38話 怒り
よろしくお願いいたします。
「あの忌まわしき《黒の魔女》の家系です……」
フリンクスは吐き捨てるように言った。
「淫乱で、狡猾で、今では畏怖の象徴となった《黒の魔女》の家系なんですよ……」
フリンクスは心底、憎んでいるようだった。
「は……?」
ココの声だった。
「今、なんて言った?」
明らかにココの態度が変わった。
「ですから、《黒の魔女》の家系だと……」
「その前だ!」
ココが怒鳴った。
「淫乱で、狡猾な……」
フリンクスも驚いていた。先ほどまで温厚そうだったココの態度が、突然、豹変したのだ。
ココにとって、マティルダは得体の知れない魔女などではない。
自分が愛する、大切な女性だった。
「取り消せ! その言葉を取り消せ!」
ココはフリンクスの肩をつかみ、叫んだ。
「ちょっ、ココ……!」
慌ててトーニが引き離そうとする。
「魔女様は……魔女様は、そんな人じゃない! 今の発言を取り消せ!!」
トーニとペソットが抱きついて止めているにもかかわらず、ココは叫び続けた。
そんなココに、フリンクスも言い返した。
「あなたは《黒の魔女》の何を知って、そこまで言っているのですか! 我々の先祖が、あの女のせいでどれだけ苦渋を味わわされてきたか……あなたには分からないでしょう!」
「それが勘違いなんだ! 魔女様は、そんな女性じゃない!」
トーニとペソットが止めていなければ、今にも殴りかかりそうな勢いだった。
「あなたは《黒の魔女》の何なのですか! 500年前の人間のことですよ!?」
ジーナがフリンクスの前に立ち、ココとの間に割って入った。
「ココ、落ち着け!」
トーニが叫ぶ。
「こいつは魔女様のことを……! 離せ、トーニ!!」
ココは興奮しきっていて、周囲の声が耳に入らない。
そんなときだった。
「我に力を。眠りの幕を下ろせ……」
ペネロペが精霊魔法を唱え始めた。
「《眠りの妖精》!」
人型の影が現れた。
その影がココに触れる。
「うっ……」
ココは崩れ落ちるように、そのまま眠りに入った。
「ありがとう、シェード」
ペネロペがお礼を言うと、黒い影はこくりと頭を下げ、消えてしまった。
「はぁ、はぁ……。ぺ、ペネロペさん、ありがとうございます」
ペソットが息を切らしながら礼を言った。
魔法使いが剣士を力ずくで取り押さえるのは難しい。ペネロペが眠らせてくれなければ、どうなっていたか分からなかった。
「いったい、何なんですか、彼は!?」
フリンクスは、まだ興奮が収まらない様子だった。
「フリンクス君」
ジーナが声をかけた。
「なんでしょう?」
「フリンクス君は、《黒の迷宮》って知っているかしら?」
「《黒の魔女》の精神が封印されているという場所ですか?」
「そう。私たちは、その《黒の迷宮》の近くで育ったの」
「はい……」
フリンクスは、何の話だろうと首を傾げた。
「《黒の魔女》は、その地方では《土地神》なのよ。悪い魔女なんだけど、その力で周りの邪悪なものを近づけない。守り神みたいな存在として信仰されているの」
ジーナは息を吸うように、嘘を並べた。
「ココはその熱心な信者なの。《黒の魔女教》みたいなものだと思ってくれる?」
「く、黒の魔女が、神なんですか?」
フリンクスは驚いた。
「そう。だから、ココの前では《黒の魔女》の悪口は言わないでほしいの……ねっ、アーシャ?」
ジーナはアーシャに話を振った。
「ええ。それはもう、兄は熱心に《黒の魔女》様を慕っております」
アーシャも、息を吸うように嘘をついた。
「私は王都周辺で暮らしていましたが、ノクタリアの町の周辺では《黒の魔女》が慕われていると聞いたことがあります」
ペネロペまで、息を吸うように嘘をついた。
(……女って怖いな)
トーニは心の中でそう思った。
「そ、そうなんですか……。知りませんでした……」
フリンクスは戸惑いながらも、話を聞いていた。
「で、ですが、《黒の魔女》が神であろうと、あの女のせいで受けてきた屈辱は……」
そこまで言って、フリンクスは口をつぐんだ。
「そうね。フリンクス君にとっての《黒の魔女》と、ココにとっての《黒の魔女》は違うわ。無理に理解しろとは言わない。ただ、もう一度言うけど、ココの前では悪口を言わないでほしいの。ココには、私たちからフリンクス君が《黒の魔女》のことでどれだけ苦労してきたか、伝えておくわ」
ジーナは優しい声で言った。
「……分かりました。納得はできていませんが……」
フリンクスは承知したものの、本音も付け加えた。
「……それで十分よ。トーニ、フリンクス君を外に連れていって、少し空気を吸わせてあげて。ここは雰囲気がよくないから。ただし、遠くには行かないでね。追っ手がいる可能性もあるから」
「ああ、行こう」
トーニはフリンクスの背を押した。
「はい……」
フリンクスも、一度外の空気を吸って落ち着きたいと思っていた。
2人が洞窟を出ていくのを確認してから、ジーナは声をかけた。
「魔女ちゃん、姿を現してくれる?」
「……」
マティルダは姿を消したままだった。
「魔女ちゃーん! マティルダー、お姉ちゃーん!」
ジーナが呼びかける。
「……お姉ちゃん、出てきて。話をしよう!」
今度はアーシャが呼びかけた。
やがて、マティルダが姿を現した。
その顔は、青ざめていた。
自分を憎む若者の言葉。そして何より、自分のために、あれほど取り乱したココの姿を目の当たりにしたからだった。
「……私は、私はどうしたらいいの?」
500年前、マティルダに向けられた憎悪は、嫉妬やひがみなどが入り混じったものだった。
だが、あそこまで強い憎しみを向けられたことはなかった。
そして、家族以外の誰かが、自分のためにあれほど怒ってくれたこともなかった。
初めての経験だった。
今のマティルダは、ただ一人の少女のようだった。
「見て、聞いていたでしょ? あの子の中では、魔女ちゃんの評価は最悪ね」
ジーナは率直な意見を口にした。
「魔女様の関係者に、こんなに早く出会えたことは幸運でしたが……。ココがあんなに激高する姿を、私は初めて見ました」
ペソットは心配そうな顔をしていた。
「私も……。あんなお兄ちゃん、初めて見ました」
アーシャも驚いていた。いつも温厚な兄の、あのような姿を見たことがなかったのだ。
「……」
ペネロペは何も言わなかった。
マティルダは、うつむいたままだった。
「ひとまずは、彼についていくしかないわ。それが一番の近道ね……。でも、ココは大丈夫かしら……」
ジーナは頭を抱えた。
マティルダは、横になって眠るココをじっと見つめていた。
ありがとうございました。




