4話 黒の魔女はウブだった!
よろしくお願いいたします。
「一目惚れしました」
ココは事も無げに、堂々と言い放った。
「…………」
マティルダの思考が完全に停止する。
数秒の後、彼女の白い肌が一気に赤く染まり始めた。
「な、な、何を、い、言っているのよ……!?」
先ほどまでの圧倒的な強者感はどこへやら、マティルダは両手をバタつかせて激しく狼狽した。
そんな魔女の様子を意に介さず、ココはすっきりと清々しい笑みを浮かべる。
「言いたい事は言いました。さあ、始めてください」
「は、始めてくださいって……! ちょっと、今の状況を分かっているの!?」
「はい! さあ、どうぞ!!」
「な、な、な……っ」
ココが胸を張って迫ると、マティルダは耳まで真っ赤にして後ずさった。
「そ、そんなデタラメを言い出して、私の情に訴えて騙す気なんでしょう!? その手には乗らないわよ!」
「騙す気などサラサラありません!」
ココがきっぱりと即答する。そのあまりの剣幕と気迫に、マティルダは「っ!?」と気圧されてビクッと肩を跳ねさせた。
「鏡で一目見た瞬間に、衝撃を受けたんです! こんなに美しい人がこの世にいるのか、こんなに慈愛に満ちた微笑みをする人がいるのかと! そして……一瞬で惚れました!」
「ひ、一目惚れって……! 今の世の中じゃ、私は恐怖の対象なんでしょう!?」
「そうですね。『悪い事をすると黒の魔女がさらいに来るぞ』と、子どもの頃に母から聞かされて育ちました」
「それなのに、ひ、一目惚れだなんて……」
「ですが、惚れてしまったものは事実です!」
ココは力強く拳を握りしめた。
「そして俺は確信したのです!」
「な、なによ、一体……」
「俺たちが仲間と別れる時、貴方は少し涙ぐんでいた! なんて優しい人なんだと!」
「な、な、泣いてなんかいないわよ!」
マティルダは完全に慌てふためき、必死に手を振って否定する。
「しかも、私は優しい人なんかじゃないわ! 貴方は私のことなんて何も知らないじゃない……!」
叫ぶように反論するマティルダに対し、ココは少し間を置くと、ふっと寂しそうに眉を下げた。
「……そうですね。俺は貴方のことを何も知らない」
「……」
「もっと貴方のことを知りたかった。もっと貴方を見ていたかった。……それだけが、心残りです」
沈痛な面持ちのココに、マティルダは言葉を詰まらせる。
だが次の瞬間、ココはパッと満面の笑顔を咲かせた。
「でも、良かったこともあります!」
「……なによ?」
「黒の魔女は怖い魔女などではなく、心優しい魔女だと知ることができましたから」
「だから! 優しくなんかないって言ってるじゃない!」
「それに、俺の提案を受け入れて仲間たちを解放してくれました」
「か、解放してくれた恩人だからよ! そ、そうよ、私はこれから貴方の身体を奪うのよ!? どこが優しいっていうの!」
「貴方の本当の身体を探す旅に必要な器なら、喜んで協力します」
「こ、答えになってないわよ!」
マティルダの鋭いツッコミに、ココはふと頬を染め、真剣な眼差しで見つめ返した。
「好きな女性のためなら、この命、微塵も惜しくはありません!」
(ダメだ、コイツーーーーーーーッ!?)
マティルダは心の中で頭を抱えて絶叫した。
(これ以上精神をかき乱されたら、融合の術式に支障が出ちゃうわ……!)
