19話 故郷
よろしくお願いいたします。
「……私の、生まれ故郷なの」
マティルダは、俯いたまま手のひらを握りしめ、絞り出すように言った。
「郷愁ですか?」
ペソットが静かに尋ねる。
「……それもあるわね。でも、一番の理由は……」
マティルダは少し間を置いてから、続けた。
「私のせいで、魔法王国がひどいことになったじゃない。これまでの功績と賠償金のおかげで、侯爵家の存続はできたけど……」
「実家が《魔法戦争》でどうなったのか、歴史書には書かれていなかった……」
マティルダは、震える声で言葉を続ける。
「お父様、お母様、兄様、姉様たちがどうなったのか、確認したいの……」
「肉体を取り戻してからでは、駄目なの?」
ジーナが尋ねた。
「肉体の存在は感じ取れるけれど、実際にどうなっているのかまでは分からないわ。以前のように戻ることはできないかもしれない……」
マティルダは、遠い記憶をたどるように語り始めた。
「それに……王都を追放されるとき、お父様に手紙を出したの。『ごめんなさい』って。そうしたら、お父様から返事が来たわ」
「『お前は気にするな。魔法の研究を頑張りなさい』って、書いてあった……」
皆は黙って、マティルダの話を聞いていた。
「後から聞いた話だと、賠償金とかで色々と大変だったらしいの。姉様たちも、嫁ぎ先から離縁されたと聞いたわ」
「だから、一度実家に戻ろうと思っていたら……」
マティルダは両手で顔を覆い、泣き出した。
「封印されてしまったんですね……」
ココが、代わりに言葉を継いだ。
「……家族に、『ごめんなさい』って言えていないの……」
マティルダは、絞り出すように呟いた。
ココは、静かに口を開いた。
「この旅の目的は、魔女様の身体を元に戻すことです」
「……」
「でも、望まぬ形で500年もの間封印された、一人の少女が空白を埋める旅でもあると思っています」
ココは胸を張り、力強く続けた。
「だから、手を貸してもらえないでしょうか。この美しい少女のために!」
「……お前、最後一言で台無しだな……」
トーニが呆れたように呟く。
「……」
ペソットは、何とも言えない表情を浮かべていた。
「恋は盲目ね……」
ジーナは、やれやれといった様子で肩をすくめる。
アーシャが、涙を浮かべながら静かに口を開いた。
「光の神アナ様も、魔女様の願いを叶えてあげたいと思っているはずです。私も、魔女様の心が平穏になることを願います」
「西のドラグネス王国へ赴けば、今よりも厳しい現実が待っているかもしれませんよ」
ペソットが念を押す。
マティルダは、こくりと頷いた。
「あー……本当は抱きしめて、いい子いい子してあげたいのに。魔女ちゃん、実体がないからできないわね」
ジーナは冗談めかして言い、重くなった空気を和ませようとした。
「お前、この頃、魔女様に遠慮がないな」
トーニが苦笑する。
「だって、ただ故郷を憂う、可哀想で美しい少女なのよ! ねっ、ココ?」
ジーナがココに同意を求める。
「そうだ! 魔女様に涙は似合わない!」
ココが力強く頷いた。
「話がずれてきていますね……」
ペソットが苦笑する。
「では、魔女様。ドラグネス王国へ向かいましょう」
ココが決意を込めて言った。
「……ありがとう」
マティルダは、小さな声で答えた。
(500年前は、私を助けてくれるような人はいなかった……)
マティルダは、心の中で静かに呟いた。
翌朝、路銀を稼ぐため、《夢見る羊》の一行は冒険者ギルドへ向かった。
扉を開けた瞬間、他の冒険者たちの視線が一斉に集まる。
「あの先頭の男、魔法戦士って噂の……」
「見ない顔だな……」
「ノクタリアの町で活動しているらしいぞ」
「連続魔法でゴブリン50匹を一瞬で倒したとか……」
「嘘に決まってるだろ……」
冒険者たちは、疑いの目を一行へ向けていた。
「なんか、注目されてねえか……?」
トーニが戸惑ったように呟く。
「誇張されているけど、あの時のことだよな……」
ココが難しい顔をする。
「なんで噂になっているんだ?」
「ロマーノさんでしょうね……」
ペソットが答えた。
護衛を依頼してきた商人、ロマーノの顔が脳裏に浮かぶ。
「く、口止めを忘れていたな……」
ココは額に手を当てた。
特にココは、他の冒険者たちから詐欺師でも見るような目で睨まれていた。
『威嚇の魔法でもかける?』
姿を消しているマティルダが、念話で尋ねる。
『い、いえ、大丈夫です!』
ココは焦りながら断った。
一行は、依頼掲示板の前までやって来た。
「何か、お手頃な依頼はないかな?」
トーニが掲示板を眺める。
「ホブゴブリンの討伐はどう? 報酬は金貨15枚よ」
ジーナが依頼書を指差した。
「こっちには魔女様がいるんだぜ?」
トーニが不満そうに言う。
「では、ジャイアントスパイダーは?」
ペソットが別の依頼書を確認する。
「金貨20枚か……でも、場所が遠いな……」
ココが腕を組む。
「……これは?」
アーシャが、一枚の依頼書を指差した。
「コカトリス討伐。報酬は金貨25枚。場所もそれほど遠くないな」
ココが依頼書を読み上げる。
「コカトリスで怖いのは石化です。万が一石化した場合でも、アーシャの祝福で治せるはずです。それ以外は、さほど恐れる魔物ではありません」
ペソットが説明した。
「いい依頼を見つけたな、アーシャ」
トーニが笑いかける。
アーシャは嬉しそうに、こくりと頷いた。
「ダメよ!」
姿を消しているマティルダが、皆が聞こえる程度の小さな声で言った。
次の瞬間、ココの身体が勝手に動き、掲示板から一枚の依頼書を剥がした。
「グ、グリフォンじゃねえか!」
トーニが驚きの声を上げた。
「いくら魔女様がいても、厳しいのでは?」
ペソットが不安そうに尋ねる。
「問題ないわ」
マティルダが、ココの口を借りて答えた。
「貴方、この前この依頼書をじっと眺めていたでしょう?」
「……」
ココは黙り込んだ。
「に、兄さん……」
アーシャが心配そうに声をかける。
ココとアーシャの兄妹にとって、その依頼書は、心に引っかかるものだった。
ありがとうございました。




