49話 待ち伏せ
よろしくお願いいたします。
《夢見る羊》の一行は、野営をしていた。
現在地は、予定していた行程の半分ほどだった。ルート上には、帝国との戦争から撤退するドラグネス王国軍が予想以上に多く、街道を通ることができなかった。そのため、進む速度は大幅に落ちていた。
しかし、ドラグネス王国軍の兵士が多いおかげで、魔獣の姿は少なかった。
ヴァイゼンの町を出てから、12日が経過していた。
「予定より2日遅れか……」
地図を見ながら、ココが呟いた。
「でも、今後は撤退する兵士たちと遭遇することはないと思うわ。ここからはペースを上げましょう」
ここまでの道のりで、最も貢献してきたジーナが言った。
「ですが、これから王都グラン・アルセリアの北部に差しかかります。ヨームさんとアンドレアさんの話では、待ち伏せされる可能性が高いそうです……」
ペソットが不安そうに告げた。
ヨームとアンドレアは、《黄金の麦》の中に密偵が潜んでいることを承知していた。
「ここからは、伏兵の発見に集中しよう。先に見つけることができれば、ペネロペさんの精霊魔法で姿を消して、やり過ごせる」
ココは、隣に座るペネロペを見ながら言った。
ペネロペは笑顔で頷いた。
「ジーナは引き続き周囲の警戒を。ペソットは定期的に《索敵魔法》を頼む。ペネロペさんも、精霊魔法での索敵をお願いいたします」
皆、黙って頷いた。
ココは念話でマティルダに話かけた。
『魔女様は、ガンガン《索敵魔法》を使っちゃってください』
『私がいれば、他の人なんて必要ないわ! 特に、あのエルフの女は!』
『何もしないのは不自然でしょ。それに、いろんな方法で試した方がいいでしょ?』
『ふん、勝手にしなさい』
姿を消しているマティルダは、不機嫌そうに言った。
『どうして、そんなにペネロペさんを嫌うんですか? 助かっているじゃないですか』
『べ、別に何とも思っていないわ! ただ、旅の間、わざと貴方の隣に来たり、腕に抱きついたりして……ハ、ハレンチよ!』
『……そうですか? 普通だと思いますけど。トーニも肩を組んできますし……』
朴念仁のココには、マティルダの気持ちが理解できなかった。
『もう、いいわ!』
マティルダ自身も、なぜこれほど苛立つのか分からなかった。
『魔女様!』
『な、何よ!』
『体に触れることで再度確認したいのですが、魔女様が身体を取り戻したときの約束、覚えていますか?』
『な、何のことかしら……?』
マティルダは覚えていたが、忘れたふりをした。
『ひどい! 手を触れさせてくださいって、約束したじゃないですか!』
『あ、ああ……そうね。約束したわね』
『ああ……魔女様の手の感触って、どんな感じなんだろう……。きっと柔らかいんだろうな……』
『あ、貴方ね! そういうことは本人の前で言っては駄目よ!』
大事な打ち合わせの最中だというのに、そんな念話を交わしながら、ココは一人でにやにやしていた。
《夢見る羊》のメンバーたちは、(どうせ魔女様といちゃついているのだろう)と思っている。
そんなココを、ペネロペは面白くなさそうな顔で見つめていた。
そして、事情を知らないフリンクスが、最も怯えていた。
《夢見る羊》は、少しでも遅れを取り戻すため、翌朝早くに出発した。
出発して間もなく、マティルダが反応した。
『前方に、大勢いるわ』
念話でココに伝える。
「ジーナ!」
ココが声をかけると、ジーナも何かに気づいたようだった。
「街道に10人から20人ってところかしら」
前方を警戒しながら、ジーナが答えた。
「予想より少ないな」
トーニが呟いた。
アンドレアは、100人から200人程度の兵が待ち伏せていると予想していた。
《夢見る羊》は7人。それに対して多すぎるようにも思えるが、宰相カルステンなら、確実に捕らえられるだけの人数を用意するはずだった。
「精霊たちがざわめいています。ご注意ください」
ペネロペがココたちのもとまで来て、警告した。
『魔女様、何か分かりますか?』
ココが念話で尋ねる。
『茂みの中に魔物がいるわ。一体……いや、三体? 反応が重なっていて、正確には分からないわね』
『魔物使い?』
『古代魔法王国時代にも、少数だけれど、魔物を操る魔法使いがいたのよ』
『現代にも残っているのですか?』
『それは分からないわ……』
『そうですね。警戒します』
五百年前の時代でさえ、魔物使いは珍しい存在だった。
「皆、聞いてくれ。兵士のほかに、魔物がいるようだ」
ココが仲間たちに説明した。
「ま、魔物? 人間と魔物が一緒にいるのかよ?」
トーニが驚きの声を上げた。
「ペソット、魔物使いを知っているか?」
「書物で読んだ程度ですが……。古代魔法王国時代に、魔物を操る魔法使いが存在したとは記されています」
「現代にも、使い手はいるのか?」
「聞いたことはありませんね。もともと使い手は少なかった、と記載されていた記憶があります」
ペソットの答えは、否定に近いものだった。
そのとき、フリンクスは不思議に思った。
(なぜココさんは魔物の存在に気づき、古代魔法王国の魔法についても知っている?)
