52話 フリンクス飛ぶ!
よろしくお願いします。
フリンクスは駆け出していた。
なぜ自分が走り出したのか、理由は分からない。
トーニが魔獣のブレスを浴び、膝をついて座り込んでいる。
ヨームやアンドレアとは違い、トーニとの付き合いは短い。ヴァイゼンの町までの護衛、そしてここまでの旅の間だけの関係だ。
命を懸けて守るほどの関係ではなかった。
それでも、ココと気まずくなり、一緒に洞窟の外へ出て話したこと。道中、気を遣って話しかけてくれたこと。野営で一緒に食事をしたこと。
トーニの笑顔が脳裏に浮かぶ。
ただ、それだけだった。
恐怖心も忘れ、フリンクスはただ走り出していた。
「トーニさん!!」
(フリンクス……助けに来るのか? ……ダメだ……)
薄れゆく意識の中で、トーニはそう考えていた。
(……クソ、悔しいな……最後に一撃、入れてやりたかった……)
そのとき、トーニは目を見開き、叫んだ。
「フリンクス! 俺はいい! 剣を取って飛べ!!」
「ペソット! 魔女様!!」
トーニは叫び、仲間たちに指示を出した。
フリンクスは走るのをやめなかった。
「「《肉体強化》!!」」
ペソットはトーニに、マティルダはフリンクスに、それぞれ強化魔法を付与した。
トーニは両手の指を交差させる。
フリンクスは、その手に足をかけた。
トーニは最後の力を振り絞り、フリンクスをキマイラに向かって投げ飛ばした。
「うりゃっ!!」
トーニは、その場にどさりと倒れ込んだ。
「ジーナ!!」
ココが叫ぶ。
ジーナはショートボウガンをヤギの頭に向け、矢を放った。
矢は障壁に弾かれ、障壁もろとも消え去った。
その直後、フリンクスが剣を突き出して飛び込んできた。
「くらえ!!」
ドッ!!
フリンクスの剣が、ヤギの頭の後頭部から眉間へと貫通した。
キマイラは、ココたちに気を取られていた。
攻撃してこないフリンクスには殺気がなく、無視しても構わない存在だと判断していたのだ。
その人間が、突如として攻撃してきた。
均衡が崩れた瞬間だった。
ヤギの頭は、剣に貫かれたまま首を振り、暴れ回った。
フリンクスは、握っていた剣から手を離してしまう。
「《風の精霊シルフ》!」
ペネロペが精霊魔法を唱えると、フリンクスの身体を優しい風が包み込み、落下の衝撃を和らげた。
「アーシャ! トーニのもとへ!」
ココが指示を出す。
アーシャが安全に治療できるよう、ココは盾を剣で叩き、キマイラの獅子の頭を自分へと引きつけた。
アーシャは、すでに駆け出していた。
「こっちだ、化け物!!」
ココの挑発に乗り、キマイラが襲いかかる。
ココは盾で爪の軌道をそらし、剣で反撃した。
蛇の頭もココに狙いを定め、毒のブレスを吐こうと口を開く。
「《火球》!」
ペソットの魔法が炸裂した。
ヤギの頭による魔法支援がなくなったことで、火球は蛇の頭に直撃した。
硬い鱗に覆われた蛇の頭も、熱には弱かった。
「シャアアアアァ……!」
蛇は炎に焼かれ、口を大きく開いて苦しんでいる。
ジーナは、その口を狙って矢を放った。
「死になさい!」
矢は口の中に命中し、上顎を貫いて脳天へと突き刺さった。
蛇はしばらく暴れた後、動かなくなった。
キマイラの上部に生えていたヤギの頭も、すでに横へぐったりと垂れ下がっている。
さすがのキマイラも、2つの頭の重みによって動きが鈍っていた。
ペネロペが精霊魔法で蔓を伸ばし、キマイラの脚に絡みつかせる。
もはや、蔓を引きちぎる力も残っていなかった。
そこへ、横合いからマティルダが魔法を放つ。
「《氷柱の槍》!!」
3本の氷の槍が、キマイラの横腹に突き刺さった。
「グワワワァ……!」
苦しむキマイラの眉間に、ココが剣を突き刺す。
「ギャガガガァ……!!」
キマイラは大きく鳴き声を上げた。
その身体がピクピクと痙攣し、やがて「ドッ!」と大きな音を立てて、その場に倒れた。
誰もがトーニの閃きを理解していたわけではなかった。それでも、身体が勝手に動いていた。
《夢見る羊》の連携と、1人の少年の勇気がもたらした勝利だった。
ココは剣を抜き、宮廷魔術師がいた場所を見た。
しかし、そこに宮廷魔術師の姿はなかった。
「逃げられた……」
ココが呟く。
「転移魔法ね。そこまで出来のいい魔法使いではなさそうだけど……」
マティルダが言った。
「ト、トーニ!」
ココはトーニのもとへ駆け寄った。
アーシャが解毒の祝福を唱えており、皆が集まって容体を見守っている。
「よ、容体は?」
ココが尋ねた。
「だんだんと顔色は良くなっているわ」
アーシャは祝福を唱え続けていたため、代わりにジーナが答えた。
「血の匂いで、ほかの魔物が近づいてくる可能性があります。早く移動しましょう」
ペネロペが経験をもとに提案した。
「分かりました。アーシャ、移動しながら祝福を頼む」
ココが言うと、アーシャは頷いた。
アーシャはいったん祝福を止め、叫んだ。
「ジーク!」
ジークが森の中から駆けてきた。
「ジーク、トーニを運ぶから乗せて!」
ジークは嫌そうな顔をした。
「ジーク! お願い!」
アーシャが強い口調で頼む。
ジークは空気を読めるロバだった。頭を下げ、了承の意を示した。
「ジークの樽は俺が運ぶ。ペソット、俺の荷物を頼む」
ココはジークから樽を下ろし、背中に担いだ。
「行こう」
ココが皆に指示を出した。
アーシャはジークに乗せたトーニを治療しながら、歩き始めた。
フリンクスは、自分の手を見つめていた。
握ったり開いたりを繰り返す。キマイラを突き刺した感触が、まだ手に残っていた。
そんなフリンクスを、マティルダは見つめていた。
やがてフリンクスが顔を上げ、2人の目が合った。
「よく頑張ったわ」
マティルダが優しい声で言った。
「……」
フリンクスは、何も言わなかった。
ありがとうございました。




