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2話 黒の魔女

よろしくお願いいたします。

「綺麗……」

アーシャが、手鏡を見つめながら呟いた。

「だーっ! 嘘だろ! これだけかよ!」

トーニが頭を抱える。

「売ればそれなりになりそうだけど……ちょっとガッカリだわ」

ジーナも肩を落とした。

「まったくです」

ペソットがため息をつく。

「……」

ココは何も言わず、手鏡を手に取った。

意外なほど軽い。

古びた様子もなく、まるで新品のようだった。

ココは、そっと鏡を覗き込む。

だが、そこに映っていたのは、自分の姿ではなかった。

鏡の中には、見知らぬ女性の顔が映っていた。

絶世の美女と呼んでも差し支えない、黒髪の女性。

彼女は、こちらに向かって優しく微笑んでいる。

その女性と目が合った瞬間だった。

ココの全身を、凄まじい衝撃が駆け抜けた。

次の瞬間、手鏡がまばゆい光を放ち始める。

「な、なんだ!?」

「目を開けていられません!」

誰もが腕で顔を覆った。

どれほどの時間が経ったのか。

やがて光が収まると、そこには一人の女性が立っていた。

いや——正確には、浮かんでいた。

黒髪。

黒を基調としたドレス。

雪のように白い肌。

そして、血色のよい唇には、優しさに満ちた微笑みが浮かんでいる。

誰もが認める美女だった。

しかし、明らかな違和感がある。

彼女は確かにそこにいる。

それなのに、輪郭はぼんやりと透けていた。

まるで、この世の存在ではないかのように。

「あーーー……。久しぶりに解放されたわ!」

目の前の女性が、叫ぶように声を上げた。

その言葉を合図に、《夢見る羊》のメンバー全員が武器を構える。

「そんなに構えなくてもいいのに」

黒いドレスの女性は、微笑みながら言った。

トーニは大剣を構えたまま、一歩前へ出る。

「お前は、何者だ?」

「女性の名を尋ねるときは、優しく聞くのが常識でしょ?」

「……」

ココは黙ったまま、女性を見つめている。

「まあ、いいわ」

女性は小さく肩をすくめた。

「私の名はマティルダ。他の人たちからは——静寂の魔女と呼ばれているわ」

「静寂の魔女……?」

ペソットが、汗を浮かべながら尋ねる。

「黒の魔女では、ないのですか?」

「えっ?」

マティルダは目を丸くした。

「そんな風に呼ぶ少数派もいたわね……。ちょっと待って。今では私、黒の魔女って呼ばれているの?」

「そうね」

ジーナが答える。

「恐ろしい黒の魔女、ってところかしら」

「はあっ……最悪」

マティルダは大きなため息をついた。

「そりゃあ、魔法の実験に失敗して、都市の4分の1を消滅させちゃったことはあるけどさ……」

彼女は、ぶつぶつと呟き始める。

「おい、ココ。どうすんだよ」

トーニが小声で尋ねた。

「……」

ココは答えない。

ただ、まっすぐにマティルダを見つめていた。

「あ、ごめんなさいね。一人の世界に入っちゃって」

マティルダは、照れたように笑った。

ココが何も言わないため、代わりにペソットが口を開く。

「30階層に封印されていると聞いていますが……」

「誰が言ったの?」

「《マティルダの書》に記されていました」

「あはは……私、書物に書かれているんだ」

マティルダは、どこか他人事のように笑う。

「私、ご覧のとおり封印されていたから、よく分からないのよ。それに、その書を書いたのが誰なのかも知らないし」

ふと、マティルダが何かを思い出したように顔を上げた。

「ザッカルドとかいう男が、私のことを探っていたわね。あいつかしら……」

また独り言を始めるマティルダ。

メンバーたちは、黙って彼女の様子を見守っていた。

「あ、ごめんなさいね。また一人の世界に入っちゃって」

マティルダは、悪びれた様子もなく微笑む。

