32話 胸
よろしくお願いします。
5日後、ベントーラから通行証が用意できたと連絡がきた。
前回と同じく、酒場が待ち合わせ場所だった。
《紅蓮の牙》から来ていたのは、ベントーラ、ペネロペ、ミカエラの3人だった。
ほかの4人は別の用事があるらしい。
ベントーラはいつもどおりだったが、ペネロペはうつむき、元気がなかった。一方、いつも機嫌の悪いミカエラは、今日は機嫌がよかった。理由は分からない。
「チョコ君! 通行証が用意できた。受け取ってくれ……だが、頼んだ貴族が欲を出してきて、金貨20枚になってしまったんだよ……申し訳ない」
申し訳なさそうな素振りなど微塵もないベントーラが、いの一番に口を開いた。
「金貨10枚って話じゃない!」
ジーナは金銭のことには厳しい。
「ジーナ嬢、申し訳ない。どこも物入りなんだよ」
ベントーラは申し訳なさそうに言った。
「ありがとうございます。金貨20枚、お支払いします。ベントーラさんが手を尽くしてくださったことへの対価です」
ココは通行証を手配してくれたベントーラへの感謝を込めて、深く頭を下げた。
「アハハ、チョコ君は真面目だな……そんなに苦労はしてないんだけど」
「だが、こちらの条件を飲んでくれたら、金貨10枚……いや、タダでもいいよ」
ベントーラが驚くような提案をしてきた。
今後のためにも、少しでも金銭は残しておきたい。ココは恐る恐る尋ねた。
「……じょ、条件とは?」
「……なに、簡単なお願いさ。ペネロペ嬢を《夢見る羊》で面倒見てくれないか?」
さらに驚くような提案だった。
5日前――。
「ベントーラ、話があるの……」
ペネロペがまっすぐな目でベントーラを見つめていた。
「……」
「まずは、座ろう」
ベントーラは手で座るよう促した。
ペネロペは近くの椅子に腰かけた。
「皆に聞かれてもいい話かい?」
「かまわない。いや、皆にも聞いてほしい……」
ベントーラに尋ねられ、ペネロペは答えた。
ほかのメンバーも、それぞれ近くの椅子やソファーに座った。
それから、しばしの沈黙が流れた。
「……私、《紅蓮の牙》を抜けようと思うの……」
絞り出すような声で、ペネロペが言った。
「えっ! ペネちゃん、なんで……? 嫌なことでもあった?」
モニカが驚いて尋ねた。
「そうよ! 何か不満でもあるの?」
ミカエラも続けて問いかけた。
「違う! 嫌なことや不満なんかじゃないの……」
ペネロペは強く否定した。
「皆には感謝してるくらいなの……エルフの私なんかと仲良くしてくれて……」
閉鎖的な日常に嫌気が差し、故郷を飛び出したペネロペ。右も左も分からない彼女を最初に迎え入れてくれたのは、《紅蓮の牙》だった。
「なら、なんで……」
ミカエラが問いかけた。
「……チョコ君かい?」
ここでベントーラが口を開いた。
「……正直に言うと、それもある。でも、彼らの旅の話を聞いて……私も王都以外の場所を見てみたいと思ったの……」
ペネロペは両手を胸に当て、正直な気持ちを話した。
「彼らの旅は、危険な旅になりそうですよ?」
モリエーロが優しい声で言った。
「……それも承知してる……」
ペネロペの頬を涙が伝った。
「……自ら危険な場所に赴こうとは……気がしれんな」
ネグロなりの心配の言葉だった。
「……」
ベルゴミは何も言わなかった。
「……我々が君の自由を縛りつけていたってことか……」
ベントーラは天井を見上げて言った。
「ち、違う! ……私の世界は故郷と王都周辺だけだった。でも、彼らの話を聞いて、ほかの世界もあるんだなって気づいたの! 縛られていたなんて思ったこともないよ……」
「……ペネロペ嬢、言い方が悪かった。すまない」
ベントーラは謝った。
「……考え直すことは、できないの?」
モニカは涙目だった。
