45話 墓参り
よろしくお願いいたします。
ココは、フリンクスの館に用意された部屋で、ベッドに横になっていた。
しかし、なかなか眠れない。
「眠れないの?」
マティルダが尋ねた。
「はい……」
「ヨームさんのこと?」
「はい……」
ココは勢いよく起き上がった。
「魔女様! 申し訳ありませんでした……!」
ベッドの上で正座し、深々と頭を下げる。
「魔女様を絶対に守ると言っておきながら、守ることができませんでした……!」
ココは拳を強く握りしめた。
あのとき、ベルントの攻撃にまったく反応できなかった。
その事実が、悔しくて仕方がなかった。
「……あれは、私でも無理だったわ」
マティルダは静かに答えた。
「正直に言うと、私は今の時代を少し舐めていたのよ」
そう言って、彼女は無意識に自分の首元へ手を添えた。
「500年前にも、強い蛮族はいたわ。でも、あそこまでの者はいなかった……」
「……ですが……」
「もう! いつまでもめそめそしていないで!」
マティルダは、ココの言葉を遮った。
「剣のことはよく分からないけれど、貴方がどれだけ頑張っても、ヨームさんや、あの息子には届かないと思うわ」
「私にペソットが追いつけないようなものね!」
「たとえが厳しいです……」
ココは肩を落とした。
「でも、あの一撃を止められるくらいには強くなってちょうだい」
マティルダは、少しだけ身を乗り出した。
「一撃でも止められたら、私が魔法をお見舞いしてあげるわ」
そして、少し間を置いてから続けた。
「だから、頑張りなさい。私の身体の一部なんだから……」
そう言うと、マティルダは照れ隠しのようにそっぽを向いた。
しばらく、部屋には静かな時間が流れた。
ココは胸の奥が、じんわりと熱くなるのを感じていた。
それは、マティルダなりの精一杯の励ましだった。
「……魔女様」
「な、何よ」
「ありがとうございます」
ココは嬉しそうに微笑んだ。
「ん――――――っ! 頑張ります!!!」
嬉しさのあまり、ココは大声で叫んだ。
「ココ! うるせー! 早く寝ろ!!」
隣の部屋から、トーニの怒鳴り声が響いた。
翌朝。
《夢見る羊》の一行は、フリンクス邸で朝食を取っていた。
食事を終えると、アーシャの願いで、ローゼンベルク家の墓へ向かうことになった。
フリンクスも同行すると言い出したが、ヨームが次々と用事を言いつけ、彼がついてこられないように取り計らった。
一行が訪れたのは、見晴らしのよい丘の上だった。
丘には、ローゼンベルク家代々の墓が並んでいる。
その一番奥には、古びた墓が6つ並んでいた。
長い年月、風雨にさらされ、墓石はすっかり風化している。刻まれていた文字も、今ではほとんど読めなくなっていた。
それでも、マティルダには分かった。
父親、母親、2人の兄、2人の姉――。
そして、叔父の墓なのだと。
アーシャが歌い始めた。
《光の神アナ》の鎮魂歌だった。
特別な魔法が付与されているわけではない。それでも、聴く者の心を穏やかにする、優しい歌だった。
マティルダは目を閉じ、黙っていた。
家族と話しているのだろう。
誰も声をかけなかった。
やがて、アーシャの歌が終わった。
マティルダはゆっくりと目を開け、アーシャを見つめた。
「アーシャ、ありがとう……。皆、喜んでいるわ」
その声は、優しかった。
「お姉ちゃん、私のことを紹介してくれた?」
アーシャがいたずらっぽく尋ねた。
「ええ、したわよ。姉様たちが特に喜んでいたわ。可愛い妹ができたって」
「うふふ、嬉しいな」
「俺は何て紹介したんですか?」
ココが尋ねた。
「貴方のことは紹介してないわ……」
「ええ……そんなー……」
