50話 20人・・・
よろしくお願いいたします。
キマイラは、3種類の魔獣が1つの身体に融合した、異形の魔獣だった。
獅子の頭と胴体。そこから伸びるヤギの首。そして、蛇の頭を持つ尾。
獅子は鋭い牙をむき出しにし、ヤギは大きな角を揺らしている。蛇の頭は赤い舌をちらつかせ、こちらの様子を窺っていた。
その大きさは、人間の1.5倍ほど。自然界では決して生まれることのない、人間の手によって造られた魔物だった。
「キマイラ……」
ペソットが、古い書物でしか見たことのない魔獣の名を呟いた。
「な、なんだよ、あの魔物は……?」
トーニが驚きの声を上げた。
「それより、戦闘の準備だ!」
ココの指示に、全員が動き出した。
ココとトーニが前に出る。その後ろにペネロペが続き、ペソットは杖を構えた。ジーナはクロスボウに矢を装填し、アーシャはジークを後方へ下がらせながら、防御魔法の準備に入る。
フリンクスも後方で剣と盾を構えた。
「待て! 待て! そう急ぐな!」
キマイラの隣に立つ男が、声を張り上げた。
「私は宮廷魔術師、ハマン!」
男は自信満々に名乗った。
「素通りとは悲しいではありませんか、フリンクス男爵!」
ハマンとフリンクスは、特に親しい間柄ではない。城内ですれ違った際に、会釈を交わす程度の関係だった。
「姿を消す魔法とは、珍しいですね……。ですが、いくら姿を消しても、匂いまでは消せないようだ。キマイラの獅子の嗅覚は、実に優れていますからね!」
獅子の嗅覚は、人間には感じ取れないほど微かな匂いまで嗅ぎ分ける。
「申し訳ありませんが、王の命により、反乱軍の代表であるフリンクス男爵を捕らえに来ました!」
ハマンは口元に薄い笑みを浮かべた。
「……それから、そこにいるのでしょう? 【黒の魔女】よ!」
その名を聞いた瞬間、《夢見る羊》全員の表情が変わった。
フリンクスには意味が分からなかった。
なぜここで、彼が忌み嫌う【黒の魔女】の名が出てくるのか。理解できず、戸惑った表情を浮かべていた。
「どうなんだ! 早く姿を現していただけますか?」
ハマンは急かすように挑発した。
「ココさん、どういうことなんでしょうか?」
フリンクスが尋ねた。
「……」
ココは答えなかった。
どうすればいいのか、判断できずにいた。
その時――。
「バレてるなら、しょうがないわね!」
ココの前に、マティルダが姿を現した。
黒髪が風もないのに揺らめき、周囲の空気が一瞬で凍りつく。
「私に何か用かしら?」
マティルダは、ハマンを冷たく見据えた。
「おお、黒の魔女!」
ハマンは嬉しそうに声を上げた。
「なっ……!」
フリンクスは、驚きのあまり声も出せなかった。
「ま、魔女様!」
ココも目を見開いた。
「今まで、この子がいたから姿を消しておかないといけなかったのよ。もうストレスの限界だったから、ちょうどいいわ」
マティルダはフリンクスを指差した。
「で、ですが……」
「私だって、普通に話がしたいの!」
「野営のとき、フリンクスさんが寝ている間に、アーシャたちと話していたじゃないですか」
「アレはアレよ! 夜しか活動できないなんて、ヴァンパイアみたいじゃない! 昼間も話したいの!」
マティルダは、駄々をこねる子どものようだった。
フリンクスには、何が起きているのか理解できなかった。
【黒の魔女】と呼ばれる女性が突然姿を現し、ココと親しげに話している。危険な状況に置かれていることさえ忘れ、フリンクスはその光景に釘付けになっていた。
「わ、私を無視しないでいただけますか? 状況をお分かりですか?」
ハマンは、わなわなと震えながら声を上げた。
「……で、私に何の用?」
マティルダは、何事もなかったかのように尋ねた。
「我が主が、貴方に関心をお持ちでして。捕らえるか、殺すよう命じられております」
「へえ。どちらの主? ドラグネス王? それとも、別の主かしら?」
「……大人しくご同行いただけると、ありがたいのですが」
ハマンは、あくまで紳士的に振る舞った。
「残念ね。用事があるから、お断りするわ」
「じょ、状況をお分かりですか?」
ハマンの部下たちも、【黒の魔女】の出現に驚いていた。しかし、すぐに武器を構え、じりじりと森の中へ進み始めた。
「状況? それより、その隣にいるのは何?」
マティルダは、キマイラを指差した。
「キマイラをご存じないのですか? ……まあ、いいでしょう」
ハマンは胸を張った。
「私が古代魔法の禁呪を読み解き、現代に蘇らせたキマイラですよ!」
自らの偉業に酔いしれるような口調だった。
「……それが、キマイラ?」
マティルダは、まじまじと魔獣を見つめた。
