44話 達人
よろしくお願いいたします。
「フリンクスさんが、反乱組織の代表なんですか?」
ココは驚いた。フリンクスは、あまりにも若すぎる。
「ええ。《黄金の麦》には、現政権に不満を持つ下級貴族が集まっております。彼らにとって、ローゼンベルク家は都合のよい存在なのです」
「ローゼンベルク家が……?」
マティルダも意外そうに目を見開いた。
「マティルダ様のお父上、クリストフ様が領主だった時代、ローゼンベルク家が領民に優しかったことは有名です。そして、古代魔法王国を滅ぼしたとされる《黒の魔女》の伝承も、現政権を倒すための象徴として利用されております」
「なるほど。それで、フリンクスが神輿に担ぎ上げられたのね」
マティルダが結論づけた。
「他の貴族よりはましだろう、という程度の理由ですが……」
ヨームは苦い表情を浮かべた。
「失礼ですが、勝算はあるのですか?」
ココが尋ねる。
ドラグネス王国は大国だ。下級貴族を中心とした反乱組織が、簡単に勝てる相手ではない。
「可能性は低いと考えております」
ヨームは、ためらいなく答えた。
「それなら、今のうちに止めるべきではありませんか?」
「もはや、下級貴族の若者たちが抱いた火を消すことは難しいのです……」
ヨームの声には、長い間、彼らを支えてきた者にしか分からない苦しみがにじんでいた。
「ですが、可能性がまったくないわけではございません。現在、ドラグネス王国はグランヴァルト帝国と戦争をしております。王国が全軍を反乱軍へ差し向けるのは難しいでしょう。その隙に王都を奪還できれば……」
「その作戦が、本当に成功するとお思いですか?」
マティルダが鋭く切り込んだ。
ヨームは答えなかった。
「《黄金の麦》は、グランヴァルト帝国と密約を結んでいます」
「帝国と……? いったい、どんな条件なんですか?」
ココが尋ねた。
「政権奪回がかなった暁には、領土の4分の1を帝国に譲り渡すことになっております」
「……本気?」
マティルダが低い声で問い返した。
ヨームは答えなかった。
「私がドラグネス王国の国王なら、帝国と停戦協定を結ぶわ。多少の賠償金を支払ってでも、その後、全軍をもって反乱軍を叩く」
マティルダは淡々と自分の考えを述べた。
「ですが、《黄金の麦》と帝国は盟約を交わしているのですよ?」
「成功するかも分からない反乱軍と、現政権。帝国がどちらを信用すると思う?」
ココの質問にマティルダは呆れたように言った。
「現政権から賠償金を受け取った方が、帝国にとっては得でしょう。どちらが勝とうが、内乱によってドラグネス王国は混乱し、大きな打撃を受ける。結局、一番得をするのは帝国よ」
「な、なるほど……」
ココが頷いた。
「それに――ヨームさん。この件には、サハリエル王国も絡んでいるのでしょう?」
マティルダが尋ねた。
「お詳しいですね……。その通りです。資金援助を受けております」
「資金援助の名目は?」
「サハリエル王国も、ドラグネス王国の現状を快く思っていない。それが理由です」
「……ドラグネス王国を、これ以上調子に乗らせないためかしら?」
「サハリエル王国は、4国の均衡を重視しておりますので……」
サハリエル王国は、国土の大半が砂漠に覆われている。国力こそ小さいが、4国間の交易の中心となっており、交易によって得た富で成り立っていた。
そのため、他の3国の勢力が偏らないよう調整することが、ここ数百年にわたる暗黙の了解となっていた。
「いけ好かない国ね……」
マティルダは、吐き捨てるように言った。
「マティルダ様は、戦略にもお詳しいのですね。実は《黄金の麦》にも、帝国との関係を危惧している者が1人だけおります」
「へえ。では、なぜこんな状態になっているの?」
「……頭は回るのですが、少々、癖のある人物でして……」
マティルダとヨームの会話についていけず、ココは困ったように2人を見比べていた。
「まあ、その話はいいわ」
マティルダは話を戻した。
「フリンクスは死ぬわよ。それでいいの?」
「……若は、現状を打破したいと思っております。国のことも、家のことも……」
ヨームは、言いづらそうに答えた。
「私の悪い噂を、功を立てて消したいのね……」
マティルダが、はっきりと言った。
「正直に申し上げれば、そのお気持ちは大きいかと思います」
「……」
ヨームの言葉に、マティルダは黙り込んだ。
「近いうちに、王都奪還のため兵を挙げることになります。ココ様とマティルダ様は、早めにこの国を出て、お身体を探す旅にお戻りください」
「内乱……戦争が始まるのですね」
ココが呟いた。
「そうなります……」
ヨームは悲しそうな顔で答えた。
「今夜はもう遅いので、お部屋へ――」
「その前に、質問があるの」
マティルダが、ヨームの言葉を遮った。
「なんでしょうか?」
「ヨームさんと、貴方の息子は、なぜ私の存在を知っていたの?」
「あっ! それ、俺も聞きたかったです!」
マティルダとココが、同時に疑問をぶつけた。
「……正確には、存在は分かっておりません」
「なら、なぜ貴方の息子は、私の位置を把握できたの?」
ベルントは、マティルダの首を正確に狙っていた。
ヨームは少し考えてから、口を開いた。
「……気配、と申しましょうか。そうだ、マティルダ様。姿を消して、少し移動していただけますか?」
「……わ、分かったわ」
マティルダは姿を消し、ココの斜め左へ移動した。
その瞬間――ヨームが跳躍した。
一瞬で間合いを詰め、手刀を振り抜く。
だが、その手は何かを捉える寸前で止まった。
「マティルダ様。お姿を現していただけますか?」
マティルダが姿を現す。
その首元には、ヨームの手刀が正確に突きつけられていた。
「私たちは、そういう生き物なのです」
ヨームの声は静かだった。
しかし、その身体から放たれる殺気に、マティルダとココは悪寒を覚えた。
ヨームは、ゆっくりと手を引いた。
「失礼いたしました」
「い、いえ……」
「マティルダ様。息子の剣には、魔法が施されております。あのとき、私が止めていなければ――マティルダ様は、命を落としていたでしょう」
「……え?」
マティルダは息をのんだ。
忘れていた。
かつて、自分とペソットが話していたことを。
付与魔法を施された武器。魔力を帯びた武器。
それらは、マティルダのような精神体を傷つけ、殺すことさえできる。
「古代魔法王国が滅びて以降、剣や槍が主流となり、武器を扱う技術は大きく進歩しました」
ヨームは淡々と説明した。
「武の高みを目指す者は、私や息子以外にもおります」
そして、マティルダをまっすぐ見つめた。
「今後の旅では、そのことをくれぐれもお忘れなきようお願いいたします」
それは、ヨームからの忠告だった。
ありがとうございました。




