18話 過去
よろしくお願いいたします。
マティルダは、珍しく沈んでいた。
トーニたちが手配した宿の一室。《夢見る羊》のメンバーが円を描くように腰を落ち着けると、マティルダはゆっくりと口を開いた。
「……古代魔法王国ルーンヴェルが滅びた理由に、私も関与していたの」
誰も言葉を返さなかった。ただ、静かにその言葉を受け止めた。
それは、数多くの歴史書を読み漁った末に辿り着いた、重い結論だった。
古代魔法王国ルーンヴェルの滅亡には、複数の要因が重なり合っていた。
発端は、突如として起きた魔法の暴走だった。王都の4分の1が一瞬にして吹き飛び、その復興に莫大な国費が費やされた。民への税は引き上げられ、生活は日を追うごとに苦しくなっていった。
追い打ちをかけるように、東の山が噴火した。火の上位精霊イフリートの力が増大し、かつて肥沃だった土地の砂漠化が加速する。食料が不足し、民の腹は慢性的に空いた。
そして——民の怒りが、ついに爆発した。
各地で暴動が相次いだ。魔法王国の貴族たちは、魔法を持たぬ民を「蛮族」と蔑み、長らく虐げてきた。最初の暴動こそ力で押さえ込むことができたが、民たちは連携を深め、じわじわと包囲を狭めてきた。
魔法を操る貴族の数は、絶対的に少なかった。
数の差を覆せず、高貴なる魔法使いたちはなすすべもなく追い詰められ、ついに王国は滅亡した。
その戦乱は約100年にわたって続き、後に【魔法戦争】と呼ばれることになる。
王国の崩壊後、支配者を失った大地は戦国の乱世へと突入した。およそ200年の歳月をかけ、現在の4つの国が大陸を収める形で、ようやく落ち着きを取り戻している。
「……私が、王都を吹っ飛ばした張本人なの」
マティルダの声は、静かだった。しかし、その重さはずっしりと室内に沈んだ。
「王都は北にあるから、冬は骨まで凍えるほど寒かったの。だから……部屋を暖める魔法を研究していたのよ。それが……急に、爆発してしまって」
誰も口を挟まなかった。
「私は、たまたま身につけていた護身の魔道具が発動して助かった。でも……周りは」
マティルダは言葉を続けられなかった。瞳の縁が、かすかに揺れた。
「爆発した場所は研究施設が多かったの。研究施設には、皆、同じような護身の魔道具を持っていたから……死者は、少なかったらしいけれど」
「……その罰で封印されたのか?」
トーニが静かに問うた。
「それは違うと思う。王都からは追放されたけれど、王都から北に新しい研究施設を作ることは許されたわ。封印するつもりなら、そんなことはさせてもらえなかったはずよ」
「多少、死人は出たんでしょうね。その遺族という線は?」
ジーナが、低い声で確かめた。
「……無くは、ないと思う」
重い沈黙が落ちた。
「でも——」
ココが口を開いた。アーシャに腕へ癒しの祝福をかけてもらいながら、どこか腑に落ちない様子で言葉を継ぐ。
「魔女様を酷く書いたあの書物にも、他の歴史書にも……封印された理由は、どこにも書かれていなかった」
「質問があります」
ペソットが、静かに手を挙げた。
「魔女様が研究されていた、部屋を暖める魔法——それほど危険な魔法だったのでしょうか」
「危険じゃないわよ」
マティルダは即座に否定した。
「誰でも使える、ごく普通の魔法よ。ただ、いかに少ない魔力で効率よく暖めるかという調整が難しかっただけで……」
「……ならば」
ペソットは静かに、しかし確信を込めて言葉を継いだ。
「そのような魔法が暴走したところで、王都の4分の1を吹き飛ばすほどの威力が出るでしょうか」
室内に、静けさが満ちた。
「……」
マティルダは、ゆっくりと目を見開いた。
「……そうね。言われてみれば……そんな威力は、出るはずがないわ」
「誰かが意図的に、魔女様を貶めるために仕組んだ——」
ペソットが言葉を濁した。
「そう言えば魔女様は、封印される時に不意を突かれたと言ってましたよね?」
ココのが怒りを込めて発言した。
「同一人物かしら」
ジーナが静かに呟く。