マティルダはコホンとわざとらしく咳払いをし、ぐっと背筋を伸ばして魔女としての威厳を取り繕った。
「わ、分かったわ……! それじゃあ、約束通りその身体をいただくわよ!」
「はい! どうぞ! 貴方と一つになれるなら本望です!」
「ッーーーーーーーーーーーーッ!!」
マティルダは茹でダコのように顔を真っ赤にし、ガバッと下を向いた。
「ご、誤解を招くような言い方はやめなさいっ!」
「???」
ココは首を傾げてキョトンとしている。
「じゃ、じゃあ、始めるわよ」
「はい、お願いします」
マティルダはすうっと深く息を吸い込み、両手を斜め上へと掲げた。
(精神体だから深呼吸なんて何の意味もないんだけどね……)
己の緊張を誤魔化すように心の中で苦笑しつつ、マティルダは厳かに古代語の詠唱を紡ぎ始める。
「忘れよ、我を。忘れよ、汝を……」
精神を極限まで集中させながら、すっと目を閉じて直立するココを見つめる。
(昔はみんな私の魔力を怖がって、まともに話しかけてくれる人すらいなかったわね……。お世辞や嘘でも、こんな風に言い寄られたことなんて一度もなかったのに……)
思い返すうちに、また頬がカッと熱くなる。
(それに……本当に一切抵抗する気配がないわ。死ぬかもしれないのに、怖くないのかしら……? いけない、集中、集中しないと……!)
マティルダは雑念を振り払い、術式の最後の一節を紡いだ。
「……二つの魂よ、一つとならん」
魔法陣が完成し、眩い光が二人の周囲を包み込む。
(さようなら、おかしな人……ごめんなさいね)
マティルダが心の中で寂しげに呟いた、その瞬間だった。
融合の儀式を通じて、ココの心の内にあった思考と記憶が、奔流となってマティルダの意識へ一気に流れ込んできたのだ。
『マティルダ、マティルダ、綺麗だ、マティルダ、可愛い、マティルダ、素敵だ、マティルダ、好きだ、すごく綺麗な指先だ、マティルダ、キスしたい、マティルダ、できれば胸とか触ってみたい、マティルダ、マティルダ、マティルダ……ッ!』
(な、な、な、何なのこれえええええええええっ!?)
(あ、わ、わわわわわわわっ!?)
許容量を遥かに超えた純情かつ赤裸々な好意の嵐に、マティルダのキャパシティは一瞬で限界を突破した。
術式の制御が吹き飛び、パリンとガラスが割れるような音を立てて光が霧散する。
ココはゆっくりと目を開け、不思議そうにキョロキョロと辺りを見回した。
自分の手を開いたり握ったりしてみる。
「?」
「ん? まだ俺のままなのか……?」
視線を前に向けると、そこには両手で顔を覆い、肩で息をしながら激しく項垂れるマティルダの姿があった。
「はぁ……はぁ……っ」
「魔女様、大丈夫ですか……?」
「はぁ……はぁ……っ」
「……魔女様? もしかして、失敗したとかですか?」
「し、失敗じゃないわよっ!!」
マティルダは勢いよく顔を上げ、涙目で噛みついた。
「そっ、そうよ! 久しぶりの魔法だったから、ちょっと感覚を確かめるための『ならし運転』みたいなものよ!」
「なるほど、そうでしたか。久しぶりだと、誰だって緊張しますもんね」
ココが心から納得したように爽やかに微笑むと、マティルダはさらに狼狽した。
「こ、この大魔女が緊張なんてするわけないでしょ! 何事も慎重を期すのが一流の魔術師の基本なのよ!」
「何事も慎重に! さすがですね!」
「そ、そうよっ!」
(こ、コイツ……嘘やごまかしなんかじゃなかった……!)
(ほ、本気で私のことを……あ、わわわわわ……っ!)
マティルダは名門貴族の生まれで、兄2人・姉2人の末っ子として育った。
幼少期から類まれなる魔力の才に恵まれ、寝食を忘れて魔法の研究と勉強に没頭。魔法学院すら飛び級で卒業するほどの天才児だった。
現在、世の中で実用されているいくつかの魔法も、元を辿ればマティルダが開発したものだった。
絶世の美貌を持ちながらも、魔法に対する執着と研ぎ澄まされた威圧感のせいで、当時の周囲の人間は遠巻きに見つめるばかり。気軽に話しかけてくる同年代の人間すらほとんどいなかった。
ましてや、彼女に好意を寄せて言い寄ってくる異性など、過去500年の人生においてただの一人も存在しなかったのである。
そう——。
伝説の『黒の魔女』は、絶望的なまでにウブだったのだ。
「???」
真っ赤な顔でぶつぶつと取り乱す絶世の魔女を前に、ココだけがどこまでも呑気に首を傾げていた。
ありがとうございました。




