31話 通行証
よろしくお願いいたします。
ペネロペは、襲撃の後、《紅蓮の牙》が借りている一軒家に戻った。
後をつけられている様子はなかった。
汚れた体を拭き、寝間着に着替えると、ベッドへ倒れ込んだ。
疲れてはいたが、黒の魔女から受けた威圧や、襲撃による恐怖と興奮のせいで、なかなか眠れなかった。
(大泣きしているところを、見られちゃったな……)
(私の勘違いだったのか……何かムカつく……)
(優しい顔をしてたな……)
(黒の魔女の体を取り戻す旅か……)
ペネロペは、ココに抱き寄せられた腰の辺りを撫でていた。
ほかにも、眠れない理由が芽生え始めていた。
謎の男2人から襲撃を受けた翌朝、ココは自分の部屋に《夢見る羊》のメンバーを呼び、昨晩の出来事を説明した。
「つまり、魔女様以外にも500年前を知る人物がいて、そいつらが襲ってきた……と」
ペソットは、話の内容を確認するように繰り返した。
「襲うってことは、魔女様を封印した奴らか?」
トーニにしては、的を射た質問だった。
「そうとしか考えられないわ」
マティルダは答えた。
「封印が解かれたことを、何かしらの方法で知ったのね……。私は、どうやって封印されていたの?」
マティルダが尋ねた。
「小さな棺のような入れ物に、魔法陣が幾重にも描かれた紙が貼ってありました」
ペソットは記憶をたどりながら答えた。
「……多分、その魔法陣の紙が、封印を解かれたときに知らせる仕組みだったのね……」
マティルダは苦い顔で言った。
「ちょっ! ちょっと待って! バレたのって、あの紙を俺がビリビリに破ったせいか?」
トーニが慌てた。
「そこは、あまり関係ないわ。綺麗に剥がしても同じことだったはずよ」
マティルダが否定した。
「よかったー……。マジで焦ったぜー」
トーニは心底安心した。
「問題は、この旅がさらに危険になったことね。向こうは情報を持っているけど、こちらには何の情報もない! かなり不利ね」
ジーナが冷静に分析した。
「まあ、主導権を向こうに握られているのは癪だけど、旅の目的――私の体を取り戻すことは変わらないわ。出たとこ勝負よ!」
マティルダはしばらく考えた末、そう結論づけた。
しかし、彼女は一人、椅子に座ったまま、うつむいて真剣な表情を浮かべていた。
「やはり危険な旅だ! 皆、引き返すなら今だ……。命を大事にしてほしい」
ココは仲間たちに告げた。
すかさず、アーシャが声を上げた。
「お兄ーちゃん!! 私もさすがに怒るわよ!」
珍しく大声で怒ったアーシャは、頬を膨らませた。
「私は、お兄ちゃんだけじゃなくて、お姉ちゃんも心配なの!」
(……お、お姉ちゃん……なんて甘美な言葉なの……。何度聞いてもいいわ……)
マティルダの心は、また満たされた。
「そんな、つれないことはもう言うなよ! ココ!」
トーニの言葉に、ペソットも頷いた。
「そうよ。王都まで来たし、グリフォンなんかも倒したのに、まだもらうものをもらっていないわ」
ジーナは、やはり金のことしか頭にないようだった。
「お、お前ら……」
ココは泣いた。
こうして、ココの「愛するマティルダとの2人きりの甘い旅路」という計画は、またしても潰えたのであった。
ココが《夢見る羊》のメンバーに襲撃の件を報告した後、一行は軽めの朝食を済ませた。
その後、予定されていたグリフォン討伐に関する王国役人の検分を受け、冒険者ギルドへ報告に向かった。
ココとマティルダの魔法の件が明るみに出れば、王国を巻き込む大騒ぎになりかねない。そのため、ココたちは《紅蓮の牙》のメンバーに、秘密にしておいてほしいと頼んだ。
ベントーラはすぐに事情を察し、承諾してくれた。
その際、ミカエラは面白くなさそうな顔をしていた。
王国の役人もギルドの職員も、討伐の詳細にはあまり興味を示さなかった。グリフォンの部位をどう分配するかということで頭がいっぱいだったため、報告は滞りなく終わった。
「《夢見がちな猿》は、王都で活動しないのかい!?」
ベントーラが大声で叫んだ。
ここは、ギルド近くの酒場だった。
堅苦しい手続きが終わったため、ベントーラに飲みに誘われたのだ。
昼時ということもあり、店内はそれなりに混み合っていた。
「《夢見る羊》です……。詳しいことは言えないのですが、目的があるので、すぐに出立するつもりです」
ココは諦め半分に訂正しながら答えた。
「目的地は聞いてもいいかい?」
ベントーラは興味深そうに尋ねた。
「グランヴァルト帝国です。ドラグネス王国を経由して行くつもりです」
ココは正直に答えた。
「……それは難しいな……」
珍しく、まだ席に残っていたネグロが口を挟んだ。
「……教えていただけますか?」
ココは尋ねた。
「はぁ……。グランヴァルト帝国とドラグネス王国は、現在、戦争中だ。その国境を、どこの誰とも知らん冒険者が通れるわけがないだろう……」
ネグロは面倒くさそうに、空になった陶器のグラスを回しながら答えた。
「アレクスト王国とドラグネス王国も、決して良好な関係ではないからね……」
ベントーラが補足した。
「サハリエル王国経由にすればいいんじゃないのかい?」
ベントーラは名案を思いついたとばかりに提案した。
「どうしてもドラグネス王国へ行く必要がありまして……」
ココは答えた。
(……)
姿を消しているマティルダは、ココを見つめていた。
「……理由は聞かない方がよさそうだね!」
「ありがとうございます」
ベントーラの気遣いに、ココは礼を述べた。
「さっきも言ったが、アレクスト王国とドラグネス王国も、決して良好な関係ではない。それなりの通行証が必要だ。当てはあるのかい?」
「……いえ、通行証が必要なのですか?」
「カハッ! そこからか……。本当に面白いな!」
ベントーラは心底おかしそうに笑った。
「……お前たちは基本がなっていない。情報収集は基本だ。特にお前!」
ネグロがジーナを指さした。
「わ、私?」
「これも我々の仕事だ!」
レンジャーの先輩としての一言だった。
「……ご教授、ありがとうございます、先輩……」
ジーナは、密かにネグロのことを尊敬していた。
今までペソットから聞いていたのは、ドラグネス国王が野心家だという程度の情報だった。
現在、戦争中だということすら、初めて知ったほどだった。
情報収集の重要性を突きつけられ、ジーナはそれ以上、何も言えなかった。
「アハハ! ネグロが人にものを教えるなんて、初めて見たよ!! ジーナ嬢は気に入られたようだ!」
「……ふんっ!」
ベントーラにからかわれ、ネグロはそっぽを向いた。
「よっし! 通行証は俺が何とかしよう! これでも王都の貴族には顔が利くのでね。だが、金貨10枚は必要だ! いいかい?」
ベントーラが申し出てくれた。
「ベントーラさん! ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
ココは頭を下げた。
「頭を上げてくれ! チョコ君! 戦友じゃないか!」
「ベンちゃん、ココだよ」
果汁水を飲みながら、モニカは律儀に訂正した。
程なくして、2つの冒険者チームは別れた。
《夢見る羊》は宿へ、《紅蓮の牙》の一行は借りている一軒家へと戻った。
「ベントーラ、話があるの……」
それは、ペネロペの一言だった。
ありがとうございました。