「私の才能に嫉妬していた者か……あの事故の関係者による恨みか」
マティルダは腕を組み、冷静に推測を口にした。
「だがよ」
トーニが、割って入ってきた。
「書物に書かれていないなら、どうしようもないじゃねえか。犯人はとっくに500年前に死んでるだろ」
「……真相は闇の中、ですね」
ペソットが静かに結んだ。
「正直、私の封印の理由が分かるとは思っていなかったけれど……少し、残念ね」
マティルダは小さく息をついた。その横顔には、どこか諦めにも似た静けさがあった。
「歴史書というものは、書かれていないことの方が多いものですから」
ペソットが穏やかに言葉を添えた。
「——それにしても!」
不意に、マティルダの声が変わった。
「何なのよ、あの書!《マティルダの書》よ! 読んでいて、破り捨ててやろうかと思ったわ!」
落ち込んでいたことも忘れたかのように、マティルダの目に怒りの炎が灯った。
「アレは酷いですね!」
ココも声を荒らげた。
「半分は男を騙したとか! 何よそれ!」
「アハハ、ないない」
ジーナがさらりと笑い飛ばす。
マティルダがジーナを鋭く睨んだ。
「大量の火球を7日間、空から王都に降り注ぎ続けたとか……いたずらで地割れを起こして穀倉地を破壊したとか、あり得ないし!」
「……まあ、火球は3日が限度ね。土魔法の実験で山を1つ消したことはあったけれど」
さらりと言ってのけるマティルダに、《夢見る羊》の面々は揃って心の中で呟いた。
(……できるんだ)
「特に許せないのが——」
マティルダはなおも続けた。ココの周りをぐるぐると回りながら、勢いは止まらない。
「徐々に人の体を蝕む呪いの魔法とか、眠っている間だけ悪夢を見せ続ける魔法とか、髪だけを異常な速さで伸ばす魔法を開発したとか! 訳が分からないわ! そんな魔法、開発するわけないじゃない! 魔法への冒涜よ!」
興奮のあまり、ぐるぐると回転が速くなっていく。
「……魔女様は、どのような魔法を開発されたのですか?」
珍しくアーシャが尋ねた。
「そうねぇ」
マティルダは少し落ち着いて、指を折り始めた。
「《照明魔法》《食料保存魔法》《睡眠補助魔法》《朝、同じ時間に目が覚める魔法》……とか色々ね」
「《照明魔法》まで魔女様が開発されたのですか……生活魔法ばかりですね」
ペソットが素直に感嘆する。
「だって、生活が楽になった方がいいじゃない」
マティルダはあっけらかんと言った。
「攻撃魔法は?」
ペソットが続けて問う。
「他の人たちが競って研究していたから……私は興味がなかったの」
「でも、この前使った《地獄の業火》は、もともと私が開発した台所用の火の魔法だったのよ。薪だと火加減が難しいでしょ? それをどこかの誰かが勝手に改良して、戦に使ったのよ……」
マティルダは不満げに顔をしかめた。
「はいはい、魔法談義はここまでにしましょう」
ジーナが柏手を打って場を仕切った。
「で、これからどうするの?」
「王都でまとまった路銀を稼ごうと思っている」
ココが答えた。
「魔女様の力を借りながら、報酬の高い依頼をいくつかこなす。その後——砂漠の国、サハリエル王国を経由して、グランヴァルト帝国へ向かおうと思う」
「西のドラグネス王国経由も考えたが、情勢が不安定だから避けたい」
「ドラグネスの現国王は野心家で、グランヴァルト帝国やアレクスト王国にもちょっかいをかけている状況ですからね。賢明な判断かと思いますよ」
ペソットが静かに頷いた。
「魔女様、その道筋でよろしいですか?」
ココが問いかけた。
しかし、マティルダは黙っていた。
「魔女様?」
「……西に行きたいわ」
静かな声だった。
「魔女様、話を聞いていました?」
ジーナが確かめる。
「聞いていたわ。でも……ドラグネス王国に、行きたいの」
「理由を聞いてもいいですか?」
ココが、静かに問うた。
マティルダは下を向いた。握りしめた拳が、小さく震えている。
しばらくの沈黙の後、絞り出すように言葉が漏れた。
「……私の、生まれ故郷なの」
ありがとうございました。




