37話 内乱
よろしくお願いいたします。
若者がうめき声を上げた。
「まずは、魔女様は姿を消してください。混乱を招く恐れがあります。聞きたいことがあれば、念話で指示してください」
ココがマティルダに告げた。
「わ、分かったわ」
マティルダの姿が消えた。
彼女が姿を消したことを確認すると、トーニが若者に声をかけた。
「おい! 大丈夫か! おい!」
「……うっ……うう……」
若者が目を覚ました。
天井には、むき出しの土が見えた。どうやら洞窟の中らしい。
見知らぬ6人の男女と、1頭のロバがいる。
しかし、若者は驚くほど冷静だった。
「……ここは?」
「あなたが襲われていた場所から、半日ほど離れた洞窟の中です」
ココが説明した。
肝の据わった若者だな、とココは思った。
「私を捕らえようとしていた者たちは?」
若者は横になったまま、ココの顔を見て尋ねた。
「私たちが倒しました」
ココは少しだけ嘘をついた。
「殺したのですか?」
「いえ。気絶させた者と、眠りの魔法で眠らせた者がいます」
「そうですか……。良かった……」
ココは少し驚いた。
自分を捕らえようとして暴力まで振るった相手を、若者は気遣ったのだ。
若者は自分の顔に触れた。
「傷が治っている……」
「勝手ながら、妹が治癒魔法をかけました」
若者はココの視線を追い、アーシャの存在に気づいた。
「ありがとう」
短く礼を述べる。
アーシャは笑顔で、こくりと頷いた。
若者が起き上がろうとすると、ココが手を貸した。若者は支えられながら上体を起こし、座った。
「助けていただき、ありがとうございます」
凛とした、誠実な声だった。
「いえ、たまたまです」
ココが答えた。
「なぜ私を助けたのですか? 相手は王国の兵だったのでしょう?」
若者は不思議そうに尋ねた。
見ず知らずの人間を助けるために、王国兵と事を構えた理由が分からなかったのだ。
「うーん……。五対一は卑怯だと思いまして」
ココは、特に答えを考えていなかった。
「私が犯罪者かもしれない。その犯罪者を捕らえに来た王国兵だとは考えなかったのですか?」
若者は鋭い質問を返してきた。
「精霊が教えてくれたの。あなたは悪い人ではないって」
ペネロペが助け舟を出した。
「精霊? ああ、エルフ族の方でしたか。珍しいですね」
若者はペネロペの耳を見て言った。
「精霊は悪しき心を嫌います。あなたを助けなさいと、精霊がささやいたのです」
もちろん、精霊はそこまで都合よく人の善悪を教えてくれるわけではない。
ペネロペは嘘をついていたが、顔色一つ変えなかった。
「……」
ココは、女性は怖いなと思った。
「そうでしたか……。私を悪人だと思わないとは、驚きですね……」
若者はまだ腑に落ちない様子だったが、とりあえず納得したようだった。
「あっ! まだ名前を名乗っていませんでした。失礼しました」
若者は姿勢を正した。
「フリンクスと申します。本当にありがとうございました」
そう名乗り、改めて礼を述べた。
「私たちは《夢見る羊》という冒険者チームです。私はリーダーのココといいます」
ココは仲間たちを順に紹介していった。
だが、ジークの名は口にしなかった。
「ブルル……」
ジークが、自分も紹介しろと言わんばかりに鳴いた。
それをトーニが面白がってからかうと、ジークはトーニに噛みついた。
アーシャが、一人と一頭をたしなめる。
「騒がしくて、すみません……」
ココが謝った。
「いえ。仲の良い冒険者チームなのですね」
フリンクスは苦笑しながら言った。
「ココさんたちは、ドラグネス王国の方ではありませんよね?」
王国の国民が、自国の兵士に立ち向かうとは考えにくかった。
「アレクスト王国から来ました」
「理由を聞いても?」
フリンクスは不思議そうに尋ねた。
「はい。妹が《光の神アナ》の神官で、巡礼のために王都へ向かう予定なのです」
ココは、何度も使ってきた嘘をよどみなく口にした。
「ああ、そうでしたか……。巡礼者であっても、現在の王都アルセリアへ入るのは難しいと思いますよ」
フリンクスは顎に手を当てながら話した。
「えっ? どうしてですか?」
「……内乱が起きているからです」
「内乱ですか!?」
「そうです。そのため、王都への出入りは厳重に管理されています。他国の人間が入るのは……難しいでしょう」
フリンクスは、現在の国情を説明した。
「ドラグネス王国は、グランヴァルト帝国と戦争中なのでは?」
ペソットが尋ねた。
「そうですね……。その隙に王都を攻め、政権を奪おうとしているのでしょう」
「その内乱の理由は?」
今度はジーナが尋ねた。
「現国王ポケッティは野心家で、領土を広げるためにグランヴァルト帝国やアレクスト王国との戦争を引き起こしています。そのため税金は上がり、若者は戦争に駆り出され、民は苦しんでいるのです」
フリンクスは悔しそうに語った。
「……それで、政権交代を目指しているわけね」
ジーナが結論づけた。
「その内乱を起こしているのは、市民なのですか?」
ココが続けて尋ねた。
「市民もいますが、現政権のやり方に不満を持つ貴族が中心で、《黄金の麦》と名乗っています」
ドラグネス地方は、良質な麦の生産地として有名だった。そこから取った名なのだろう。
「そして、フリンクスさんも……その一員なのですね?」
ココの言葉に、フリンクスの表情からわずかに笑みが消えた。
「……なぜ、そう思われたのですか?」
「王国兵に追われていたこと。そして、その紋章です」
ココはフリンクスの胸元へ視線を向けた。
フリンクスは反射的に、外套の下へ紋章を隠すように手を添えた。
「……見逃しては、いただけませんか?」
「捕らえて突き出す、という意味ですか?」
「はい。そうすれば、貴方たちは王都へ入れるかもしれません」
「その方法もありますね」
ココは少し考えた後、穏やかに首を横に振った。
「でも、突き出したりはしません」
「……なぜですか?」
「この短い時間で、俺はフリンクスさんに好感を持ちました」
フリンクスは目を見開いた。
やがて、張り詰めていた肩の力がわずかに抜けた。
「……変わった方ですね」
彼は苦笑し、しばらく迷った末に口を開いた。
「私は、《黄金の麦》の一員です」
フリンクスはココの答えを面白く感じた。同時に、彼の人間性を理解できた気がした。
そして、正直に答えた。
「一つ、質問してもよろしいですか?」
ココの頭の中に、マティルダから念話が届いた。
『その紋章について聞いてちょうだい』
ココはフリンクスの胸元に目を向けた。
「その紋章――中央の薔薇と、その両脇に描かれた獅子について教えていただけますか?」
フリンクスは苦い顔をした。
「……この紋章は、ローゼンベルク家の紋章です」
フリンクスの声から、先ほどまでの穏やかさが消えた。
「あの忌まわしき《黒の魔女》の家系です……」
ありがとうございました。