「……ごめんなさい」
ペネロペは小さな声で謝った。
長い沈黙が流れた――。
「……冒険者とは自由だ……」
ネグロが言った。
その言葉に、ベントーラはカッと目を開いた。
「そうだ! 冒険者は自由だ! よし、我々も旅に出ようじゃないか!」
ベントーラが大声で叫んだ。
「無理!」
ミカエラが即答した。
「王都の暮らしがいい!」
モニカも続いた。
「教会の仕事もあるので……無理です」
モリエーロも首を振った。
「……面倒、却下……」
ネグロはいつもどおりだった。
「……」
ベルゴミも首を横に振った。
「えーーー! 皆、返事が早いよー! いい案だと思ったのに……」
ベントーラはガクリとうつむいた。
だが、すぐに勢いよく顔を上げた。
「じゃあ、我々ではペネロペ嬢の願いを叶えることはできない! 意見の相違だ! これでは共に歩めない……」
ベントーラは両手を広げ、宣言するように言った。
「脱退を許可しよう!」
「えっ!」
ペネロペはベントーラの言葉に驚いた。
「えーー、認めちゃうの?!」
モニカが抗議した。
「これ以上の引き止めは無粋だよ」
ベントーラはそう言い切った。
「……ありがとう……」
ペネロペの心からの声だった。
「ああーーー! 美しき我がペネロペ嬢がいなくなると思うと……」
ベントーラは言葉を詰まらせ、目頭を手で押さえた。
(……え?)
ペネロペは、ベントーラの様子をじっと見つめた。
(もしかして……ベントーラって、私のことを……?)
胸の奥が、少しだけざわついた。
(いやいや、そんなはず……でも……)
ペネロペは、自分でも気づかないうちに頬を赤くしていた。
「いなくなると思うと、こんなにも胸が……」
ベントーラは言葉を続けた。
(やっぱり……?)
ペネロペの期待は、少しずつ膨らんでいった。
「ベントーラ、ごめんなさい! 今まであなたの気持ちに気づかなくて……」
ペネロペは頭を下げて謝った。
「は?」
ベントーラはきょとんとした。
「え?」
ペネロペも困惑した。
「……すまん、ペネロペ嬢……俺、全く思いつかない……何かしたかい……?」
ベントーラには、まったく思い当たることがなかった。
「えっ! えっ! ……ベントーラは、私のことが好きなのでは?」
ペネロペは顔を赤くしながら尋ねた。
「仲間として好きさ」
ベントーラはあっさり答えた。
「え?」
「私のことが恋愛感情として好きなんでしょ?」
ペネロペはもう一度確認した。
「全然!」
ベントーラは即答した。
「え?」
ペネロペは目を見開いた。
「ちょっとも?」
「ちょっとも!」
「これっぽっちも?」
「これっぽっちも!」
「えーーー!」
ペネロペは困惑した。
「だって! 今の態度や言葉は?」
ペネロペは必死に問いかけた。
「ペネロペ嬢、俺は女性が好きだが……胸が大きいほうが好きなんだよ……。残念ながら、ペネロペ嬢は……」
ベントーラは、いささか言いづらそうに言った。
ペネロペは自分の胸を見下ろした。
エルフ族特有の、小さな胸だった。
「俺の好みはミカエラみたいな女性さ!」
ベントーラはミカエラを指さした。
「えっ! 私……」
突然の告白に、ミカエラは嬉しそうに頬を緩めた。
ミカエラの胸は大きかった。
「……」
ペネロペは黙り込んだ。
「えー、やだー、突然すぎるー」
ミカエラは嬉しそうだった。
「……き、き……」
ペネロペが何かを言いかけた。
「気にしてたのにーーーー!!」
またしても、ペネロペは大泣きした。
「あー、ベンちゃん泣かしたー!」
モニカが叫んだ。
「ぺ、ペネロペさん、人にはいろいろ個性があって……」
モリエーロが泣き止ませようとした。
「……」
ベルゴミは黙っていた。
そして、ネグロはそそくさと自分の部屋に入っていった。
ありがとうございました。