《夢見る羊》の面々は、皆、笑った。
そして、マティルダも笑っていた。
フリンクス邸に戻ると、客人が来ていた。
「爺さん、なんだい、こいつら?」
《夢見る羊》を見るなり、男は失礼な言葉を口にした。
「当家の客人です」
爺さんことヨームが答えた。
「ああ! うちの大将を助けたとかいう冒険者か!」
大将とは、おそらくフリンクスのことだろう。
「ふーん……エルフとは珍しいね。しかも美人だ!」
男はペネロペを見て言った。
ペネロペは、あからさまに嫌な顔をした。
「こちらはアンドレア男爵です。ココ様、昨日お話しした、少々癖のある人物です」
ヨームが男を紹介した。
「爺さん、俺のこと、なんて紹介した?」
「頭は回るのですが、少々、癖のある人物だと」
「アハハ! 当たってる」
アンドレアは怒るどころか、楽しそうに笑った。
「爺さん、大将に報告があるんだけど……」
「私が代わりに聞きます。どうぞ」
「どうぞって……こいつらがいるぞ?」
アンドレアはココたちを見回した。
「構いません」
「へえ。爺さんが、こんな短い期間でここまで信用するのかよ……。それとも……」
アンドレアは意味ありげに笑った。
「で、報告とは?」
ヨームが促した。
「ああ、そうだった。やっぱり帝国は王国と手を組んだぞ」
「やはり、ですか……」
ヨームに慌てた様子はなかった。
「もっと驚けよ……。つまんねーなー」
アンドレアは頭をかいた。
「手を組んだ内容は?」
「今回の戦争の賠償金ってことで、手を打ったみたいだな」
マティルダの読みどおりだった。
ココは驚いた様子でアンドレアを見た。
「賠償金って、いくらぐらいなの?」
金の話には敏感なジーナが尋ねた。
「おっ! お姉さんも美人だね。名前は?」
「ジーナ」
「ジーナか、いい名前だ。これから俺と一緒に――」
「いいから、金額は?」
ジーナはアンドレアの誘いを遮った。
「ちぇっ、つれないねー……。金貨10万枚ってところだね」
「金貨10万枚……」
《夢見る羊》の面々には、想像もつかない金額だった。
「かなり安いですな……」
ヨームが呟いた。
「金貨10万枚で安いのですか!?」
ココは驚きの声を上げた。
「通常であれば、金貨30万から50万枚といったところでしょう」
ヨームが賠償金の相場を教えてくれた。
「だろ? 安すぎる……。一杯食わされたかもしれないな!」
アンドレアは笑いながら言った。
「一杯食わされた、とは?」
ココには意味が分からなかった。
「いい質問だ! 答えよう!」
アンドレアは、得意げに胸を張った。
「最初から王国は帝国と手を組んでいた! なぜだと思う?」
そう言って、アンドレアはトーニを指さした。
「分かんねーよ!」
「素直でよろしい! じゃあ、あえて戦争をしているふりをしたのは、なぜだと思う?」
今度はペソットを指さした。
「その隙を突いて、反乱組織が軍を動かすと予測したからですか?」
「……正解……」
アンドレアは、つまらなそうな顔をした。
「帝国に金貨10万枚を払って、一緒に演技してもらった! なぜだと思う?」
今度はアーシャを指さした。
アーシャは首を横に振った。
「君も可愛いね。名前は?」
「いいから、早く言えよ!」
トーニが話に割り込んだ。
「……まあ、いいか。金貨10万枚で、反乱分子をあぶり出せるからさ!」
アンドレアは、にやりと笑った。
「そいつらを皆殺しにすれば、現政権は安泰だ! 金貨10万枚なんて安いもんだ!」
自分たちのことを「そいつら」と呼び、自分たちを皆殺しにする話を、まるで他人事のように語る男。
そんなアンドレアを、マティルダは面白いと思った。
ありがとうございました。




