29話 沈黙の魔女?
よろしくお願いいたします。
ココは念のため帯刀して外に出た。
ペネロペは宿屋の入り口の壁に寄りかかり、ココの腰の剣を見つめていた。
「……用心されているのね……」
ペネロペは言った。
「……ええ。冒険者なら基本かと」
ココも言い返した。
(自分も腰に剣をぶら下げているくせに……)
姿を消しているマティルダは思った。
「ここでは何なので、人気のない場所へ移動しましょう。先に言っておくわ。攻撃するつもりはないわ。確認したいことと、伝えたいことがあるの」
ペネロペは、警戒するココに向かって言った。
「分かりました」
ココは返事をした。
ペネロペは宿屋の裏手へ回り、さらに王都の城壁近くにある、使われていない見張り台の裏まで歩いていった。
周囲に人の気配がないことを確認すると、彼女は足を止めた。
「ココさんは、壁際まで移動してもらってもいいかしら? 念のため、逃げ道は確保したいの」
ペネロペは正直に言った。
「……構いません」
ココはそう言うと、壁際まで移動した。
「ありがとう。やはり、いい人ね、ココさんは。それとも、逃がさない自信があるのかしら……」
ペネロペは、いつでも逃げ出せるような位置取りをした。
「まずは確認させて。貴方が使ったとされる魔法は、ココさんが使ったものではない。そして、ココさんは魔法が使えない。これで合っているかしら?」
「……」
ココは黙っている。
ペネロペは、じっとココを見つめていた。
やがて、その視線がゆっくりと横へ動く。
誰もいないはずの空間だった。
だが、ペネロペはそこから目を逸らさなかった。
「……そこにいるのでしょう?」
その瞬間、周囲の空気が張り詰めた。
肌を刺すような、冷たい気配。
誰も何も感じていないはずなのに、なぜか息をするのさえためらわれる。
ペネロペの耳が、わずかに動いた。
「姿を見せてもいいのではなくて? 黒い女性のかた」
しばらく、沈黙が続いた。
やがて、何もない空間に黒い影が滲むように浮かび上がった。
それは少しずつ人の形を取り、やがて一人の女性となった。
黒い衣をまとい、冷ややかな眼差しでペネロペを見つめている。
そこに立っているだけなのに、場の空気が重くなった。
「……はいはい。いつから見えていたのかしら?」
マティルダは、何事もなかったかのように答えた。
「ココさんの妹さんを助ける時の一瞬です。他の人はグリフォンに気を取られていたので、見たのは私だけですけど」
ペネロペはそう答えた。
「あー! あの時……それで、他の人には話したのかしら?」
マティルダは問うた。
「……誰にも話していません」
「本当に?」
「……本当です」
「賢明な判断ね」
マティルダは続けた。
「で、確認したいことはこれで終わり?」
「まだ、あります」
ペネロペはマティルダの存在に圧倒されていたが、
「あなたは、黒の魔女か沈黙の魔女ですか?」
最も重要なことを確認したかった。
「く、黒の魔女よ」
マティルダは動揺した。
「やっぱり……」
ペネロペの中で、疑問が確信に変わった瞬間だった。
「あ、貴方は、なぜ沈黙の魔女のことを知っているの?」
マティルダの中では、沈黙の魔女は黒歴史だ。
「母から、沈黙の魔女の凄さを聞いていたので……黒い髪、黒い服、古代魔法から、黒の魔女か沈黙の魔女であろうと推測しました」
ペネロペは、黒の魔女と沈黙の魔女は別の人間として認識されていた。
「そ、そう……エルフは長寿だものね。お母様はご健在なの?」
マティルダは、自分の存在を知っているかもしれない人物がいることに不安を覚えた。
「《翠影の森》で元気に暮らしております」
《翠影の森》とは、王都から南西方向にある壮大な森だ。現在、数の少なくなったエルフ族の住処となっている。
「貴方は、その森にたまには帰るのかしら?」
マティルダは、それとなく聞いた。
「? ……ここ50年は帰っていません」
ペネロペは疑問を持ちつつも答えた。
(なら、大丈夫ね。私が沈黙の魔女だとは、バレないわね)
マティルダは心の中でガッツポーズをした。
「で、他の質問は?」
マティルダが問いかける。
「はい……黒の魔女様が復活して、なぜココさんと一緒にいるのか、目的を知りたいです」
ペネロペはマティルダの圧にのまれ、敬語になっていた。
「目的を知ってどうするのかしら……? ギルドにでも報告するの? 王国に報告するの?」
マティルダは、静かな声で問いかけた。
その声には、先ほどまでの柔らかさが一切なかった。
ペネロペの背筋に、冷たいものが走った。
マティルダは、ただペネロペを見つめているだけだった。
それなのに――その視線から逃げることができない。
まるで、少しでも余計なことを口にすれば、次の瞬間には命を奪われる。
そんな錯覚すら覚えた。
