3話 告白
よろしくお願いいたします。
「黒の魔女よ、少し確認させてほしい……」
ココの声に、緊迫した空気がわずかに緩む。
マティルダは少しの間を置いてから、首を傾げた。
「いいわ。私を封印から解放してくれた恩人だし、話くらいは聞いてあげる」
「受肉する肉体は、女性でなければならないのですか?」
「……そうね。結論から言えば、男性でも問題はないわ。でも、私は女よ? 受肉した後のこれからの生活を考えると、ちょっとね……」
マティルダは露骨に嫌そうな顔をしてみせる。
「……それと、もう一つ」
「はあ、まだあるの……?」
「申し訳ありません。もし受肉の際に精神が融合に抵抗しなければ、魔力を消費せずに済むといったことはありますか?」
「……あなた、魔法の知識があるのかしら?」
マティルダが怪訝そうに目を細めた。
「……勘です」
「……へぇ。そうね、魔力の少ない器で、精神の融合に一切抵抗しない相手なら、今の私の残り魔力だけでも十分だわ」
ココは腕を組み、深く考え込んだ。
そして、覚悟を決めたように顔を上げる。
「あなたを封印から解放した者として、提案があります」
その瞳には強い光が宿っていた。
マティルダは何も答えず、ただ静かに次の言葉を待つ。
「アーシャの代わりに、俺の身体で妥協していただけないだろうか。その代わり、仲間たちはここから無事に解放してほしい」
「な……何を言い出すんだ、ココ!」
トーニが真っ先に怒声を上げた。
他のメンバーたちも、信じられないものを見るような目でココを見つめる。
「責任は、リーダーである俺にある!」
「で、ですがココさん……!」
ペソットが悲痛な叫びをあげる。
「犠牲は最低限で済む!」
「私の身代わりなんて……絶対にダメです!」
アーシャが涙を浮かべて取り縋ろうとし、ジーナも歯を食いしばった。
「こんなときにカッコつけるんじゃないわよ……!」
仲間全員から一斉に拒否の声が飛ぶ。
その様子を黙って眺めていたマティルダが、やれやれとため息をついて口を開いた。
「ちょっと待って。私はそこの可愛い子をご指名してるんだけど……」
マティルダは再びアーシャを指差す。その瞳に冷たい光が戻った。
「私の前で勝手に話を進めないでくれるかしら?」
「……俺たちは、あなたを封印から解放しました!」
ココはマティルダの殺気に怯むことなく、力を込めて言った。
「……」
「どうか、譲歩していただけないでしょうか」)
マティルダは鋭い視線でココを睨みつけ、やがて腕を組んで考え込み始めた。
(私も好んで人殺しをしたいわけじゃないしね……)
(それに、あの女の子に受肉したところで、出せる魔力はせいぜい本来の六割ってところかしら……)
(自分の肉体を探す一人旅になるんだから、男性の体力があるのは確かに魅力的ね。それに……女性特有の月のモノがないのも助かるわ。私、かなり重い方だし……)
(この男、立ち振る舞いを見る限り剣の腕は悪くなさそうね。いざという時は、魔法剣士として戦うこともできるかしら……)
マティルダが真剣に考え込んでいるため、部屋には重苦しい沈黙が流れていた。
(問題は……アレの処理だけね……)
ふと下世話な現実を想像してしまい、マティルダは顔を赤らめた。
だが、すぐに頭を振って雑念を振り払う。
(……我慢するしかないわね! よし、決めたわ!)
マティルダは咳払いを一つして、静かに告げた。
「いいわ、妥協してあげる。そこの男の肉体で手を打ちましょう」
「……!」
「ただし、もう一つ条件があるわ。私の封印が解けたことは絶対に他言無用よ。あなたたちの話を聞く限り、世間が大騒ぎになりそうだからね」
マティルダは冷徹な眼差しで仲間たちを見据え、矢継ぎ早に言葉を重ねた。
「もし誰かに話したら、世界中どこへ逃げようと必ず探し出して殺しに行くわ」
「……感謝します」
ココは深く息を吐き、安堵の表情を浮かべた。
「……納得できるかよ!」
トーニが叫ぶ。
「トーニ。今の話を聞いて分かっただろ。俺たちの力じゃ、黒の魔女には絶対に敵わない」
「だからって……勝手に決めるなよ……!」
トーニの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「もう決めたことだ」
ココはすっきりとした晴れやかな顔で笑った。
「なんだよ……クソッ……」
トーニは項垂れ、悔しそうに泣き崩れる。ココはその肩を静かにポンと叩いた。
「ペソット、あとはお前が皆をまとめてくれ」
「承知いたしました……。ですが、本当に、本当によろしいのですか?」
「ああ」
ココは何も言えずにただ泣きじゃくるアーシャの肩を優しく抱き寄せた。
「元気でな」
「う……グスッ……ひぐっ……」
アーシャは涙で顔を濡らしながら、コクコクと何度も頷いた。
「ジーナ、今まで世話になったな」
「急にとんでもないことになったわね……」
「それが冒険者ってもんだろ」
ココは悪戯っぽく笑ってみせる。
「それじゃあ、これでお別れだ。皆、元気でな」
重い足取りで、ココ以外のメンバーが扉へと向かう。
アーシャは泣きながら、何度も、何度も後ろを振り返った。
その光景を静かに見守っていたマティルダが、すっと指先を動かす。
カチリと音がして、重厚な扉が静かに閉まり、魔法の鍵が下りた。
「グスッ……。お別れは済んだかしら?」
「ああ……」
「へぇ……潔いのね。じゃあ約束通り、抵抗しないで私を受け入れなさい」
「分かっている」
「ほ、本当にいいのね? あなたの人格が消えて、死んでしまうのと同じことよ?」
「覚悟はできている」
「そ、そう……。あ、最後に何か言い残したことはあるかしら?」
「……言い残したこと?」
「そうよ!」
「本当に、何を言ってもいいのか?」
ココの瞳が、なぜかパッと輝いた。
「ええ、いいわよ。私を封印から解放してくれた恩人だもの。最後の願いくらい聞いてあげるわ」
「……」
「……ゴクリ」
訪れる静寂。
ココはまっすぐにマティルダの瞳を見つめ——堂々と言い放った。
「貴方が好きです!」
「……」
「……」
「……」
「……」
長い長い沈黙の後。
マティルダは真っ赤になりながら、絶叫した。
「えええええっ!?」
ありがとうございました。




