36話 紋章
よろしくお願いいたします。
戦闘音のする方向へ向かったココ。
「大気に漂うマナよ、我が瞳となりて……」
マティルダが詠唱する。
「《索敵魔法》!」
魔法が発動した。
「6人の人間ね。1対5って感じかしら……」
「1対5ですか……」
そんなやり取りをしている間に、ココは戦闘場所の近くの茂みに飛び込んだ。
暗くてよく見えないが、盾を構え、必死に剣を振るう1人の男を、5人の男が囲んでいるようだった。
「逃がすな!」
「生きたまま捕らえろ!」
「多少、傷つけてもしょうがない!」
5人の男が口々に叫んでいる。
「捕縛のようですね……」
「そのようね……。関わらない方が無難だわ」
「そうですね……。下がりましょう」
ココが後ずさりしようとした瞬間、1人で奮闘していた男の剣が弾き落とされた。
5人の男が一斉に飛び掛かり、若い男を取り押さえた。
「離せ!!」
声からすると、若い男性のようだった。
「暴れるな!」
鈍い音が響く。殴られているようだ。
若い男は盾で抵抗していたが、
「うっ……」
やがて静かになった。男が気を失ったようだ。
「ハァハァ……手こずらせやがって!」
5人の男の1人が、若い男の盾を剥ぎ取り、ココが隠れている方向へ投げ捨てた。
月明かりに照らされ、盾に描かれた紋章があらわになった。
「えっ……!」
マティルダが驚いた。
「あの若い人を助ける」
突然、マティルダが言った。
「えっ!」
ココは戸惑った。
「は、早く!」
「は、はい!」
マティルダの突飛な要求にも慣れつつあるココは、こうなると行動が早い。
ココは勢いよく藪から飛び出した。
「魔女様、相手を殺さないで下さい」
「分かっているわ」
突然、走り寄ってきたココに、5人の男たちは驚いた。
「な、なんだ!?」
「増援だ!」
そんな声には構わず、ココは自分の盾を構え、1人の男にぶつかった。
男はその場に倒れ、気を失った。
ココが走り出すと同時に、マティルダも詠唱を始めていた。ココが男にぶつかった頃には、魔法は完成していた。
「《睡眠魔法》!」
深い眠りに誘う魔法だった。
残りの4人は膝から崩れ落ち、そのまま眠ってしまった。
「ふう、上手くいきましたね、魔女様……魔女様?」
ココが話しかけたが、マティルダは若い男を見つめていた。
そこへ、《夢見る羊》のメンバーが駆け寄ってきた。
「な、何だよ、この状況……」
トーニが驚いた。
「殺したの……?」
ジーナが尋ねた。
「いや、気絶しているか、眠っているだけだ。殺していない」
ココが答えた。
「鎧の胸にある紋章を見ると、ドラグネス王国の兵ですね……」
ペソットが状況を確認している。
「5人の男が、そこの若い男を捕まえようとしていたんだ」
「ちょっと……王国の兵士と事を構えるのはまずいって!」
ココの説明に、ジーナが抗議した。
「魔女様の指示だ。魔女様には、何か思うところがあるらしい」
「……」
マティルダは押し黙っていた。
「この若い人の紋章は、他の人たちとは違いますね……。中央に薔薇、その両脇に獅子……」
ペネロペは若い男の鎧に描かれた紋章を見ていた。
「では、早くこの場を離れましょう」
ペソットが提案した。
「若いのは連れていくとして、他の連中はどうする?」
トーニが尋ねた。
「放置でいい。魔物に襲われないよう祈ろう。ペソットの言う通り、早くこの場を去ろう」
ココが指示を出した。
「じゃっ、俺が若いのを運ぶか!」
トーニが申し出ると、ココも手伝い、若い男を背負わせた。
「アーシャ、そこの剣と、あそこにある盾を持っていってくれ。この人の物だ」
「分かった」
ココの指示に従い、アーシャが剣と盾を回収した。
「魔女様、トーニに《肉体強化》を……」
マティルダは上の空だった。
「魔女様!」
「えっ! はい!」
ココの呼びかけに、マティルダは我に返った。
「魔女様、トーニに《肉体強化》をお願いします。この場から急いで離れます」
「は、はい! 承知したわ……」
「魔女ちゃん、どうしたの?」
ジーナが不思議そうに尋ねた。
「分からない……。この若者が気になるようだ……」
ココが答えた。
一行は野営場所に戻り、ジークと荷物を回収した。野営の跡を片付けると、その場を後にした。
数時間歩いたところで、崖に浅い洞窟を見つけ、そこで休憩することになった。
辺りは朝霧に包まれていた。
若い男は、まだ気を失ったまま横になっていた。
アーシャが治癒魔法をかけたため、外傷はすでに治っている。
「魔女様、この若者に何かあるのですか?」
ココが優しい声で尋ねた。
「……」
マティルダはすぐには答えなかった。
ココは、彼女が話し出すのを静かに待っていた。
「……その紋章」
マティルダが静かに口を開いた。
そして、壁に立てかけてある盾の紋章を指さした。
「……私の家の紋章と同じなの。ローゼンベルク家の」
「ローゼンベルク……」
ココは、マティルダの家名を初めて知った。
「中央に薔薇、その両脇に獅子。これがローゼンベルク侯爵家の紋章なの」
「魔女様の家は侯爵なのですか!?」
ペソットが驚いた。
「俺、貴族のそれ、よく分からんのだけど……偉いのか?」
トーニが肩を回しながら尋ねた。ここまで若い男を背負ってきたため、肩が凝っているのだろう。
「公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順番です。侯爵は王に直接意見を言えるほどの立場です」
「王に直接、意見が言えるって、スゲーの?」
「はい、物凄くスゲーです!」
「魔女様は名門貴族のご令嬢です!」
トーニの質問に、ペソットは律儀に答えた。
「お姉ちゃん、フリフリのドレスなんか着てたの?」
アーシャが憧れの眼差しで尋ねた。
「ええ、たまに……。私は着るのが嫌だったけど……」
マティルダが答えた。
「えー、いいなー。私も着てみたい……」
「女性なら一度は憧れるわよね……」
アーシャとジーナは、ドレス姿を想像して楽しそうに話していた。
そんな2人のやり取りを見て、マティルダの表情がほんの少し和らいだ。
「お父様の名前はメッツェルダー・フォン・ローゼンベルクて言うの……
この辺りを治める領主だったわ」
「お父様の名前は、クリストフ・フォン・ローゼンベルク。この辺りを治める領主だったわ」
「お父様は、魔法王国では珍しく、領民を大切にする貴族だったの。領民からも慕われていたわ」
「北西にはドワーフたちの小さな国があって、そのドワーフたちの自治を認めていたの。交易も盛んで、ドワーフが作る工芸品などで利益を上げていたから、領民の税金は他の領地に比べて低かったのよ」
マティルダは、亡き父親のことを語った。
「優しい人だったのですね」
ココが言った。
「そう、自慢のお父様よ。そして、お母様も兄様も姉様も優しかった」
500年前の話だが、マティルダは封印をされていたのでつい最近の記憶だった。
「同じ紋章があるということは、古代魔法王国が滅び、魔法戦争を経た今も、ローゼンベルク家の家名が続いているということですね」
ペソットが言う。
「そうみたいね……でも、この人のことは知らない……知らない人」
横になる若者の顔を見ている。
「そりゃあ、魔女様の家族は500年前に……」
トーニが話かけた時
「うっ……」
そのとき、若い男が声を上げた。
ありがとうございました。