「な、何か?」
「私の時代のキマイラは、もっと大きくて力強かったわ」
マティルダは鼻で笑った。
「ペットの可愛い子猫ちゃんでも連れてきたのかと思ったわ。……笑える」
「わ、私の実験を馬鹿にするのですか?」
ハマンは怒り心頭だった。
「魔法の実験をする人を馬鹿にするつもりはないわ。でも、失敗作を自慢されても困るのよ。これはただ、現実を教えてあげているだけ」
マティルダは、本気なのか冗談なのか分からない口調で言った。
「ぐぐ……もう構わない! 皆殺しにしろ!」
ハマンの怒りが頂点に達した。
戦闘開始の合図だった。
ハマンの命令を受け、魔法使いたちが一斉に詠唱を始めた。
剣士たちも武器を構え、ココたちとの距離を詰めようとする。
だが、その前に――。
「《沈黙の妖精》!」
ペネロペの声が響いた。
「カッ……!」
詠唱を始めた魔法使いたちが、一斉に口を押さえた。
声が出ない。
魔法使いたちは困惑し、何度も口を開閉する。しかし、呪文を唱えようとしても声にならなかった。
「な、何をしている! 早く魔法を撃て!」
ハマンが怒鳴る。
だが、部下たちは答えられない。
魔法による支援を失い、前衛の剣士5人にも動揺が広がった。
「魔物は後回しだ、前の奴らを先に対処する。」
ココが皆に指示を出した。
その間に、ペソットは完成させていた。
「《火球》!」
杖の先に、2つの火球が生まれる。
次の瞬間、火球は風を切って飛んだ。
ドンッ!
剣士2人に命中し、炎と煙が上がる。
残る剣士たちが足を止めた。
その目の前に、冷たい声が響く。
「《氷柱の槍》!」
マティルダの魔法が炸裂した。
氷の槍が一瞬で敵を貫き、残る3人の剣士の頭部を吹き飛ばす。
あまりにも一方的な決着だった。
前衛が崩れた。
魔法使いたちが後ずさる。
その隙を突いて、ココとトーニが駆け出した。
「行くぞ、トーニ!」
「おう!」
ペソットが素早く2人に《肉体強化》をかける。
身体が軽くなり、踏み込みが鋭くなる。
ココは目の前の魔法使いに斬りかかった。
一人目が倒れる。
すぐさま身を翻し、次の敵へ。
隣では、トーニが大剣を振るっていた。魔法を使えず、前衛も失った魔法使いたちに、2人の猛攻を止める術はない。
「くそっ、何をしている! 反撃しろ!」
ハマンが叫ぶ。
しかし、声を封じられた魔法使いたちは、詠唱どころか連携すらままならなかった。
その時、乾いた音が森に響いた。
パシュッ!
ジーナのクロスボウから放たれた矢が、魔法使いの眉間を撃ち抜く。
狙いに迷いはなかった。
ジーナは次の矢を装填し、すぐさま別の敵に狙いを定める。
一方、ペネロペも前線へ駆け寄っていた。
「加勢します!」
レイピアが閃く。
魔法を封じられ、混乱する敵の懐に入り込み、素早く刃を振るう。
その背後では、マティルダとペソットが次の魔法を放っていた。
炎が上がり、魔法使いたちの足元が崩れる。
抵抗しようとした者もいたが、攻撃を重ねられ、次々と倒れていった。
やがて――。
森に、静寂が戻った。
倒れた部下たちを前に、ハマンは呆然と立ち尽くしていた。
「……え?」
目の前で起きたことが、理解できない。
つい先ほどまで、自分には20人の部下がいた。
魔法使いと剣士を揃え、キマイラまで従えている。黒の魔女を捕らえるには十分な戦力のはずだった。
それが、わずか数分で全滅した。
「20人の部下が全滅!? 3分もたたずにか!?」
ハマンは、どこかで聞いたことのある台詞を口にした。
返事をする者はいない。
魔法使いの支援を受けた剣士たちが敵を追い詰めるはずだった。だが、ペネロペの魔法で詠唱を封じられ、前衛はあっという間に壊滅した。
キマイラを投入する機会を窺っているうちに、部下たちは全滅していたのだ。
残る敵は、ハマンとキマイラだけだった。
フリンクスも剣と盾を構えていたが、結局、何もできなかった。
ヨームのような個人の武勇とは違う。仲間同士が連携し、それぞれの力を最大限に引き出して敵を圧倒する。その戦いぶりに、フリンクスは言葉を失っていた。
そしてもう一つ、彼の目を釘付けにしているものがあった。
【黒の魔女】と呼ばれる、美しい女性。
自分が忌み嫌ってきた存在が、なぜココたちと共に戦っているのか。
フリンクスには、まだ何も分からなかった。
第50話です。
こんな拙い物語を読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。
これからも楽しんでいただけるよう頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします。




