53話 叔母様
よろしくお願いします。
崩れた石造りの廃墟跡で、《夢見る羊》の一行は休憩を取っていた。
トーニは静かに眠っていた。
アーシャの解毒の祝福によって毒は抜けたものの、肉体へのダメージが大きく、深い眠りに就いていた。左手のひらから手首にかけて、赤い痣が残っている。
ココも浅い傷を負っていたが、ちょうどアーシャの治療が終わったところだった。
皆、精神力と魔力を使い果たし、ぐったりと腰を下ろしていた。
元気なのは、マティルダとジークだけだった。
フリンクスは、ココとマティルダに向けて重い口を開いた。
「……説明していただいてもよろしいでしょうか?」
フリンクスも、死を覚悟するような戦いを終えたばかりで疲れていた。それでも、聞いておく必要があった。
「その前に、言わせていただくことがあります」
ココは立ち上がり、姿勢を正して話し始めた。
「この度は、ご助力いただきありがとうございました。護衛対象であるフリンクスさんを、危険な戦いに巻き込んでしまうなんて……冒険者失格です」
「ですが、フリンクスさんの加勢によって、あの魔物を撃退することができました」
ココは深々と頭を下げた。
「あ、あれは、トーニさんが危ないと思って、勝手に身体が動いてしまって……」
フリンクスは、そこで初めて気づいた。
自分は、なぜトーニを助けに行ったのだろう。
キマイラを倒した興奮と疲労で、すっかり忘れていた。
再び手のひらを握ったり開いたりする。キマイラを貫いた感触が、まだ残っていた。
自分が役に立てたという自信と、それ以上に大切な何かを手にしたような感覚があった。
「……理由は、今でも分かりません。ただ、トーニさんを見捨てることだけはできなかった。皆さんと旅をして、覚悟というものが……少し分かった気がします」
フリンクスは、改めてココとマティルダを見た。
「だから、もう一度尋ねます。あなた方は、いったい何者なのですか?」
「はい。では、説明します」
ココとマティルダは、《黒の迷宮》でマティルダの封印を解いたこと、この旅の目的、そしてドラグネス王国に立ち寄った理由を、すべて話した。
フリンクスは、黙って聞いていた。
やがて、話が終わる。
ジーナが先に口を開いた。
「フリンクス、ごめんなさいね。いろいろ嘘をついていて……」
「いえいえ。話を聞いて、合点がいきました。ペソットさんが焦っていた理由も」
フリンクスは冗談めかして答えた。
「……も、申し訳ありません」
ペソットは、ぺこりと頭を下げた。
「申し訳ないのは、こちらの方です。ろくに調べもせず、昔からの言い伝えや、周囲から馬鹿にされ続けていたこともあって、叔母様を一方的に嫌ってしまって……」
フリンクスは、心底申し訳なさそうに頭を下げた。
「……」
マティルダは黙っていた。
「魔女様、そんなに怒らないでください! フリンクスさんも、ああ言っているのですから……」
ココは、黙り込んでいるマティルダをなだめた。
「怒ってはいないわ。でも、言い伝えどおりの女かもしれないのよ? 古代魔法王国の滅亡に関わっているのは事実だし」
マティルダは、フリンクスを見ながら言った。
「……間違いだったと思っています。叔母様は、魔物との戦いの前に呆然としていた私に氷の粒をぶつけ、注意してくれました。そして最後には、褒めてもくださいました。言い伝えどおりの女性なら、そんなことはしないと思います」
フリンクスの言葉に、ココは嬉しそうに頷いた。
「そう……。でも、調べたところで無駄よ。どの書物も、私のことをろくでもない女としか書いていないわ」
マティルダは不満そうに言った。
「なぜ、あんなことになっているのですか?」
「書物は、勝った側が書くものよ。今の政権が前の政権より優れていると、大げさに書くの。だから、前の政権で有名だった私を悪く書けば、今の政権の評価が上がる。政治利用されたのよ」
「そう……。この国の宰相――」
「カルステン様ですか?」
フリンクスが尋ねた。
「そう、その宰相もそうね。ヨームさんやアンドレアの話だと、なかなかの人物ね。でも、あなたたち反乱軍は彼を悪者に仕立てている。王の言いなりになっている無能な宰相だと」
「それと同じよ」
マティルダは平然と答えた。
「そして、反乱軍が勝ったとき、書物にはこう記すはずよ。『我々は無能な王と無能な宰相から政権を取り戻した英雄だ』ってね」
