34話 赤毛のロバ
よろしくお願いいたします。
《夢見る羊》一行は王都を出発した。
通行証が渡されるまでの5日間、彼らは旅の準備をしていた。
ココとトーニは、グリフォンとの戦いで愛用の剣の刃こぼれが酷くなったため、買い替えることにした。
ココはロングソード、トーニはグレートソードを新調した。
ジーナは遠方からの牽制を考え、ショートボウガンを購入した。普通のボウガンより威力は低いが、連射が速く、取り回しもよかったからだ。
それなりの金額を使ったが、今後の旅を考えれば必要経費だった。
その他にも、必要な物をあれこれと用意した。
城門まで、《紅蓮の牙》のメンバーはネグロを除いて見送りに来てくれた。
ペネロペとモニカは、別れを惜しむように抱き合っていた。
「元気でね、ペネちゃん……」
「モニカもね……」
二人はなかなか離れようとせず、やがて名残惜しそうに手を振った。
それぞれのメンバーと別れの挨拶を交わし、《夢見る羊》は王都を後にした。
最後まで、ベルゴミの声を聞くことはできなかった。
一先ずは、西の防衛都市フェルガンを目指す。
フェルガンは、西のドラグネス王国が戦争を仕掛けてきた際の最前線となる重要拠点だ。
《夢見る羊》には、ペネロペの他にも新しいメンバーが加わっていた。
グリフォン討伐の際、囮として購入したロバである。
奇跡的に生き残った、珍しい赤毛のロバだった。
ロバはアーシャによく懐いていた。アーシャも可愛がり、ジークというロバらしからぬ名前をつけた。
その名は、アーシャが子供の頃に読んだ本に登場する人物から取ったものだった。空の星を自分のものにしようとする皇帝の物語で、その皇帝の友達がジークという名前だったらしい。
物語のジークは優しい好青年だったが、ロバのジークは気性が荒かった。アーシャ以外には、触ることすら難しい。
アーシャ、ジーナ、ペネロペの荷物は運んでくれるが、男性陣の荷物を乗せるのは嫌がった。
特にトーニとの相性は最悪だった。
「イッテッ!!」
アーシャに話しかけていたトーニは、ジークに噛まれた。
「アーシャ、何とかしてくれよ……」
「ジーク、人を噛んだらダメって何回も言っているでしょ?」
アーシャは手綱を引きながら注意した。
ジークは申し訳ないと言わんばかりに頭を下げた。
「ジークなんかやめて、女好きのベントーラって名前に変えようぜ……」
「イッテッ!!」
トーニはまた噛まれた。
もう一つの異変は、ココに触れんばかりの距離でペネロペが隣を歩いていることだった。
「あ! ココさん、あそこを見てください。綺麗な景色ですね」
「あっ、本当だ。綺麗ですね」
そんな調子だった。
「魔女様、見てください。綺麗ですよ」
ココはマティルダにも話を振った。
「ふん、珍しくもないわ……」
マティルダは機嫌が悪かった。
「えー、そうですか……。綺麗なのに」
「綺麗ですよねー」
ペネロペは横目でマティルダを見た。
「ふんっ!」
マティルダはそっぽを向いた。
そこに、この手の話に敏感な人間がいた。
先頭を歩くジーナだった。
(……三角関係……面白くなってきたわね……でも、集中、集中! あの男に負けたくないわ。で、でも……)
ジーナはなかなか集中できずにいた。
《夢見る羊》は街道を西へと進んでいった。日を追うごとに王都は遠ざかり、周囲の景色も少しずつ変わっていく。
途中、南西方向に広大な《翠影の森》が見えた。
ペネロペに母親へ挨拶に行くか尋ねたところ、彼女は首を横に振った。
エルフ族以外の者が森に入ると、二度と出られない結界が施されているらしい。
途中、魔物の襲撃も何度かあったが、一流冒険者のペネロペが加入したことにより、無事に撃退できていた。
マティルダには、本当に危険なときだけ助力してほしいと、ペソットが頼んだ。
皆の成長のためだった。
当の本人は不服そうだった。
ある日、日課の素振りをしていたトーニは、マティルダに提案した。
「グリフォンに使った魔法を、威力を弱くして自分たちにかけてもらっていいっすか?」
《過重力》のことだった。
その日から、ココとトーニは《過重力弱》をかけられた状態で素振りをすることになった。
普段なら軽々と振れる剣が、ずっしりと重い。振り下ろすだけでも腕に負担がかかり、何度か繰り返すうちに、二人の額には汗が浮かんでいた。
それでも、トーニは剣を振るうのをやめなかった。
ベントーラとの実力差。そして、グリフォンに襲われた際、真っ先にアーシャを守れなかったこと。
その悔しさが、トーニを突き動かしていた。
もっと強くならなければ。仲間を守れるようにならなければ。
そんな思いから始めた鍛錬だった。
トーニはこの訓練を《精神と時の試練》と名付けた。
だが、暇を持て余していたマティルダが、二人の様子を見ながら、ほんの少し魔力を強めてしまった。
ほんの少しのつもりだった。
結果、ココとトーニは丸一日動けなくなった。
マティルダがペソットに説教されたのは、言うまでもない。
旅は順調に進み、王都リューネルを出発してから16日目に、防衛都市フェルガンへ到着した。
防衛都市だけあって、高く分厚い城壁と、大きな城門が特徴的だった。
《夢見る羊》は城門を抜け、フェルガンの町へと入っていった。
久しぶりに柔らかいベッドで寝られそうだ。
「何? 男は自分の意識があるようだったと……」
薄暗い部屋の中で、男が驚きの声を上げた。
「はい。男の隣には、ゴーストのような姿をした黒の魔女がおりました」
答えたのは、配下らしい男だった。
ペネロペに短刀で斬りつけ、水魔法を使った男である。
「あの黒の魔女が肉体を奪えなかった……。あり得ない……。他に理由があるのか……。それとも、体を奪おうとした男が強者だったのか……」
男は考え込んだ。
「それはないかと……。ノクタリアの町で聞き込んだ情報では、中級の冒険者と聞いています」
水魔法の男が答えた。
「ふむ……。分からぬな……」
男はしばらく考えた後、尋ねた。
「それで、帝国ではなく、ドラグネス王国方面に向かったと……」
「はい」
水魔法の男が答えると、男は小さく呟いた。
「故郷に戻り、何をする気だ……マティルダ……」
ありがとうございました。




