41話 小柄な老人
よろしくお願いいたします。
体格の良い騎士が馬から降りながら、唐突な質問をココに投げかけてきた。
「……何者と言われましても、アレクスト王国から来た冒険者です」
ココはそう答えた。
「……名は?」
騎士が尋ねる。
「……名前を聞くのなら、まずは自分から名乗るのが礼儀かと……」
ココは意地を張って答えた。
騎士はニッと笑った。
「これは失礼した。私はドラグネス王国の宰相閣下に仕える、ベルントと申す」
騎士は礼儀正しく名乗った。
「……俺はココ。アレクスト王国で冒険者をやっています」
ココも名乗り返した。
「……」
「……」
ココは騎士を見返した。
年齢は40代といったところだろうか。立派な顎髭に鋭い目つき。歴戦の猛者といった雰囲気を漂わせている。
「では、君は何者なんだ?」
「何者と言われましても、ただの冒険者です……」
「……うーん、何と言えばいいのか……君には違和感がある」
「……違和感?」
ココは思った。
何らかの方法で、マティルダの存在を感じ取っているのだろうか。
ココはペネロペに目を向けた。
ペネロペは首を横に振った。
(その人は、精霊使いではない)
そう伝えているようだった。
「……その仕草……やはり、何かあるということか……」
ココとペネロペのやり取りを見て、ベルントは何かを確信したようだった。
『魔女様、魔法の準備を……』
『分かったわ』
ココはマティルダに念話で指示を出した。
「私はごく普通の冒険者です。違和感の理由を教えていただけますか?」
それまでのんびりと成り行きを眺めていた騎士たちも、異常を察知したのか、剣に手をかけた。
「……違和感の理由か? 私も初めて感じるものなので、うまく説明できんな……」
ベルントの目つきが変わった。
彼はココに顔を近づけ、低い声で告げた。
「しいて言うなら……強者だ。私とは異なる資質を持つ強者の気配が、君の周囲から漂っている」
ベルントから、殺気にも似た凄まじい気迫が放たれた。
ココは、これまで感じたことのない圧力にさらされた。
(殺される……)
《夢見る羊》の仲間たちは、そう直感した。
脳裏に浮かんだのは、マティルダと初めて出会ったときの光景だった。
全員が一斉に武器へ手をかける。
そのとき、ベルントの殺気に驚いたジークが、前足を高く上げて怯えた。
「ジーク!」
アーシャは慌ててジークの首に抱きついた。
ジークは鼻を鳴らしながら首を大きく振ったが、アーシャは必死にしがみついた。
「大丈夫。落ち着いて、ジーク……!」
その声に、ベルントがアーシャへ視線を向けた。
「……申し訳ない。年甲斐もなく、興奮してしまったようだ」
ベルントはアーシャに詫びた。
すると、彼から放たれていた殺気が消えた。
ココたちは安堵の息を吐いた。
「では、私たちは、その違和感とやらを理由に捕らえられるのでしょうか?」
ココは気を取り直して尋ねた。
「……!? アハハ! さすがに、そんな理由だけで捕らえることはできんな!」
ベルントは愉快そうに笑った。
「まあ、そこの茂みに隠れている者を匿っている罪なら、捕らえることはできるがな……」
やはり、フリンクスが隠れていることには気づいていた。
他の騎士が動こうとしたが、ベルントが手で制した。
「まあ、初対面の人間に、自分の秘密を素直に話す者はいないからな!」
そのとき、姿を消していたマティルダが念話で尋ねた。
『でも、この殺気は何なの?』
マティルダは、いつでも魔法を放てるように身構えていた。
『魔女様、魔法を解除してくださ――』
ココが念話で魔法の解除を指示しようとした、その瞬間だった。
ベルントが腰を落とした。
次の瞬間、抜刀したことすら見えないほどの速さで、ココへ斬りかかった。
正確には、ココではない。
姿を消しているマティルダの首を、正確に狙った一撃だった。
ココもマティルダも、あまりの速さに反応できなかった。
しかし、その剣先がマティルダに届くことはなかった。
どこからともなく現れた小柄な老人が、自らの剣でその一撃を受け止めたのだ。
「……父上!」
ベルントが叫んだ。
「お前は、いつから辻斬りまがいのことをするようになったのだ!」
老人は険しい顔で息子を睨みつけた。
2人は互いに距離を取り、剣を中段に構えた。
「……」
「……」
やがて、ベルントがふっと笑った。
「ハハハ……戯れですよ。本気ではありません」
ベルントは剣を構えから解き、ゆっくりと鞘に納めた。
「……」
老人は何も言わず、ベルントを見据えたまま剣を鞘に納めた。
「父上が現れたとなれば、こちらに分はありません。退散するといたしましょうか」
ベルントは、何事もなかったかのように言った。
「よ、よろしいのでしょうか?」
ジーナと話していた騎士が尋ねた。
「ああ、構わんよ」
そう答えながら、ベルントは馬にまたがった。
「では、我々は出発する!」
ベルントは残りの騎士たちに声をかけ、馬を走らせた。
「ああ、そうそう。父上の探し物は、そこの茂みにいますぞ!」
ベルントはそう言い残し、遠ざかっていった。
「ふんっ! 知っておるわい!」
老人は、走り去るベルントの背中に向かって呟いた。
そして、茂みへと視線を向けた。
「若! 出てきてください!」
老人が呼びかけると、茂みの中からフリンクスが姿を現した。
「ヨーム……」
フリンクスが老人の名を呼んだ。
「若! あれほど勝手な行動は駄目だと、何度申し上げればお分かりになるのですか!」
ヨームは、開口一番フリンクスを叱りつけた。
「わ、分かっている! ……あっ、そうだ!」
フリンクスは話題を変えるように、《夢見る羊》の一行へ振り返った。
「皆さんにお伝えしていた家臣というのが、このヨームなんです」
「こちらの方々は?」
ヨームが尋ねた。
「私が捕らえられそうになったところを、助けてくださった方々だ!」
フリンクスは誇らしげに答えた。
「捕らえられそうになった……?」
ヨームはフリンクスを睨みつけた。
「わわわ……」
フリンクスは、自ら地雷を踏んでしまったことに気づいた。
見かねたココが、助け舟を出した。
「俺たちは《夢見る羊》という冒険者チームです。リーダーのココと申します」
「……」
ヨームは黙ったまま、ココを見つめていた。
やがて、低い声で尋ねた。
「貴方は、何者なのでしょうか?」
それは、先ほどベルントから投げかけられたものと同じ質問だった。
ありがとうございました。