(ヨームやベルントも、ココさんに違和感を抱いていた……)
共に旅をするうちに、フリンクスはココから得体の知れないものを感じるようになっていた。
(本当に、何者なんだ……?)
「少し遠回りして進もう。ペネロペさん、精霊魔法をお願いします」
「はい。皆さん、この紐を握ってください」
ペネロペは、一本の長い紐を取り出した。
全員が紐を握ったことを確認すると、精霊魔法の詠唱を始める。
「風の精霊シルフよ、我らを包み、姿と気配を風に紛れさせよ――」
「《風隠れ(ウィンド・ヴェール)》!」
その瞬間、皆の姿が消えた。
「おお! すげえ! 皆、見えなくなった!」
トーニが興奮した声を上げる。
「紐を絶対に離さないでくださいね! 誰がどこにいるのか分からなくなりますから」
ペネロペが注意した。
「分かった。アーシャ、ジークは大丈夫そうか?」
「うん。私が触れているから大丈夫そう」
ジークは肝が据わっていた。グリフォン討伐のときも、呑気に草を食べていたほどである。
「それでは、進もう」
魔獣は、街道の左側にある大きな茂みの中に隠れているらしい。
ココたちは右手の森へ向かって歩き始めた。
やがて、遠くに人影が見えた。
ドラグネス王国の鎧は身につけていない。腰に剣を差している者も数名いるが、大半は杖のようなものを手にしていた。
正規兵ではないようだった。
ココたちは、謎の集団のすぐそばを通り過ぎるところまで来ていた。
幸い、彼らはこちらの存在に気づいていない。
このまま上手く通り抜けられる――そう思った瞬間だった。
「グルルルル……ガアアアアッ!」
茂みの奥から、獣の唸り声が響いた。
「なにっ!?」
トーニが声を上げた直後、茂みの中で青白い光が弾けた。
次の瞬間、電撃がココたちに向かって走る。
マティルダが念のため用意してくれていた魔法障壁に電撃が激突した。
バチバチバチッ!
青白い火花が散り、周囲の木々を照らし出す。
衝撃で障壁が大きく揺らいだ。
直撃こそ免れたものの、電撃の威力は凄まじかった。
その余波が、ペネロペの精霊魔法をかき消していく。
「しまった……!」
ペネロペが悔しそうに声を漏らした。
姿を隠していた魔法が解けていく。
周囲の景色が元に戻り、ココたちの姿が露わになった。
「おい! あそこに誰かいるぞ!」
前方の集団から叫び声が上がった。
「見つかったか」
ココが悔しそうに呟いた。
そして、彼らの注意を引きつけたのは、前方の人間たちだけではなかった。
茂みが、ゆっくりと揺れた。
何かがいる。
しかも、ただの獣ではない。
『……そういうことだったのね……』
マティルダが、ぽつりと呟いた。
『個体数がはっきりしなかった理由が』
茂みの奥から、巨大な影が姿を現した。
まず見えたのは、鋭い牙をむき出しにした獅子の頭だった。
その隣から、太い角を持つヤギの頭が現れる。
そして、地面を這うように動く蛇の尾。
3つの異なる魔獣が、1つの身体に融合していた。
そう――キマイラだった。
ありがとうございました。




