートアップした。

「殺さないわよ! 私を殺人鬼みたいに言わないで!」

「てっきり、身体が戻ったら、世界を破壊するとか、征服するのかと思って」

ココは頭をかきながら苦笑いする。

「フン! そんな面倒なことするわけないでしょ!」

「興味ないわ!」

「魔女様は、本来の姿に戻ったらどうされるおつもりで?」

マティルダは少し口ごもり、宙を見つめて考え込んだ。

「……今がどんな世の中になっているのか知らないから、その時になってみないと分からないわ」

「そうですよね……」

「でも、許されるなら……静かに魔法の研究をしたいわね」

かつて魔法に没頭していた日々を懐かしむような横顔に、ココはふわりと優しい笑みを浮かべた。

「やっぱり、貴方は悪い魔女ではありませんでしたね!」

「全力で協力します!」

「…………っ!」

一片の濁りもない、太陽のように真っ直ぐな瞳で見つめられ、マティルダの心臓が大きく跳ねる。

(な、なによその目は……! 女たらしのくせに、どうしてそんな純粋な目で笑うのよ……!)

警戒しているはずなのに、胸のざわめきを抑えきれず、マティルダはまたしても言葉を失って顔を真っ赤にするのだった。

ありがとうございました。

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