ペネロペは死を覚悟した。
自分の知りたいという気持ちだけで、踏み入ってはいけない場所に来てしまったのだと、改めて自覚した。
その時――
「魔女様、ペネロペさんが怖がっているじゃないですか。そういうのは止めてあげてください」
緊張感のない声でココが言った。
「ココさん……?」
ペネロペは助かったと思った。
「ペネロペさん、魔女様はこんな態度は最初だけです。本当はすっごく優しい人なんです」
ココは笑顔で言った。
「もーっ! なんで割り込んでくるの! 台無しじゃない!」
マティルダの威圧感は、すっかり無くなっていた。
「えっ……!」
ペネロペは、死すら覚悟していたところを助けられたことで、自然と涙が出てきた。
「わっ、わっ! ほらー、泣いちゃったじゃないですか、魔女様!」
ココはペネロペを見て狼狽した。
「わ、私は悪くないわ……いつもこんな感じよ……」
マティルダも狼狽する。
「こ、怖かったよぉ……!」
ペネロペはガン泣きをしていた。
今までのエルフ特有の凛とした姿は消えていた。
「ヒック! ヒック!」
ペネロペは少し落ち着いてきた。
ガン泣きするエルフを見て、二人は少し引いていた。
「……落ち着きましたか?」
ココが優しく声をかける。
「ヴン……ダイジョウビ……」
鼻をすすりながらペネロペは答えた。
「魔女様、黒の魔女とか恐れられていますが、あれは間違いで、本当は優しい人なんです」
ココが子供をあやすように話す。
「や、優しくなんかないわよ!」
マティルダは、いつものように否定した。
「また、泣いちゃうじゃないですか! 優しく!」
ココが言った。
「……」
マティルダは黙り込んだ。
「魔女様、ここまでのことを話してもいいですか?」
ココが尋ねる。
「勝手にしなさい!」
マティルダはツンとそっぽを向いてしまった。
ココは、封印を解いたこと、体を取り戻すための旅のこと、体を取り戻しても安全なことをペネロペに説明した。
「だから、魔女様のことは、内緒でお願いしたいのですが?」
ココはペネロペに尋ねた。
「デッタイニ! (絶対に!) バナザナイ! (話さない!) ビニダグナイ!! (死にたくない!!)」
ペネロペは必死に答えた。
何を言っているのかは、いまいち分からない。だが、言わないということだけは、何となく分かった二人だった。
「他に確認したいことはありますか?」
ココが聞く。
ペネロペは首を振った。
「で、伝えたいことは?」
マティルダが問いかける。
ペネロペは袖で鼻を拭き、何度か深呼吸をした。
やがて、ようやく落ち着きを取り戻すと、背筋を伸ばし、今更ながら凛とした姿に戻った。
「ココさんに謝ることがあって、傷が深くならないうちに、早めに謝った方がいいと思いまして」
ペネロペは少し恥ずかしそうに言う。
「……謝ること? 俺、何かされました?」
全く心当たりがないココ。
「……ごめんなさい! ココさんの気持ちには答えることができません!」
ペネロペは頭を下げた。
「は?」
ココ。
「は?」
マティルダ。
「え?」
困惑するペネロペ。
「……すいません、ペネロペさん……俺、全く思いつかないですけど……何かしました……?」
自分に自信をなくすココが、すがりつくように問うた。
「えっ! えっ! ……ココさん、私のことが好きなのでは?」
ペネロペは顔を赤くしながら答えた。
「え?」
ココ。
「え?」
マティルダ。
「え?」
「私のことが好きなんですよね?」
再度確認するペネロペ。
「全然!」
即答するココ。
「え?」
ペネロペ。
「ちょっとも?」
ペネロペ。
「はい、ちょっともです!」
ココ。
「これっぽっちも?」
ペネロペ。
「はい、これっぽっちもです!」
ココ。
「えーーー!」
困惑するペネロペ。
「だって! 目が合うたびに笑顔で私の気を引こうとしてたじゃないですか?」
ペネロペは必死で問いかける。
「あれは、ペネロペさんが疑いの目で見ていたので、誤魔化すための笑顔です!」
ココは冷静に答えた。
「えーーー! わ、私の勘違い……私の美貌は……」
顔から火が出そうな思いと、これまで自信を持っていた美貌が崩れ去った。
「美貌……申し訳ありませんが、世界一綺麗な人は魔女様です!」
ココは止めを刺した。
「しかも私の愛する人は、魔女様以外にありえません!」
恥ずかしげもなく、堂々とココは言った。
「え?」
もう、何がなんだか分からなくなったペネロペだった。
「ねっ! 魔女様!」
ココが笑顔でマティルダに話を振った。
「……フンッ! 知らないわ」
(何か……面白くない!)
なぜか拗ねているマティルダだった。
「わ、私の勘違い……」
いまだ困惑中のペネロペ。
「?!」
ココは突然、剣を抜き、ペネロペに斬りかかった。
ありがとうございました。