「久しぶりに人と話すから……。私、何年くらい封印されていたの?」

「書の記述が正しければ、約500年かと……」

「500年……」

マティルダは考え込むように呟いた。

ココは相変わらず、何も言わない。

「申し訳ありませんが、私たちはどうすればよろしいのでしょうか?」

ペソットが尋ねる。

「ん? そうねぇ……」

マティルダは首を傾げた。

「今の私は、悪い魔女なんでしょう?」

しばしの沈黙。

「私を倒す? それとも、もう一度封印するとか?」

冗談めかした口調だった。

だが、その瞬間。

マティルダの周囲から、凄まじい殺気が放たれた。

空気が凍りつく。

メンバー全員が、圧倒的な力の差を感じ取った。

——勝てない。

誰もが、死を覚悟した。

「私たちでは、あなたを倒すことも、再び封印することも不可能です……」

ペソットが、冷や汗を流しながら答える。

マティルダは、ゆっくりと一行を見渡した。

「そうね。今の私は精神体で、本来の力の半分くらいしかないけれど……」

その瞳に、冷たい光が宿る。

「あなたたちなら、瞬殺ね」

ペソットは息を呑んだ。

「このまま、私たちを見逃していただくことは可能ですか?」

「そうねぇ……」

マティルダは、今度は少し真剣な表情になった。

「私ね、封印されるときに、精神と肉体を別々に封じられちゃったのよ」

彼女は、自分の透けた身体を見下ろす。

「肉体とのつながりを感じるから、肉体もまだどこかに封印されているはず」

「肉体を取り戻して、本来の力に戻る必要があるかしら……」

マティルダは静かに続けた。

「それに、私は封印されたことに納得していないの。理由も調べたいわ」

メンバー全員が、黙って話を聞いている。

「あなたたちは、私を解放してくれた恩人だから……」

マティルダは、しばらく考え込んだ。

そして、にっこりと笑う。

「でも、申し訳ないけれど——死んでもらおうかしら」

その笑顔に、優しさはなかった。

「封印が解けたことが知られたら、面倒そうだし」

全員が驚愕する。

マティルダは、アーシャを指差した。

「正確に言えば、魔力の高そうな、そこの彼女に私の精神を受肉させてもらうわ」

「私、ですか……?」

アーシャの顔から血の気が引く。

「精神体のままだと不安定なの。迷宮から出た途端、消滅してしまう可能性もあるし」

マティルダは、淡々と説明を続ける。

「もちろん、彼女は抵抗するでしょうね。精神を融合させるには、かなりの魔力が必要になるわ」

そして、他の4人へ視線を移す。

「その魔力を補うために、ほかの人の生命力を使うの」

「恩人だから、1人くらいは見逃してもいいけれど……」

マティルダは、楽しそうに笑った。

「仲間外れは、ね?」

「素直に従ってくれれば、苦しまないようにしてあげるわ」

彼女は愉快そうに肩を揺らす。

「長々と話しちゃってごめんなさいね。500年ぶりに人と話したものだから」

「私が……?」

アーシャの瞳に涙が浮かぶ。

「ふざけるな!」

トーニが怒鳴った。

「アーシャの身体を好き勝手にさせてたまるか!」

「そうですね。かなわないまでも、抵抗はさせてもらいましょうか!」

ペソットが杖を構える。

「どうせ死ぬなら、最後まで足掻くわよ……」

ジーナも短剣を握り直した。

「……」

ココは、まだ何も言わない。

「はあ……めんどくさ……」

マティルダが呟いた。

その瞬間、彼女の身体から黒い霧のようなものが溢れ出す。

ココ以外のメンバーは、慌てて武器を構え直した。

ただ1人。

ココだけは、動かなかった。

「ちょっと、待ってくれ……!」

ココが叫ぶ。

マティルダは目を細め、彼を見つめた。


ありがとうございました。

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