「なるほど……」
フリンクスは納得した。歴史書とは、そういうものなのか。
フリンクスは、カルステンのことが嫌いではなかった。
皆が忌み嫌う自分にも、分け隔てなく接してくれたからだ。
「歴史とは、そんなものよ……」
マティルダは静かに呟いた。
「あと、もう一つ疑問があります。なぜ、ココさんは私が叔母様の悪口を言ったとき、あんなに怒ったのでしょうか?」
フリンクスが尋ねた。
「説明を聞く限りでは、成り行きで巻き込まれたようなものですよね。それなのに、どうしてそこまで叔母様のために怒るのでしょうか?」
「……成り行きなんかじゃありません。俺は魔女様に一目惚れしましたので」
ココは、フリンクスの気持ちを考え、静かに答えた。
「え?」
フリンクスは驚いた。
「封印されていた手鏡を覗いたとき、魔女様と目が合いました。そのとき、一目惚れしたんです」
「えっ……?」
なぜかマティルダも驚いていた。
「ん? 魔女様?」
ココがマティルダの顔を見た。
「な、何でもないわ……」
マティルダは慌てて俯いた。
「一目惚れって……叔母様には失礼ですが、得体の知れない女性ですよ?」
フリンクスには、どうにも理解できなかった。
「それでも、好きになってしまったのです……」
「だから、好きになった女性をひどく言われるのが、我慢できなかった……」
ココは遠くを見ながら言った。
マティルダは黙って俯いていた。
しばし、沈黙が流れた。
「も、申し訳ありませんでした! 知らなかったとはいえ、愛する女性を侮辱するようなことを言ってしまって……本当に申し訳ございません!」
フリンクスは慌てて立ち上がり、深々と頭を下げた。
「いやいや! 魔女様も姿を消していましたし、フリンクスさんが大分悩んでいたことは聞いていますから……」
頭を下げられ、ココは慌てた。
「ああーーー! 私はなんてことを! 叔母様やココさんに失礼なことを……」
「だ、だから大丈夫ですって。フリンクスさん、お互い様ですよ……」
「いや! 愛する人をけなしたんです! ココさん、私を殴ってください!」
「そんなことできるわけないじゃないですか!」
そんなやり取りが数分続いた。
「静かに!!」
アーシャが怒鳴った。
「トーニが寝ています。静かにしてください」
アーシャは声を抑えて言った。
「す、すいません……」
ココとフリンクスは、同時に謝った。
ジーナがパンッと手を叩いた。
「500年前の人間が今ここにいること自体が異常なのよ。ココの愛情、フリンクスの苦悩。普通なら出会うはずのない感情同士なのよ。だから、この話はここでお終い。いい?」
ジーナが冷静に2人を諭した。
「はい……」
ココとフリンクスは、同時に返事をした。
「はい、いい子ね。マティルダもそれでいいかしら?」
ジーナはマティルダにも同意を求めた。
「ちょっと待って。私から、フリンクスに一つ言いたいことがあるわ……」
「は、はい……」
フリンクスは唾を飲み込み、覚悟した。
「あなた……」
マティルダは怒っていた。
フリンクスは、気にしていないと言っていたが、やはり怒っていたのだと思い、身構えた。
「あなた、さっきから私のことを叔母様、叔母様って言うけど、私はあなたの叔母ではないわ!」
マティルダは、そこを気にしていたのだ。
「えっ!」
フリンクスは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「プッ! そこっ!」
ジーナは思わず吹き出した。
「なんか叔母様って、こう……なんというか、年を取ったような感じで嫌なの! ほかの呼び方にしてちょうだい!」
「何とお呼びすればよろしいですか?」
「そうね……お姉様……違うわね。ハンス兄様の血筋だから……」
マティルダは、ぶつぶつと考え始めた。
「魔女様では?」
ココが提案する。
「なんか、他人行儀ではありませんか?」
フリンクスは否定気味だ。
アーシャも提案した。
「おねえちゃんは? 私はそう呼んでいます」
「アーシャさん、叔母様をおねえちゃんって呼んでいるんですか?」
「だから、叔母様じゃないの!」
そんな、どうでもいいような話をしながら、そのまま野営に入った。
「どうでもいい、じゃない。呼び名なんて……」
ペネロペは、つまらなそうに呟いた。
ありがとうございました。




